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2006年6月30日 (金)

もの云わない日本人

 心じゃ思っていても口に出して云わないひと、多いと思いませんか?それってすごく損します。
この間、前橋の駅前に在るミスタードーナツで、大きなガラス張りの前に在るスタンド式の席が好きで座りました。この席は駅前広場の様子が良く見えてのんびり出来るのです。でもこの日は何だか違う。解かりました。表のガラスに大きなアイスカフェオレの宣伝幕が垂れていたのです。私は直ぐ、お店の人に言いました。「この幕はひどすぎるよ」お店の人は「一番目目立つところにつけたんです」「それはお店の立場でしょ。この席に座る人は表しか見えないんですよ」お店の対応は素晴らしかった。直ぐに撤去しました。それからもよくそこには行きます。お店の人も覚えてくれたようです。
私も何でも暫くは我慢もしますよ。この間は禁煙車両でタバコを吸ってるひとが居たんです。「タバコ吸わないでくれますか」。私は言いました。その男の人は私を睨んでから、吸ってたタバコの火も消さないで、指をバネのようにして放りなげたんです。何処に飛んでくか解からないじゃないですか。調度人のいないドアの当たりに飛んだんです。私はそこまで拾いにいって、その人の背中に入れたんです。もう怒らなかったですね。但し怪我することはいつも覚悟のうえです。でも最後は必ず勝つと思い込んでいます。
 昔からの性格ですから何とも云えないのですが、日本人はおとなしすぎる。世界の色々な国で、国民が意見を表明しているじゃありませんか?そして少しでも暮らし易い世の中を創って来てるではないですか。それが今の世界の流れです。

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変ですよ、昔に転げ落ちる

 社会保険庁の職員が、休日に職場から遠く離れた自宅の近くで、共産党のビラを配布していただけで有罪になりました。十日間も公安警察(憲法に保障された思想をを取り締まる部署)が尾行して、カラオケに行くところまでビデオに撮って、一般の人もそのビデオに写っています。皆の税金で国民の私生活まで監視して、何か犯罪をしないか、何か法律違反をしないか。それも1人や二人の公安警察官でなく、多数の公安警察官がビデオに写っていました。東京地裁は十万円の罰金を言い渡しました。国家公務員法違反。
 毛利裁判長はこお云いました。「ビラ配布が職務と無関係で、行政の中立性を侵害していない。」「公務員の政治的行為弊害は、直接、具体的なものにとどまらず、累積的、波及的効果を考えざるをえない」具体的根拠を示さず「公務員の政治的行為が自由に放任されると、公務員の政治的中立性が損なわれ、公務の運営に党派的傾向を招くおそれがあり、行政の中立に対する国民の信頼が損なわれかねない」。
 最初に書いたように行政の中立性を侵害していないと認定しながら、仮定に仮定を重ね政治的行為禁止に「利益」があると断じたのです。公務員の政治的中立性を云うならば、公務員である公安警察官の政治的中立性はどうなのか。公党である共産党員の行動を、何日間も監視することは中立なのか?公安警察は、自民党の監視もしているのか。公安警察の実態こそ明らかにすべきではないでしょうか。学校の校長先生も公務員です。その中には、国旗国歌法の決まりでないことを、教師に押し付けて、処分している人もいます。これらは問題にならないのでしょうか。今の国の政策を批判する者だけを犯罪者にする現実に戦慄を覚えます。かつて日本はそうして戦争に突き進んだのです。同じ過ちを絶対繰り返させてはいけないのではないでしょうか。

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私の最後の舞台変更版

 手の具合が悪くて何年間も死ぬ事だけを考えてきました。およそ七年くらいだと思います。でも実際に自殺することは結局出来なかったし、今まで生きてきて良かったなとつくづく思います。つらい思いも妻には、散々掛けたと思います。お酒を飲むと、少しは楽になるのですが、多くの場合最後は荒れてしまいました。外に出ていなくなっちゃたり、覚えているだけでもたくさんの心配を掛けてしまいました。御稽古場に顔を出していても、暗い顔しか出来ない自分に、嫌になっていました。何十年もその道一筋にしてきた者が、弾けなくなる、それも原因も解からず。 でも死にたい方に言いたい。死ねば楽に成るのは自分だけで、中々いい死に方も見つからないものです。周りの人に気持ち悪い思いはして欲しくないでしょ。車の中で死ねば、その車は気持ちよくなくなるし、電車に飛び込めば賠償金が請求されるし、駐車場で死ねば、持ち主に迷惑掛けてしまうし、その他も色々考えましたけれど、良い方法は中々無いですね。睡眠薬も勿論考えました。でも、あれは、へたするとただ寝たっきりになってしまうのです。フランク永井がそうでした。
 医学の進歩のお陰で私は助かりました。三味線もようやく思うように弾けるようになりだしました。今年の四月に国立劇場で、私の会で舞台復帰感謝演奏を無事終えました。まだ終えたばかりなのですが、私が主になる舞台の最後の曲を決めました。いつかする曲です。私は幸せ者でいっぱい舞台を経験させて貰いました。それが今の私の芸を創りました。これからは自分が其の年のときに何をしていたかを考え、後進に勉強して貰う機会を増やしていこうと思っています。私もこれからも舞台に立ちます。でも 後進の人達を育てて行くことを重点にしようと考えています。私の最後の舞台の曲名は「安宅勧進帖」。この曲は私の師匠も持ち曲っでした。何時の日か脇三味線は妻で、立唄は息子、三美郎。このメンバーと御弟子さん達の力を借りてで演奏することを決めています。 世界は動いています。大きく変動しています。日本の今の動きは逆流であって、けっして本流には成り得ません。歴史の大道は抗えるものではないなのです。 

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2006年6月29日 (木)

たくさん働け

たくさん働けなんて云えませんよね。だから、自由裁量性の働きにしよう。自分で決めた仕事を幾ら短い時間でしようが結構。結果さえだせばOK。中々旨い提案でしょ。給料もそれによって幾らでも稼げる。
 でも是には条件が在る。自分で決めた仕事をまず評価される訳です。Sから始まる大体七段階評価。それも相対評価で、皆がSになる事はありません。皆がどんな素晴らしい仕事を決めていても、必ず七段階に別けられてしまう。誰かは必ず最低の評価しか付きません。それでも自分で決めた目標を達成する為に頑張ります。例え時間が深夜になろうが頑張ります。たとえ残業代がでなくても。残業代は決まった額しかほとんど出無いのです。だって、短い時間でしてもいいんですから。
この方法を最初にとった富士通という会社、ご存知ですよね。このところめきめき業績を落としています。当たり前ですよ。私にでも解かる。個人目標を決めるのですから、労働者同士の教えっこも無くなるし、新しいチャレンジも出来ません。だって、出来なければ評価が下がるんですから。皆出来そうなな事しか目標にしません。他人には一切教えたりしません。それでも、評価は成り行き次第と上司の思惑次第。会社を駄目にする方法です。
 もう一つ。請負会社を使う方法です。新卒でも請負会社にしか就職出来ないように、経団連と自公小泉政府がしているのです。トヨタ、大嫌いな会社ですが、かの愛知県豊田市では、この請負労働が一番盛んに行われています。正規労働者の三十パーセントから五十パーセントの給料で働かされています。場合によっては保険も無し。年間一兆円の純利益をあげている会社、今までの経団連会長の会社、消費税を18パーセントにしろと言う奥田氏の会社。こんな人が、政府の何とか調査会の座長だったりする世の中。おかしいよ!おかしいよ!

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みんなお金持ち?

私は貧乏です。
 貧乏が自慢できる世の中になりましたよ!でも心だけは誰よりも豊かでいたい。その分は皆さんに必ずお返ししますから。今時金持ちなんて格好よくない。多くの人と同じ気持ちが持てなくなってしまうから。よほど恵まれた育ちの方か、余程労働者をこき使わなければお金持ちなんてなれない。大体、お金をたくさん持って、何するんでしょう。大したことはしないんですよ。大体ケチですから。でも間違えちゃいけないのは、ケチだからお金持ちに成ったんじゃないこと。
 お金なんてイッパイいりません。でも生活できなくちゃ困ります。私のうちの場合、調度自転車操業かな。時々滞る。そんな皆の稼ぎを少しでも再配分するのが、税金んなんですよ。いっぱい持ってる人から少し多めに税金を出して、生活困難な人からは取らないで保護する。。何とか生活している人からは少し払ってもらう。大きな目で見る助け合い。互助会。実は是が税体制の本質なのです。この精神を無くせば、金のない人は生活するな。簡単に云えば死ね。金持ちは、少しだけ払ってそれでよし。では考えて見ましょう。このような世界で、金持ちはいつまでも金持ちでいられるのか。だって働いている貧乏人は死んでしまうのですよ。一体お金持ちは誰に働かせるのか?働く人がいなくなって、お金が入る訳ないでしょ。そこで一つの案が出来る。生かさぬよう、殺さぬよう。まるで十八世紀の世界です。

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私の仕事は

私は毎日働いてはいません。月曜日が朝から御弟子さんのお稽古、火曜日は休み、水曜日はお稽古、木曜日は休み、金曜日は東京のお稽古、土曜日はお稽古、日曜日は休み。基本的にですよ。こども教室が始まると少し変化します。
 休むこと無く働いている方のことを考えると、申し訳ないと思うのですが、この休みの日が自分の芸を磨き、また新曲等を作る時なのです。新しい曲を作曲するのも、いつでも時間が在れば出来ることではありませんし、ぼーっとする時も大切なのです。コンサートのことを考える時間も必要です。色々な資料を読むのも必要です。一見無駄に思えるときが、何かイメージを産み出してくれたりします。原爆のテーマは常に頭の中に在ります。
 およそ文化と云えるものは、効率では図れないものです。文化に親しむ生活もそうです。更に文化を享受するには、経済的ゆとりが無ければ出来ないことです。私はそのような現実の元で生活しているだけに、国民多数の幸せ無くして生きていけないのです。平和無くして存在できない者なのです。私と同じ文化に携わる人間は、心から行動を起こさなければならないと思うのです。
 六十年前以前、戦争に明け暮れていた時代。私達の先輩は表立って声を上げませんでした。結局優れた先輩達が、戦争の犠牲になり、加害者になり、兵役に採られなかった人びとは戦争賛歌の曲を作らされたのです。「八紘一宇」、「桜さくくに」。まだまだ在りますが私はこれを繰り返したくない。
 今日本の伝統が強調されだしています。良さを再発見しよう、失われた日本人の誇りを取り戻そう。そろそろ自虐史観から抜け出そう。伝統は、世界中の国にあり素晴らしいものなのです。かつて、その国の伝統をぶち壊した人間が、きちんとした反省も無く、日本の優れた伝統なんて云うのに騙されてはいけません。
 戦後のドイツと日本には大きな違いが在るのです。ドイツでは戦前に在ったマスコミさえも、同じ名前での出発は出来なかったのです。ナチスの大臣は戦後の公職にさえ就けなかったのです。今でもナチスの協力者は追及から逃れられないのです。日本とは大違いです。岸信介、賀屋おきのり、東条内閣の閣僚でも戦後日本の政治の中枢でした。岸の息子安倍晋太郎、孫、安倍晋三。今の日本のリーダーだそうです。ポスト小泉の筆頭馬。
そろそろ自虐史観から抜け出そう?戦後五年も経たないうちから、鬼畜米英だったアメリカ言いなりの軍事拡張路線を取り出したあなた達の言うことか?押し付け憲法論を主張する改憲論者達。今の改憲論は、ずーっと前、千九百四十七年からアメリカが要求していたのを知っているでしょう。結局アメリカ言うなりの五十五年間。

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2006年6月28日 (水)

何でも本人が決めること

誰の言葉でしょう?小泉首相の言葉です。確かに彼は自分が決めてきたと思います。行動もそうです。
 如何に国民を痛めつけようが、アジアの国々の人達の気持ちを踏みつけようが一切お構いなし。日本人の食の安全も、食の自給率も、自衛隊の海外派兵も、軍事費の拡大も、日本のアメリカ軍の基地再編も、アメリカ軍の基地騒音の賠償の日本側負担も、いわゆる規制緩和も、民に出来ることは民え、いわゆる官から民えも、大型公共事業の継続も、公務員の削減も、非正規労働者の拡大も、消費税の導入も、社会福祉の切捨ても、ゼロ金利も、まだまだ在りますが、小泉首相本人が確かに決めたことですが、これらの政策はアメリカと日本経団連の要求にただ従っただけです。一つの例を取り上げてみます。
 ゼロ金利はアメリカの赤字体質を少なくする為に、日本の金利はアメリカの金利より三パーセント以上下に設定することが決められているのです。小泉首相はそんなこと正直に云いましたか?ゼロ金利で思います。
 日銀の福井総裁は金融資産ですよ、二億九千万も持っているのです。村上ファンドで得た儲けは一千五百万円。彼が投資した額は一千万円です。それが六年経ったら1千五百万円増えたのです。今私達が例え一千万のお金を貯金しても、一年で付く利子はたった百円です。福井総裁は云います。「村上氏のやろうとしていることに共感して出資した」。では伺いましょう。村上容疑者は「会社は株主の為に在る」。それを売り物にして「株価をもっと上げろ」。安い株価で買った会社を脅し高く売り抜ける。この何処に、日銀総裁が共感したのか。株式というものは、その企業なりの、実績及び企業体質を認めて買うのが本来ではないでしょうか。今時の株取引が本来の在るべき姿か。「これからはお金に働いて貰って稼ぐ時代」なんて云う馬鹿な大臣もいます。「これからは汗水流して働く時代じゃない」。本当か馬鹿!福井総裁を始め、こんな無責任な大臣を決めたのは誰だ。決めた本人が自分で決めなければ、おかしいじゃありませんか。決めたのは私だが、やめるか止めないかは本人任せなのですか。そんな無責任な人は普通の世界じゃ使い物にも成りません。

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2006年6月27日 (火)

私の実感

北九州市で生活保護の申請さえ拒否されて、多くの方々が亡くなっています。ガス、水道、電気を止められて、どうして生活していけるのでしょうか。数日後に変わり果てた姿で発見されています。北九州市の生活保護担当職員は云います。「昼間来たあの追い返したお年寄りはどうしているだろうかと思うと、眠れないのです」。
労働者にこんな思いをさせ、保護所帯を減らせとノルマに近い指示を出して、これが文明国なのかと。先ほどのプログにも書きましたが、これから狙い撃ちにされていくのはこうした人びとです。具体的にお話ししましょう。
小泉自公政府は連続して改悪してきた社会保障の分野でも「抑制努力は避けられない」。雇用保険も国庫負担の廃止を含む見直し。生活保護基準の見直し。母子加算の廃止を含めた見直し。生活保護申請を受けにくくする「リバースモーゲージ」制度の導入。介護保険制度の更なる見直し。
教育予算もこどもの数の減少を理由に「これまで以上の削減」。具体的には教職員一万人程度の削減。国立大学運営費交付金の削減。教科書予算、奨学金予算の見直し。定員割れの私立学校の助成金のカット。
ここまで国民をないがしろにする国が在るでしょうか。みんな何も大きな声を出せない国民だけに、しわよせを押し付けているのではないですか。自分達は、財界から巨万のお金を貰って、財界言いなりの政策を出す。こんな国を愛せると思いますか。いつも決まっているのは法人税減税だけです。今まで私達が払わされた消費税分は、ぴったり法人税減税の額なのです。

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今日の一日

昨日寝る頃から右足のくるぶしあたりに痛みを感じ、もしや痛風の二度目の発作かと思ったのですが、やはりそうでした。痛風は普段何も感じない為薬を飲まなくなってしまうのです。私の発作の最初はもう二十年程前でしたので、もうう大丈夫なんて1人納得していたのですが、これからは薬をきちんと飲もうと思っています。実は十日程前に、左足を飼い犬に咬まれまして、その傷がまだ治らないのです。一昨日は左手の人差し指をまた咬まれまして三味線が弾けなくなっていました。今度は右足の痛風で、結局まともに歩けなくなってしまいました。でもパソコンは右手人差し指だけなので大丈夫です。
皆さんもご存知だと思いますが、小泉自公政府は、歳入と歳出のバランスを取る為に新たな構想を打ち出しました。社会福祉や教育予算を大幅に減らします。小泉首相は云いました。「歳出を減らせば、これ以上の歳出削減は無理だと歳入を増やす為増税が問題になってくる」。消費税の大負担です。そういえば谷垣とか言う人が最近盛んに云ってました。「消費税を純粋目的税にして、福祉目的税かする」。これは民主党も云っています。成るほど。福祉を充実して欲しければ税金を払え。消費税に反対ならば当然福祉は縮小する。これって何かまともに聴こえませんか。消費税は大金持ちも、生活保護者も同じように納めさせられます。どこにも違いなく納めるのです。納めなければ買い物出来ないのです。高い米、安い米、必ず生活に必要物でも、収入と関係なく税金を取られる。収入に対して得する人は御金持ちではないですか?高い年金保険料を払うことのできないお金のない人でも、御金持ちと同じ率の税金を取られる。ここのどこが
平等なのか。私は提案します。消費税は無くすべきだと思いますが、目的税とするならば、軍事目的税にしましょう。何故福祉目的税でなくてはいけないのでしょう。目的税化を目論む人は、この私の提案では何故駄目なのか答えるべきだと思いませんか。

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大東亜戦争

私はこの戦争の名前を認めません。昭和天皇を始め、当時の戦争遂行者のことばであり、誰も責任を取らない言葉では無いですか。天皇には責任が無かった。東条英機を始めとする当時の内閣は、占領軍の一方的な裁判で断罪された不幸な人々。今の時代になって、戦争時代を知らない人々が多くなって、いくらでも勝手放題に意見が云える時代。でも私は質問する。南京事件は無かったとと云う人。大袈裟だという人。あの時日本軍は何故南京にいたのか?満州事変は何故起こったのか。日本軍の謀略から始まるのだがそもそも日本軍はそんな遠くで何をしていた。韓国を占領したのは、国際合意があって正当なものだと言う。では、韓国に大量の日本軍を送り、宮城を取り囲んで署名させたのはなぜか?まだまだ在る。今までに日本をそうした状態にした国は在るのか?アジア全体に大きな惨禍をもたらした国は、当時日本以外にどの国だったのか?どこかの知性のない人が、日本はヨーロッパ列強のくにから、アジアを開放したと。日本からの独立した記念碑はそこいらじゅうにあるが、日本の軍隊を歓迎したその国の国民の喜びの標はどこにたくさんあるのだ。当時の大臣が、数年後首相になったのも日本だけ。今ポスト小泉と騒がれている安倍官房長官は東条戦争内閣の商工大臣、岸信介元首相の孫。国民が良く解からずにあの人格好がいいわ何て云ってるうちに、いつか来た道にならないようにしましょうよ。平和でなければ、テレビも、温泉も、趣味も、音楽も、カルチャーも、何にも出来なくなるんですよ。

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2006年6月26日 (月)

ヤサエモン座のこども達

文化庁の委嘱事業で、伝統文化こども教室という事業があります。私が代表で今年で四年目を迎えます。
教室の名前は長唄ヤサエモン座。毎年今頃には応募者も決まり、七月から来年の三月まで隔週の土曜日午後、二時間のお稽古をしています。対象は小学三年生から中学三年生までで無料で教えます。。定員は三十名と決めてるのですが、最初から外れたこどもがいては可愛そうなので、結局全員迎えています。そうですね五十人位でしょうか。一期生がまだいます。二期生、三期生も応募してくれます。中には私の弟子になるこもたくさんいて、三味線って結構人気在るじゃない、なんて喜びを貰っているんです。勿論私1人の力で出来ることではありません。私は代表というだけで、妻、多くのお弟子さんたちの努力の賜物です。この教室の特徴は、保護者の協力さえ在れば、誰でも来られる、落ちこぼれは作らない、皆で最後まで楽しく弾けるようになる。この一語、いやこの三語で言い表せます。こども達は本当に楽しそうに通ってきてくれるんです。文化庁じゃ認めてくれないのですが、オヤツのお金は駄目なんです。ヤサエモン座は太っ腹です。オヤツも楽しいじゃないかと思って二十分とりました。でもですね、このオヤツの時間が大事だったのは最初の頃だけだったのです。最初のうちは「オヤツはまだ」何て云ってたのが、お菓子だけ貰ってくると「ドラエモン、あげる」、このドラエモンはヤサエモンのパクリですけど、そんなこと云って練習を始めるんです。ちょと休ませてよ、なんてこちらに関係なく三味線を弾きだすのです。やっぱり面倒みちゃいますよね。「そこはね」なんて云っちゃて。
それぞれのこども達は、それぞれに問題も在るかもしれない。親からすれば心配なことの多いことと思います。でも、学校教育が本当にこどもの発達と発育を目指していてくれているならば、こどもは真っ直ぐに育つと思えて成らない。こどもを捻じ曲げて教育しようなんて先生は本来いない。こどもに劣等感を植え付けようなんて先生もいない。優越感の権化みたいなこを育てたい先生もいない。戦争に行きたがるこどもも育てたくない。だから先生が処分されてしまう。私はヤサエモン座のような教育が、全ての教科の教育であるならば、少人数学級が実現して1人一人のこどもに目が向けられていると、こども達が実感できれば日本は少子化などならない。
ですがね、日本の教育を根本から変えようとしている人達がいることは事実です。私や妻やお弟子さん、ヤサエモン座の親御さんたちも、そんな世の中を出現させてはいけない。

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私達騙されてませんか

私は騙されていると思う。色々なことで。今年も卒業式が終わり、東京都の所管する高校の先生達が処分されました。卒業式で教え子が国家斉唱で起立しなかったこどもが多い。そんな理由で。今年から新たに云い出された理由は今までの理由とは質が異なってきました。憲法にも書いてある心の自由(内心の自由)を生徒に説明したから処分されたのです。「国旗、国歌法」が国会で討議された時、当時の野中官房長官は国民に強制はしないと云ってたんです。東京都の知事石原氏は、学習指導要領に書いても無いことを「学習指導要領の中に、国旗は日の丸とする、国歌は君が代とするというきちっとした規定がある」などとでたらめな答弁をした上「国旗、国歌の指導は違憲、違法なものではないとする都教育委員会の判断は至極妥当」こう述べました。自分は歌いたくないけれど、先生が処分されては可愛そうだ。こんな選択をこどもに迫るのが教育なのか。卒業式なのか。彼等は私達に云う。内心の自由は勿論在る。その内心を測ることは出来ないが、態度なら測れる。国歌を歌う時に、口を大きく開けていたか。声をいっぱい出していたか。こんな人達に教育を任せては嫌だ。自分達のしたいことが在るなら、生徒やこども達に直に云え。そんなことまさか出来ないから、先生を盾に取ってするんです。
脅迫、脅し、じゃあしょうがないか。教育とは無縁な世界。

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2006年6月25日 (日)

劣等感と優越感

劣等感は私も身近な感覚で、ただそれに埋没しまいと思っていました。お前は勉強は出来ても家族の為の料理は出来ないだろ。それも毎日。学校の先生に解かるのは学校での生活だけ。それも成績。今の私なら先生もそれなりに大変だったろうと。でも、傷ついたこどもの心は、かなりの時間と、自分を立て直す自分自身の思想の転換が必要だろう。
優越感を持ったこどもは、もっと大変だろうと思う。何故自分が他人より優れているのか解からないから。大体は親の財力のお陰なのですが、こどもの理解を超えた世界の話だから。私は特に親に意見を聴きたい。あなたは自分が人より優れた人間なんだと思うこどもを持ちたいですか?そんなこどもが、学問だけを持って人の為に成れる成熟した人間に成れると思いますか?国家の為なら人殺しの方法を考る人間に成っても良いのですか?人のことを思いやれる人間にしたくなかったですか。身体を持った人間はいつ病気になるかもしれない。その時俺は偉いんだから治せ、なんて云う人間にしたいですか?あなたである親も、いつこどもに差別意識を感じられるのか解からないのですよ。
人はみな平等で、皆が良いところを持って産まれてきたんだよ。得て不得手は有っても、みんな立派な人間なんだよ。障害を持って生きている人も、障害を感じないで生きていけるのが良い世界なんだよって、教えてあげましょうよ。

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劣等感

「自分jは駄目な人間だな、役立たずだな、誰からも相手にされない人間だな。」少し大きくなると、「生きててもしょうがない人間だな。何だってやるだけやって死にゃいいんだ。どうせ私達なんか世の中の邪魔者なんだ。何とでもなれ馬鹿や郎。」「ちょっと待って下さい。あなた方でも十分に役立てるんですよ。この国を守る大事な役目が出来るんですよ。勿論お給料も出ますし、何しろ身体が丈夫じゃなければ出来ない大切な仕事です。隣町のチョメチョメさんなんか頑張っていますよ。君たちのお陰で世界の平和を作るんですよ。」
今アメリカの貧困率は高い。国民皆保険制度もありません。何も保険に入っていない人が盲腸炎に罹ると、手術して一泊二百万円掛かるのです。退院する以外ないでしょ。国もお金が無いのなら破裂して腹膜炎で死ねばいいでしょ、とはさすがに云えませんよね。結局国の予算から支出するわけです。アメリカの税金の支出で医療費は日本やヨーロッパ国ぐにより、断然高いのです。国民皆保険の方が税金が安くてすむのです。それでも医療改悪を進めるのは、日本とアメリカの財界からの圧力です。もっとはっきり云えば保険会社が儲かるからです。
若者に劣等感を植え付け、貧富の差を拡げ、今や「希望の格差」までに差別を拡げられている事に私は怒りを持って告発します。アフガン、イラクと戦争が続き、アメリカの犠牲者の多くは、アメリカの貧困家庭の、仕事に就けない若者達なんです。自民党公明党の政府は、日本は徴兵制をとらないと、安心感を国民にアピールしています。今世界中で戦争しているアメリカも徴兵制はとってないのです。貧富の格差を拡げることで解決してしまうのです。劣等感の集団こそ、兵隊の予備軍なのです。
下らない人びとの思惑、選別とは別に自己の再発見をしましょうよ。アインシュタインという昔から天才だった人が「天才とは99パーセントの努力と1パーセントの才能」だと。

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2006年6月24日 (土)

私との闘い

自己中の自分自身に嫌気が差しますが、でも立ち上がりました。立ち上がらなければこれからのこども達にもあわせる顔が無いんです。私を慕い集まってくれるこども達の為にも、私の弱さを知ってもらいながら立ち上がらなければ。
今言うことをしないで黙っていたら、私はもっと無くなってしまう。私が掛けて持らった皆さんからの愛情を捨ててしまうことになちゃう。それでは申し訳ない。人間は弱い生き物であることを知っていて、今自分に出来ることをしなくては駄目だ。今の私が在るのも日本育英会があったからです。そうでなければ高校もまともに出られなかったし、大学にもいけなかった。定時制高校で働いてはいたけれど、大学までは行けなかった思う。でも今は育英会も無くなった。出来たのは教育ローンです。親にお金が無ければ、教育ローンは受けられません。是ではそのこの産まれた家の財産の格差が学力の格差になり、就職の格差、将来の収入の格差になっていってしまうじゃありませんか。格差の循環です。教育に関係する委員会の座長をしていた三浦朱門氏は「非才、無才なこどもはせめて実直な心を育てるべきだ」非才って私は知らなかった無知なので広辞苑で調べたら鈍才のことでした。ノーベル賞をとった江崎玲於奈氏は「これからの教育はDNAを参考にする必要がある」才能ってなんなんでしょう。国家と大企業の役に立つ才能のことことなんでしょうか?三浦氏はどんな家に住み、どんな食べ物を食べているのか知りません。江崎氏の場合もそうです。どんな良い環境に育ったかも知りません。革靴は履かないのか。では家の屋根は無いのか。ネクタイは締めないのか。ワイシャツは着ないのか。お米は食べないのか。野菜も食べないのか。ウンチもしないのか。手も洗わないのか。汚い掃除もしないのか。一体全体どうして生活をしているのか。動物から皮を剥す労働者がいて、その皮をなめす労働者がいて、木型を作る労働者がいて、靴底を縫う労働者がいて、危ない屋根にのる労働者がいて、布を裁断する労働者がいて、その布を縫う労働者がいて、汚い下水処理をする労働者がいて、丹精込めてお米を作る農民がいて、そんな色々な人びとの毎日同じような労働のお陰で生活してるんじゃないのか。その仕事によって、才能を別けられるんですか。逆に、そんな大切な仕事なのに、生活できない収入こそ問題なのではないか。私は音楽家だから、何も物理的生産者ではない。だが人間の生活には必要な文化なのです。私達の後輩は、現実に食べていけないのが実情です。音楽を聴くゆとりさえ奪っている今の政治の反映です。演劇人もそうです。美術家もそうです。多くの文化活動家もそうです。こんな貧困な国の現実にに、三浦氏、江崎氏、小泉氏、その他多くの自分の為の苦労しか知らない無知な政治関係者はなんと答えるのでしょう。

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2006年6月23日 (金)

自己中の私

私は自分でも嫌になる自己中です。世の中で私ほどの自己中は滅多にいません。

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2006年6月22日 (木)

私は私で在るうちに

教育基本法もどうでもいいのです。今更私は教育を受ける人間ではないから。私のこどもたちも今更兵隊にとられるとしではないから。私は尊厳を持って、私のうちにいなくなりたい。

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テレビを観て

日本の女性で始めて世界の女性企業家四十人に選ばれた人のことを放送していました。小泉首相は国会の演説で、その人の名前も出してだから日本は素晴らしい等と発言していました。この女性は親が御金持ちだったそうです。困った時は、いつでも親がお金を出していました。そんな人滅多にいないでしょ。金額も五千万とかのお金です。それも一回や二回ではありません。そんな恵まれた人一人とって、日本は素晴らしい。馬鹿も休み休み云えと思います。いかに貧富の差が現実のものとなっているかを示しているだけです。首相が偉そうに云うことではありません。私達にとって、どれ程暮らしやすい世の中だと思われますか。歳をとれば早く死ね、貧乏人は医者に罹るな。こんなプログをみて、嫌になった方はサヨナラ。

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2006年6月21日 (水)

教育基本法4

私が教育基本法にこだわるのは、自分の体験からかもしません。最近新聞で読んだ「習熟度制度」授業の話しは、私を怒らせました。その保護者は、その教室だけ蛍光灯が少ないのかと思ったそうです。全体が暗く活気がない。小泉首相はどのように思っているか。私の想像ではなく彼が云いました。「こどもが劣等感を感じたり、優越感を感じたりすることは悪いことではない」。まだなにも本質的なことの解からないこどもに、そんな気持ちを持たせて良いのか。これからいくらでも才能を伸ばせるこども達に、最初からこんなことを感じさせて良いのか。
私のことに戻ります。私は小学四年の秋までは成績の比較的良い子でした。東京の下町で学力的には低い町だったんでしょうね。その秋に転校しました。そしたらいきなり成績は最低です。やっと出来た友達にも、父母参観の日に学級担任の先生が「あなたの息子さんは、みのむらと付き合っているようだけれど、やめた方が良い」
この先生の名前は今も忘れませんけど、ここでは云いません。教育基本法はこの時代からなし崩し的に崩されてきました。こどもの感じる気持ち等、どうでもいいの。成績のいい子を大事にすればいい。これを、まざまざと思い知ったこどもはどうすればいい。私のせいじゃないし、ましてや身体の悪い親のせいじゃない。教育基本法を骨抜きにしてきた当時の文部省のせいじゃないか。このひん曲がった私に、心を返せ。

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教育基本法3

基本法に在ったのは真理と平和です。今多くの親たちが感心を持っている事は自分に出来なかったことを、自分のこどもにさせたい。何故させたいか。自分はかなりいっぱい損をしてきたからです。おもに経済的理由でしょうね。あるいは名誉かもしれません。でも基本法は、そんなのは教育では無いと示しています。医者のこどもが医者になるケースは多いですよね。私に言わせれば医者だから偉い何て考えは在りません。人間みな平等でしょ。医者がこどもに同じ仕事を選ばせるのは、自分が医者になる為にお金をいっぱい使っているから、それを取り戻したいだけです。私はとても優れた医師のお陰で自分を取り戻しました。心から感謝しています。その医師は東京女子医大病院の平孝臣先生です。お金のあまり無い私の手術に精一杯力を下さいました。普通何々先生の手術を受けたい等と言えば、やれ紹介状だなんだこれ、それだけで幾等掛かりますよと言われる世界。ドクターだけでなく、看護士さん達にも尊敬されていらっしゃる先生でした。基本法の精神が本当に生きている世界を垣間見ました。

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教育基本法2

この一つの例ですが、まだまだ色々な例を出しますが、自民党は、現在の憲法を改定することを大きな目標として、約五十五年程前に結成されたのです。中国の誕生。占領軍アメリカは日本の民主化をやめたのです。反共産主義の前線基地に日本を位地付けたのです。当然基本法の精神は変えられ、毎年出される学習指導要領のもとで教育を受けざるを得なかったのです。学校の成績が良ければ良いとの考え方はひろく在ったでしょう。こんな考え方は基本法の何処にも無いのです。これまでの政府が基本法の精神を大事にしてくれば、今の教育の姿は無かったことをこれから申し上げて参ります。

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教育基本法について1

親はこどもを育てていますが、まあ中には殺してしまう親もいますが、現在の親達がどんな教育を受けてきたかも問題にするべきです。皆さん、正義という言葉はご存知でしょうが、一体どんなものです。他国を侵略して自分達の思うようにすることも、わが国の利益であり、我が国の生命線だと云われたら、これも正義の一つになりませんか。この言葉は太平洋戦争に至るあらゆる場面で云われたことです。現在の基本法ではこう書いてあります。「真理と平和を希求する」ところが改悪案では「真理と正義を希求する」。似たような言葉ですが同じ意味なら換えることは必要ないでしょ。でも変えたいんです。何故だかお考え下さい。

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2006年6月20日 (火)

私の怒りは悲しい

超えられない川をわたるように、.私の怒りは悲しい。この悲しみを通り越して、新しい作曲にのめり込んでいきたい。極めてささいなことが、私の思考をまひさせる。さらに酒乱にちかくなる。いやだ。

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料理とは

自分の為には中々作れませんね。私のお弟子さんもそう云ってます。私は料理もする芸人として本当に思います。美味しいものは心がなければ出来ません。食べる人にもそれなりの心を持って欲しいと思います。
芸と料理には共通するものが在ります。
話しは変わりますが、日本銀行の総裁が村上ファンドに投資して、ぼろ儲けをしていました。一千万の投資をして二千三百万円に増やしていました。総裁は云いました。僅かなお金だと。われわれの金利は銀行に一千万の定期をしても、一年間に一万円つくだけです。それも日銀が決めているのですよ。一千万も定期に出来ないのは、もともとのお金が無いからです。自分達は株式投資で儲けながら、国民には超低金利を押し付ける。この間に国民から奪った利子は三百兆円です。

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私は怒っています

生きてくことはつらいことです。こんな短気な芸人のプログをみていても何の意味も無いですから。
私は不当なこと、可笑しいと思えること、理不尽なこと、私にとってですよ。こういううことは許せないのです。極きわめて個人的な解釈です。でも私はそういう人間なんだ。生きてくことは辛いことですね。

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易しい話し

以前の短信でも書きましたが、私は小学生の頃から政治を感じていました。皆さんは私を特殊だとお思いですか?父親が病気がちでまともに稼げない。母親も一生懸命働いていてもまともな稼ぎにはならない。じゃあ誰が稼ぐ。私の兄弟は男ばかりの四人兄弟です。一番上の兄と七つ違いますが、私が小学生のころ、まだ誰も働けないじゃないですか。それでも皆生きていかなければならないでしょ。こどもの責任ですか。両親の責任ですか。一体誰が生活を守ってくれるのですか。今の憲法には第25条国民は最低限度の文化的生活を保障されると。それが無くて苦しんだのは政治が悪いからではありませんか。生まれる前の因縁なんて有り得ない。ごまかし以外の何物でもありません。

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2006年6月19日 (月)

生きること

私達は幸せに生きることが本来の希望ではないでしょうか。そのことを私達の権利とも云います。その権利を保障した文章が憲法です。決して難しいものではありません。その憲法に保障されていることは政治がきちんと守らなければいけないのです。それが憲法の大事なところなのです。私達には義務もあります。それも憲法に書いてあります。たいして難しいことは規定されていません。ごく当たり前のことです。近代の憲法を書いたジェファーソンは云いました。国家がしてはいけないことを規定したものが憲法だと。お金と権力を持った国家が、勝手にやりたい放題してはいけないために。政治は難しいこと、我々の関係ないこと。そんなふうに感じてしまうのは、今までの日本の政治が悪かったためです。鬱病なんかにならず、楽しく仕事をして、元気いっぱい暮らしたいじゃないですか。政治は私達の生活を守る為にあることを、御考え下さい。

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2006年6月18日 (日)

小泉首相の挨拶

私はある問題については非情と思われることも国民全体にとっては温情だと、将来必ず理解されると思って政治を担当してきた。これが小泉首相の国会さいごの挨拶の一部です。
今国会が終わって厚生労働省は、次なる法案の準備をしています。週に五日間働く今の状況で、八時間労働×五日。週四十時間は当然の時間です。これを廃止してしまうことを検討しています。労働基準法で不当解雇が今は規定されていて、許されない訳です。会社の思う方向で働かないからと、首には簡単に出来ません。裁判に訴えることも出来ます。これもお金で解決できるにします。例えば労働組合の活動をしてる人はお金で首。裁判も出来ません。残業も、働く人が物凄く不利になります。有給休暇も取りづらくします。
これらは経団連が要求していたことです。ここの何処に国民の為があるのか。温情が在るのか。
構造改革の真実の姿は、またお話しします。規制緩和の事もお話ししていきます。

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2006年6月17日 (土)

構造改革とは

昨日は保険について書きました。まず皆さん。一体構造改革とは何なのか?なんでも改革すればいい訳ではないですよね。でも今、現実に生活に不満が在るので、何か改革が必要だと思っていませんか。どこを改革する必要があるのかを考えてみませんか。生活の先に希望が持てない。いい会社に就職出来たけどやめたくなる。身体が悪くても家族に迷惑を掛けてしまう。家のこどもの成績が悪いけど仕事に追われて面倒が見て上げられない。家のこどもがいじめられている。今が最高なら改革は要りませんよね。では何故構造改革なのか。
この事が世間で問題になったのは、政治家と企業の癒着が大問題に発展した時にさかのぼります。田中角栄首相が逮捕されたロッキード事件。その前にも色々在りましたが、選挙で選ばれた国会議員と、大企業のお金がらみの関係。これこそが根本だったのです。お金なら大企業にかないません。この企業の云うなりの政治がまかり通れば、政治は国民の願うことからはなれていきます。但しここで考えて頂きたい。企業には投票権が無いのです。お金だけで政治を思うようにしようと云うのです。許せますか。
ここで云う企業は社会的責任を果たしていません。税金も消費税の増えた分、全く同じ額が法人税減収分です。六大銀行は1銭も法人税を払っていないのが現実です。疑問の方はお調べ下さい。

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私の手

今日は私の不調だった右腕の御話しをします。東京女子医大病院の脳神経外平孝臣先生の定位脳手術で完治しました。この手術は日本では平先生しか出来ず、手のジストニアという病気でした。脳の指令が途中で逆の指令を出してしまい、不随筋を強張らせてしまいます。ひどい人になると半身がこわばり、大変な症状をあらわします。パーキンソン病の治療として五十年間も前からあった手術を、何とか手のジストニアに応用できないか、平先生が研究して下さったおかげです。私は助かりましたが、この情報が多くの方々にまだ知れ渡っていません。是非より多くの人びとに、関係する御医者さんたちに、情報としてお耳に入って欲しいと思います。
鬱病の元は無くなり、一時は薬のお世話からも開放されましたが、急に活動を始めた為に疲労が重なり、また少し鬱になっています。でも、不思議ですね。鬱のほうが短信を書けるのです。

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2006年6月16日 (金)

生活は

小泉さんの云った構造改革の後に、私達はどうなったでしょう。まだまだ改革は進めるらしいです。
最近私の家にアリコとかアメリカンホームダイレクトとかよく広告がくるんです。これからは、保険がきかない医療が多くなるから保険に入りましょう。高齢者からも保険料をとるですって。若い人たちには、自分がどれ程高齢者の為に保険料を負担しているか解かる様にするそうです。高齢者と若い人を対立させる為です。良いんですか?
いずれ高齢者に私達もなるのに。改革の一つは結局保険会社の儲け口を増やしただけで、お金のない人達は保険がきかないから早く死ね。是が決まりです。

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2006年6月13日 (火)

多くの真面目な人は

人の世の中、全てがお金jじゃない。心を病んだ人も、身体のどこかに異常を感じる人も、何かで苦しんでいる。苦しんでいる皆に、幸せを送りたい。是は願いであって、現実には不可能。解かっています。でも、それをするのが私達芸人なんじゃないか。他人には云えない苦しみを、さりげなく自己のものとして、すこしでも和らげて上げるのが。今、教育基本法を変えようとしている人達が居ます。私なんかは、成績によるクラスが出来れば、習熟度制度になれば、一番最低のクラスだったでしょう。そんな教室でなかったから、今の私がいるのです。小泉さんはいいクラスだったのでしょうね。でも、あの人は、人の苦しみが解からない。

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2006年6月10日 (土)

皆元気でね

私は落ち込んでいます。来週の火曜日に人が勧めてくれたお医者さんにいきます。鬱の時ほど文章が打てるなんて不思議ですね。また私は 歯周病なんですって。歯茎を五分間も磨いていられますかよ。私は嫌です。でもそれをしないと歯が抜けてしまうそうです。それも嫌だ。私の考えはあちこちに飛びます。鬱でお稽古出来ないと、私の妻にも悪いし、お弟子さんたちにも申し訳ないと思います。自分はどうすればいいのか?

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2006年6月 9日 (金)

人間として

私の言葉は、私、私で始まる。私の独りよがりかも知れないけど、これも現在の私の表現。死と見つめあい、私は助けを求めている。

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2006年6月 8日 (木)

我が儘な私

私が鬱病になってから、一度は治ったのです。でも最近疲れから少し再発しました。いやな病気です。最近のニュースを聞くと、更によくないですね。教育基本法の改悪や憲法の改悪まで、楽しい話はあまりききません。私はでも、元気にならなければと思っています。全国の鬱病の人達の為にも、こんなこと思っているから中々治らないのかもしれませんけど。これからはこのページを大切にしていきたいと考えています。また宜しくお願いします。

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2006年6月 7日 (水)

前橋の鬱病の人

鬱病の人。1人で困らないで、何でもお話ししませんか?私は鬱病で長い間なんのメッツセージも出せず、困っていました。音楽家として自分のページに何も書けないことに、悩んでいました。でも、皆で生きて生きましょう。

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