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2006年6月30日 (金)

私の最後の舞台変更版

 手の具合が悪くて何年間も死ぬ事だけを考えてきました。およそ七年くらいだと思います。でも実際に自殺することは結局出来なかったし、今まで生きてきて良かったなとつくづく思います。つらい思いも妻には、散々掛けたと思います。お酒を飲むと、少しは楽になるのですが、多くの場合最後は荒れてしまいました。外に出ていなくなっちゃたり、覚えているだけでもたくさんの心配を掛けてしまいました。御稽古場に顔を出していても、暗い顔しか出来ない自分に、嫌になっていました。何十年もその道一筋にしてきた者が、弾けなくなる、それも原因も解からず。 でも死にたい方に言いたい。死ねば楽に成るのは自分だけで、中々いい死に方も見つからないものです。周りの人に気持ち悪い思いはして欲しくないでしょ。車の中で死ねば、その車は気持ちよくなくなるし、電車に飛び込めば賠償金が請求されるし、駐車場で死ねば、持ち主に迷惑掛けてしまうし、その他も色々考えましたけれど、良い方法は中々無いですね。睡眠薬も勿論考えました。でも、あれは、へたするとただ寝たっきりになってしまうのです。フランク永井がそうでした。
 医学の進歩のお陰で私は助かりました。三味線もようやく思うように弾けるようになりだしました。今年の四月に国立劇場で、私の会で舞台復帰感謝演奏を無事終えました。まだ終えたばかりなのですが、私が主になる舞台の最後の曲を決めました。いつかする曲です。私は幸せ者でいっぱい舞台を経験させて貰いました。それが今の私の芸を創りました。これからは自分が其の年のときに何をしていたかを考え、後進に勉強して貰う機会を増やしていこうと思っています。私もこれからも舞台に立ちます。でも 後進の人達を育てて行くことを重点にしようと考えています。私の最後の舞台の曲名は「安宅勧進帖」。この曲は私の師匠も持ち曲っでした。何時の日か脇三味線は妻で、立唄は息子、三美郎。このメンバーと御弟子さん達の力を借りてで演奏することを決めています。 世界は動いています。大きく変動しています。日本の今の動きは逆流であって、けっして本流には成り得ません。歴史の大道は抗えるものではないなのです。 

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