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2006年8月31日 (木)

何でも肯定するのが歴史ではない

 歴史を語るとき、自国の歴史は、他国の歴史と同じ時間を経過していると考えなければいけないと私は思う。
昔、学校で習った時、日本史と世界史が、私の中で一緒に、同軸として捉えられなかった覚えが在ります。
それは無理も無いのかもしれません。世界史の範囲は、オーストリアの歴史であったり、飛んでイギリスの歴史に成ったり、アチャコ茶なのです。今思えば同軸では在るけれど、当時生徒であった私には考えが及ばなかった。
いつも、自国の歴史と重ね合はせれば、少しはわかりやすいのではないでしょうか。世界史の授業で、日本が調度鎌倉幕府の頃、世界ではこうだった、みたいな話しです。およそ世界史は大まかなのは仕方在りません。そんな世界中の歴史を、細かく教わることは無理でしょう。では自国、日本なら日本です。その日本史のの教育の中で、日本がその時世界に何をしたか、今や国際的な社会の中で、グローバルですか、皆さん仰いますね。グローバリゼーションとか。国際競争とか、国際協力だとか。
 では私は言いたい。自国の歴史、それは他国の歴史と重なっているはずだと。侵略したら、侵略された国の歴史が在るはずです。それは同時進行なのです。今さかんと云われている、若者の純粋な気持ちと犠牲の上に、今の日本が在るとするならば、自国を占領された人びとの、悔しさの上に、それも必要な体験として貴方の今の国は在るのですよと、云えますか。
 アメリカの爆撃で無くなった人達は、何なのですか。あなた達が、爆弾と焼夷弾で亡くなったからこそ、今の日本が在るなんて、何処の、誰が、云えるんですか。原爆を落とされ、塗炭の苦しみを、今まで背負って生き来た方たちに、あなた達のお陰で今の日本が在るなんて云った政府の人いますか。原爆症も認めない政府ですよ。裁判で負けても、更に控訴する政府ですよ。私はそこに真心を認めない。
 私は、死ななくてもよかった人びとだと思う。死ななくてもよかった人々の心の葛藤と悔しさは私にもよく解かる。自国の歴史に本当に向き合うのなら、自国の歴史を、肯定してばかりしていてはいけない。不必要に否定する事も無い。世界の歴史の一部として捉えるべきです。そうすれば日本史と世界史が一体として捉えられる。
 私は情けない人間だから、国家に死ねと云われても、死ねない。死なない。死の賛歌等おかしい。

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お年寄りを大切にしない国家は愛せない

 「年二回の小旅行、月一回の映画もいけんようになった」。
81歳になる方の嘆きです。生活保護を受けている70歳以上の方には、老齢加算を自治体がしてきました。
その理由は高齢者は噛む力が弱く、消化吸収の良い食べ物を必要とします。肉体的条件から暖房費、や洋服、保険衛生費もかかる。高齢に成るほど近所の人、友達、親戚などの訪問、お墓参りが多くなります。当たり前のことです。ですから生活保護以外に加算されてきたのです。
 この方は6畳一間に住み、お酒は勿論、タバコも吸いません。生活保護費の月額ほ老齢加算を加えて93700円。年金なし。それなのに17930円の加算が今年四月からなくなりました。今までの生活費の内から引かれた結果は75770円だけです。
 皆さん、どう思われます。これだけのお金でどうやって生活しろというのでしょう。この方は二十歳の時終戦を迎え、戦後鉄工所に勤務、その後トラックの運転手、建築作業員等をして、今から十年ほど前にからだを壊し、70歳の時生活保護を受けるようになりました。「月に一度映画を観る事が何で贅沢なんや。じっと布団にくるまっている生活がなんで人間らしいのや。生きる張りをうしなった」。カップラーメンとご飯。それだけの食事。
 憲法25条の最低限度の文化的生活を保障すると言う意味は、こんな事じゃないでしょう。一生懸命生きてきた証がこんな生活じゃやりきれない。いずれ皆迎えるであろう老後。それさえ迎えられない不幸な人達。そんな国家のどこを愛せ、と言うのか。その国家の為に、命を投げ出せと、安倍氏は語る。安倍氏はそんなことばっかり云っている。時代錯誤ではない。現代日本のこんな現実を作ってきた張本人の確信的言葉であって、私に言わせれば、自分達は高みの見物で、それも、現実の人びとを何も見ないで、無視して、戦争とひたすら生きようとするこの国日本の破壊者だ。それも自分は犠牲を蒙らない。
 人間の、尊厳を持って、最後まで生きる権利が、私達には、在るはずだ。

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創作の箱 の顔の死

 先日お知らせしましたように、私の親友だったブルザエモンが、この世を去って今日で三日目になります。
短い一生でしたが、強烈な個性と、誇り高かった彼の姿は私の脳裏を離れないことでしょう。もし、また生まれ変わることが本当に在るのなら、私の代わりに、人間に生まれてお出でと手を合わせ、感謝の気持ちを表しました。

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2006年8月29日 (火)

愛犬の死の現場に

 私の愛犬が熱中症で亡くなりました。私の帰りを待っていました。

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ビラ配り無罪判決を祝う

 東京都葛飾区の荒川さんの無罪判決を、心から祝います。。
マンションの集合ポストに昼間、日本共産党の都議会報告を配っていた荒川さんが、住居侵入罪で起訴され、罰金10万円を求刑されていた事件です。公安警察と東京地検の重大な政治弾圧事件だと私は思っていました。
 マンションの共有部分に在る集合ポストには、色々なチラシが山と入っていませんか。中には教育上良くないチラシも見かけます。勿論デリバリーの食事の広告も在ります。都議会報告のビラより数的に断然多いとおもいますが。何故共産党のビラだけが犯罪なのでしょう。ここ数件の起訴された事件はみな共産党のビラ配りです。ここに何かを私達は感じないといけないと思います。意図的に共産党を狙い撃ちにしていると断言できます。公務員の中立性を語るなら、警察、検察自らの立場を、国民が納得出来るように説明する責任が在ると思います。
 これから国会に出そうと自公がしている国民投票法案。その中身は国民の言論、表現の自由な討論ではなく、国民的討論と意見の拘束ばかりが目立ちます。その予行演習的な、国民的発言の萎縮を狙っているものです。
支持政党の違いを超え、憲法21条にも保障された表現の自由の当たり前な権利の侵犯ととらえ、油断することなく憲法を全面的に擁護する運動として、私はとらえます。何しろ無罪、よかった。

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母子哀史(女工哀史の現代版)

 年間一兆円もの純利益を上げているトヨタ自動車。その城下町と言っても過言ではない愛知県豊田市。 
そこで繰り広げられる過酷な労働状態を、お話しします。次々の規制緩和政策で、トヨタの本体を含む下請け企業では、非正規雇用の労働者の層が、厚く拡がっています。派遣労働、請負労働が幅をきかしています。これらの労働者には、殆どが健康保険も年金も在りません。またいつ首切りに遭うかと言う不安な毎日の連続です。
 ある女性労働者は、1人娘、保育所通いの幼い娘さんを育てています。今までも転々と職場が変わり、その度に保育所も変わり、住まいも変わります。その娘さんが学齢期を迎えたら、問題は更に大きくなります。転校ばかりしていなければ成りません。彼女は悩みます。保育所の費用も高いお金です。仕事を終えると自転車で娘さんを迎いにいく毎日は、雨の日もあります。一番したい夢は、娘さんといつか、ディズニーランドへ行く事だそうです。
 日本一の大企業の関連会社の仕事も、こうした不安定雇用の下で働かねばならない実情です。
男女機会均等法なる法律が出来て、女性の深夜業務も押付けられました。拒めば待っているのは、首切りかパートへの変更です。首切りになんか成った時には、年齢による選別で新しい仕事は中々見つかりません。
ピッカピカのトヨタの新車には、多くの働く人の血と涙とこどもの泣き声が詰まっています。そうして得た一兆円の利益の上で、更なる規制緩和と、憲法改悪と、差別教育を叫んでいるのが奥田氏達です。
 ところでトヨタの自動車の不具合が急速に多くなっているのも最近の特徴です。不安定雇用の増大と車の両輪のように。
 私はこの様な環境でしか子育て出来ない方々の、心にそった国家の政策の実現を、願ってやみません。

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2006年8月28日 (月)

私は今日もかいた

 自分で思う大切なことを。長い文章を書き続けている時、殆どが書きあがったとき、家の電源が落ちました。ああ、全部消えた。現代の親子哀史を書いていてもう直ぐまとめにかかる時でした。すっかり疲れて明日書きます。ごめんなさい。

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2006年8月27日 (日)

私は生まれてこなければ良かった

 こんな悲痛な声が聴こえる今の学生の姿。今学費の平均は国立で年82万円。私学で130万円。学費だけですよ。その他にも生活費や、地方からの出身者には居住費もかかります。教材費も掛かります。
 この方の例で言いますと、両親と姉はパート労働者で年収は350万円しか有りません。家族は両親と六人の兄弟です。お姉さんはこの人の為に、大学進学を諦めました。本人は、両親とお姉さんに申し訳なく思っています。
 「私なんか生まれてこなければ良かった」。何回も云う彼女の言葉は、私の友人を考えさせます。
私が大学生だった時、学費は年間一万二千円、国立で。奨学金の月額は三千円でした。その後、私学との差を少なくすると言う理由で、どんどん国立の学費は高く成りました。日本の政治の可笑しさは、差別をなくすと言いながら、学費のように国民が負担する場合は、高い方に近づける。国家が負担する場合は安い方に近づける。
お解かりですか。公務員の給料が、民間企業の給料より高い場合は、公務員の給料を下げる。労働時間が短ければ、永いほうに近づける。これが政府の一貫した平等論。おかしいと思われませんか。中小零細企業の賃金が安くて、大企業の賃金が高い。だから、大企業も安くしろ。これが平等。違うでしょ。中小零細企業に対して、手厚い保護をして、大企業並みの賃金を保証すれば、国民だって大企業だけに就職したいなんて思はなくなります。就職差別も解決できると思いませんか。
 今のように、公的資金は大企業の為。中小零細企業は勝手にしろみたいな政策は間違っています。大学でも、
今のような政策では、限りない教育の収入的差別化を、激しくします。

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2006年8月26日 (土)

こども三味線教室四回目

 今日は三味線教室の四回目でした。疲れていましたが行くと元気が貰えます。
こども達は元気に来てくれました。9月3日、敬老会での出演を依頼されていましたので、今日はその練習もかねました。こども達は人の前で弾きたいみたいです。今年から習いだしたこどもも、一生懸命でした。
 こども達の楽しそうな姿は本当に良いなと思います。こども達にずーっと続く幸せあれ。
 私はこのこ達を知ってから、よく感じるのです。いくらそのこが三味線が好きで、更に才能の一断面を私が捉えることが出来るこどもでも、お家の経済状態を考えると、勧められないことの多さ。このこ達が皆好きな事をしていける条件を少しでも拡げていきたい。私の願いです。

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2006年8月25日 (金)

戦争反対は私の主張

 私のブログにコメント下さる有りがたい方がいらしゃいますが、私は戦争反対が主張なのです。天皇の気持ちがどうこう、私は天皇の歴史何かどうでもいいのです。東京裁判が不当な裁判だった何て意見もどうでもいいのです。現実に我々の親がなにをしたか。それだけです。何をして、誰を傷つけたか。法律なんて後から人間が作り出したものです。そうでしょ。当たり前。法律上許されるからといって、悪い事が免罪される訳無い。逆に法律が在るからといって、当たり前のことをして、逮捕される現実を見ない事は馬鹿げている。
 東京裁判の法的根拠を大事になさる方は、今、現実に起こっている、ビラ配布裁判のことを問題にもすべきです。全部共産党絡みの、それも、休みの日に、ビラを配っただけで、それも、職場とかけ離れた所で、公務員が配ったことや、住居侵入で有罪判決が、一審ででています。東京裁判や、天皇のことではお詳しい人達も、今起きてる事にも目を向けて頂けませんか。平和を求める心は一緒じゃ在りませんか?

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少子化が今度産めよ増やせよに

 産めよ増やせよは戦争中の合言葉でした。今現在、世界で人口が減っている国は僅かですが、日本はその国の一つに成りました。国連の推計で226か国中24カ国で人口減ですが、日本もその一つです。
 何故少子化なのか。まず、少子化対策なる表現は日本だけです。個人の私生活には国は介入しない。但し、こどもを産みやすい社会、子育てしやすく、喜びとなる社会にする為、支援しよう。そう言う社会、国の在りかたは良いと思います。
 こどもを大切にするかしないか、国のありようを測る基準が世界に在ります。国内総生産(GDP)の中で、どれ程子育てや家族の暮らしを支える為にお金を使っているか?基準値は2パーセントです。日本は0,6パーセントです。ヨーロッパ諸国は例えば、デンマーク3,8パーセント。フランス2,8パーセント。フィンランド2,8パーセント。
 この数字を見てどうお感じになります。小泉自公政府の少子化対策なるものを2006年骨太の方針に見ます。
 肝心な財源や、国民の生活実態には触れずに「社会の意識改革を進めるために、家庭、地域の絆を再生する国民運動を展開する」。ちょっと待て。これは問題をすり替えている。私は猜疑心が深いのかもしれませんが、純粋に子育て支援をする意見とは思えません。「民に出来る事は民へ」。その政治の中で、公立保育所も補助金が一般財源化され、全国各地で廃止、民営化が大問題に成っています。財源を「育児保険」にしようという動きも起きています。また国民から取ろうと言う意見です。馬鹿にするのもいい加減にしろと言いたい。
 この次はきっと、昔のような、隣組だとか、家父長制の復活ですよ。
 教育基本法の改悪案でも示されているように、こどもの教育に、基本的に責任をもつのは家庭だと云っています。今その家庭は、長時間低賃金労働に支配され、父親なり、1人の稼ぎでは生活出来ない状態に追い込まれています。どうしろというのでしょう。何が骨太ですか。骨太という言葉は、本来ちゃんとした根拠の在ることを云うのです。こんな出鱈目なことを、骨太なんて云うのも自公政権らしさとでも云うのでしょうか。私は後のブログで、現代の女工哀史みたいな、お話をします。

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2006年8月24日 (木)

歴史の暗渠1953年

 1953年に何があったか。池田勇人政調会長(後の首相 貧乏人は麦を食えで有名な人)と、アメリカのロバートソン国務次官補が、アメリカで密かに会談しました。彼らはこれからの日本国民をどのように育てるかを話し合ったのです。結果、覚書をつくりました。 日本の再軍備のために憲法9条、平和憲法の下での教育が邪魔である。愛国心教育も必要。日本政府は、教育及び広報によって日本によって日本に愛国心と自衛のための、自発的精神が成長するような、空気を助長すること。 
 いかがです。空気ですよ。恐ろしいですね。何となく知らないうちにそんな気にさせる。そして精神ですって。心ですよ。内心を、外国と相談、いや、相談じゃありません。外国の指示どうりに作る。47年に出来た教育基本法の事実上の廃止。これは秘密だったのですが、新聞にスクープされ大問題に成りました。暗渠とは、蓋をされた水路のことです。 まさに、今騒がれている愛国心教育もここからの流れです。今から50年以上も前の話です。自衛隊も現在あります。これからそれを軍隊に格上げするのも、アメリカの手のひらの上でのことです。 
 この1953年以降、学校の先生を評価する勤務評定が創られ、教育委員の公選制も廃止され任命制に変わります。自主憲法を作ろうも、何て云う事はない、アメリカの要求から始まったことです。
 現在国民の間に在る侵略戦争直視の視点はアメリカに刷り込まされた物等では在りません。大体からそんな刷り込む時間無かったのです。47年に出来た基本法も53年には事実上なくなったのですから。私が5歳の時です。ですから私達団塊の世代は基本法の事実上無い時代に教育を受けたのです。ですから私達より若い世代の人達から靖国賛成なんて人が多いのです。何よりも戦争の悲惨さを体験し、もう嫌だと多くの国民が思ったからこそ、侵略戦争だと感じたのです。 それより、教育基本法を改悪し、憲法を改悪しようとしている人びとこそ、アメリカ言いなりの姿勢なのです。今の政治と同じでしょ。50何年も求め続けた事を、今実現しようとしているのです。
 日本のこども達を、競争社会に追い込んで、落ちこぼれと云われる差別的人間集団を作り出してきたのも、真にこどもの事を考えない勝手な人びとの勝手な政治の思惑のせいです。皆さんお考え下さい。 

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2006年8月23日 (水)

教育の荒廃と政治の役割

 政府の関係者から「今の教育状況を誰も良いとは思わないでしょ」何て人事みたいに云われると腹立ちません?私は凄く腹立たしく思います。それもズーット与党で居た人の発言。何でこんなに荒廃しちゃったのでしょう。
 小学校から大学も含めて、まず無気力の風潮。これは第一の問題でです。ですが、私の経験からいくと、こども三味線教室等には、大勢のこども達が生きいきと通ってきます。お稽古場に来るこども達も元気です。楽しそうです。ただ私は感じているのですが、差別と競争の無い教室だからだと思います。それぞれのこどもに関係しますので、ここで詳しいことはお話出来ないのですが、実感です。 
 日本でも、1949年の文部省の通達が在り、これが今でも生きていればこんな状態に教育が成らなかったでしょう。 文部省学校教育局が書いた「新制中学校・新制高等学校 望ましい運営の指針」
 入学者の選抜はやむを得ない害悪であって、経済が復興して新制高等学校で学びたい者に適当な施設を用意することができるようになれば、直ちになくすべきである
 如何です。高校全入の事です。教育の機会均等のことです。信じられませんでしょ。是こそ憲法と、教育基本法の精神でした。それが競争世界に成っていくのは1953年の半ばからです。
 教育基本法の精神を歪めて来たのは、自民党の政治でした。学習指導要領を毎年出し、教育を差別と競争の世界にしたのは政治です。先生達は一貫して、少人数学級のクラスを求めていました。それは保護者の希望でも有りました。今、少子化に成って、今こそ少人数学級クラスが実現しそうになったら、反対に、先生の数を、こどもの減少数より多く減らせと云っているのが、自公政権の主張です。
 私は思うのです。現実の教育現場から基本法の精神を抜き取ってきた人達は、先生達じゃない。ですから今の教育の荒廃は、基本法を実現させなかったからだ。断言します。政治のせいです。その政治を行ってきた自民党の政治家が、人ごとのように発言するのは許しません。

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2006年8月22日 (火)

奨学金が教育ローンに

 日本育英会が無くなった時に書きましたが、私は奨学金制度が無かったら大学までいけなかった。
日本学生支援機構の利率をめぐって今問題化しています。現在の貸付利率の上限は3パーセントです。
これでは儲からないから6パーセント位にしようと云うのです。小泉自公内閣が7月に出した骨太の方針では
「3パーセントの貸付上限金利について、教育政策の観点から、見直しを検討する」。
 何でもそうです。国民保護法も国民保護とは無縁。障害者自立支援法も支援と逆行。何でも、そんな名前さえ付いていれば、OK。自公政府の決めてきた法律は殆どが名前だけで、実際には支援も援助も打ち切る法律ばかり。教育政策の観点もそれと全く同じです。教育政策として、金の無い家のこどもは、高度な教育を受けられないと、ハッキリ云え。あきらめろ、といえばそれはそれではっきりしてるではないですか。教育政策とは、一体どんな政策なのか。何故金利を上げるのか。金利を上げると、貧乏な家庭でも高度な教育が受けられる様に成るのですか。私が受けていた奨学金と同じになるのですか。教育政策なんて云われると、何か良い事おきそう。これが自民党だけの時代との違い。公明党が内閣に参加した結果の違い。

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こんな人が首相候補でいいのか

 「美しい国へ」。素晴らしい本の題名です。これは美しい国にしようと云う事なのですかね。それとも、今でも美しい国へ、何かを期待している意味ですかね。おじいさんの時代から政治に係わり続けて三代目。それも政権党幹部として。ですから今の国が美しいという事で、更なる何かを求めているのでしょう。
 安倍氏の書いた本の話しなのですが。更なる何を求めているのか。今までは問題にも成らなかった事を、この様に書いています。今の憲法だと「東京湾に大量破壊兵器を積んだ船が来ても、向こうが何か攻撃をするまで何も出来ない」。本当ですか、と訊きたく成る話しですね。だから集団的自衛権が必要なんですって。じゃあ、海上保安庁なんかは何を仕事にしているんでしょう。テロ船が東京湾まで来られるはずはないでしょう。そんな船が領海に入った段階で自衛隊は何してるのでしょう。こんな在り得ない事を、例えに出さなければ成らない事に彼の思想の貧困さを感じます。或いは本音で、自衛隊は日本を守るのではなく、アメリカの補完部隊だとでも云うのですか。もう一つ。憲法前文は、戦勝国連合国への、侘び証文だそうです。「妙にへりくだった、いじましい文言になっている」。では此処に、憲法前文のその部分を書きます。  われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたい  
 これがその様に感じるそうです。如何ですか。この後の首相に成る候補ナンバーワンの主張です。この人のおじいさんは東条内閣の閣僚だった人で、戦後のこの憲法を作る時代もいたし、1960年安保の時は首相だった人です。その後に、首相になった佐藤栄作首相はご自分の叔父にあたる人です。えりすぐりのエリートである安部氏。今更そんな事を云うなら、日本の安全をそんなに、ないがしろにし、貴方が云う国辱的憲法を認めてきた責任の一端、身内の責任じゃ在りませんか。
 

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2006年8月21日 (月)

誇りなんかいらねえ

 日本人の誇りなんか、無理して持つ物じゃない。
日本人に限らず、誇りは埃に成り易い。簡単に言っているんです。私は日本音楽をしていますが、この、音楽としての良さは、世界の音楽にも在る良さなのです。伝統もそうです。私のしている音楽も伝統音楽ですが、よく人が云うアメリカには伝統が無い。そんな事在りません。彼らは、伝統を創りだす今を生きているのだと思います。それが伝統といわれる様に成るのです。
 誇りはそれ自体必要かもしれませんが、自分で酔う様な誇りなら要りません。皆誇り高い人々なのです。その誇りを否定するような、自分だけの世界を創った時に、誇りはマイナスの働きしかしません。
 例えば、アメリカ云うなりの外交をしていて、アジアの人々から信頼されない政治と外交。こんな国の何処に誇りを持つのか。仕事で海外に出かけるが、貴方の国の文化を教えて欲しいと云われたとき、何も答えられないで、何が誇りか。日本独特の文化、その存在は認めますが、他と比較するものじゃないと思います。何ですって。
 天皇を中心にまとまった国は日本だけだ。そりゃそうかもしれない。だから如何した。こういう感覚が必要なんです。その国には、それなりの、それぞれ違った誇りが在ると思います。それぞれを大事にしていかなければ、本当の誇りを手にする事は出来ません。

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首相候補ナンバーワン安倍氏

 安倍官房長官、次期首相候補ナンバーワン。彼が云いました。
「自虐史観を教えた教育の偏りを、正さなければいけない」。
 1945年8月15日に戦争に負けて、連合国アメリカの単独占領が始まります。GHQの占領下に成ります。
まず安倍氏に伺いたい。このアメリカの支配の下で自虐史観が教育されたのですか?もしそうならば1952年まで続いた占領政策のせいですか?
 1948年には、たった占領三年後ですよ、占領軍アメリカによる東宝、今でも在る映画会社ですが、その争議に対する戦車まで出しての大弾圧が在りました。戦車ですよ。労働者の要求に対する大弾圧として、東宝争議と云われるほど有名な事件です。そして続くレッドパージ、赤狩りが行われます。赤。ご存知でしょ。共産党や、その支持者のことです。ということは、自虐史観とかいうものはアメリカ占領時代の産物とは思えないのですが。自虐史観とかは、主に共産党的考え方、歴史の見方じゃ在りませんか。アジアに侵略戦争をしているのだ、という意見は、戦争中にも共産党や、その他の数少ないけれど、色々な人びとから云われてきたことです。戦後に続くこういった考えを、自虐史観と云っていませんか。アメリカ占領下で、占領軍に逆らうような、大きな、それも61年間後、今にも影響するような偏った教育を、誰が出来たのですか?日教組ですか?そんな事在りえませんでしょ。もうすでに、東宝争議と、その後に続くレッドパージで1948年から共産党的歴史観は排除され続けたのです。
 それでは考えましょう。自虐的という歴史観なる言葉が、一体何年から誰によって使われだしたか。私はこれから調べます。その結果によっては、簡単に打ち破れる事だと思います。

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2006年8月20日 (日)

戦う兵隊を観て

 映画監督亀井文夫さんが1939年、一本の映画を陸軍の要請で作りました。それが「戦う兵隊」でした。
ところが出来上がった映画は上映禁止になり、亀井さんは治安維持法違反で1941年に逮捕され投獄されました。私は今日その映画を観てきました。感想は一言では言えません。
 私の父が満州事変で徴兵されたのは、以前書きました。私は父から、満州で実際何をしてきたのかは、父の口から聴いていません。父が話さなかったからです。私は「戦友」という軍歌を子守唄代わりに育ちました。父はこの歌は、反戦歌だと云っていました。皆夜警に立った時、すごくゆっくり歌ったそうです。ここはお国を何百里・・
 行軍する時は歩調に合わせて早く歌ったそうです。私の心に在る「戦友」もゆっくりした歌です。私は自分のこども達にも、この「戦友」を子守唄にして育てました。そしてこども達が大きく成ってから、この歌は反戦の気持ちで歌い継がれてきたんだって言いました。歌詞を良く読むと、今日の映画以上に反戦的です。確か16番くらい在る長い歌です。私のしている音楽も長唄ですが。
 愚かな指導者には、耳に入る音楽は、行軍に合わせたイメージしか残らなかったのでしょう。でも、目から入る映画は、瞬間にイメージを残したのでしょう。或いは、徴兵された兵隊さん達の心が、敏感に反戦歌としての郷愁を感じとっていったのかもしれません。
 私は今日の映画を観ながら、目頭が熱くなる時が在りました。徴兵された兵隊達は、今も生きている普通の若者なのです。その彼らが、人殺しの経験まで積まされ、或いは自ら死ぬ体験をさせられたのです。日本軍の戦車が日の丸を立てて行軍する場面を見ても、本当に恐ろしいと思います。戦車のキャタビラの動きの恐ろしさ。これは、ドラマではなく、ドキュメントなのです。何故中国に日本の戦車がいるのか。前線本部の将校が「敵」と発言していますが、それは中国人のことなのです。敵とまで云うなら、絶対開放戦争なんかでは在りえません。陸軍が、直接お金まで出して作った映画が、見事にあの戦争の姿を捉えました。侵略された人びとの悲しみと、同時に、この戦争で日本は勝てないだろうと感じさせる中国国民のしたたかな強さ。
 結果は日本の負け。侵略していく側の大義の無さ。その表れとしての兵隊の士気の無さ。侵略される側の大義と正義の熱さ。また日本がどこかを侵略しようと思っても、或いは解放しようと思っても、力、武力でそうするなら、絶対的大義が無いので、必ず負けます。その大義は、でっち上げることの出来ないものです。

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2006年8月19日 (土)

人脈気、朝日新聞の記事に

 8月19日朝日新聞夕刊。一面の連載記事に戦争 未完の裁き(9) 無罪論。パルに思い重ね 
こんな記事が載っていました。東京裁判の判事は米英等から選ばれた11人の判事で、インドの法学者ラダビノッド・パルもその1人で、唯一日本の「全員無罪」を主張した方だそうです。その方の意見は朝日新聞によると、
「勝者が後から決めたルールで敗者を罰することは許されない」。
 このパルさんの意見が、今現在の日本の新しいナショナリズムの積極的根本になっています。
 では、パルさんの育ったインドの状況からお話ししましょう。当時パルさんの国インドはイギリスの植民地でした。
その時代に育ったパルさんが法学者に成れたのも、一定の生活条件が、それも普通の人よりも優位な生活条件が整っていたことを私は思います。私は仕事で若い時、インドに暫く滞在しましたが、ちょっと話しが飛びますね。東南アジア、フィリピン、インドネシア、シンガポールそして一番永くインドを旅しました。インドがまた行きたい所ですが差別の激しい国だという印象を持っています。経済的にも、社会的にも。パルさんは朝日新聞では、「西欧列強国に対してアジアが対抗することは素晴らしい」というような意見を言っています。
 では私は思うのですが、勝者以外の人間の、私的にいえば階級の決めたルール、法律ですよ。そんな物在りますか?敗者が決めた法律なんか在りませんでしょ。パルさんはインドのその時代の勝者が決めた法律の元で、ご自分は法学者に成れたのです。その時代を支配する階層は必ず在るし、その階層しか法律なんか制定出来ません。インドは今でもカースト制度の国です。
 そのパルさんの意見に感動している日本人は、自分で陥った自虐史観とやらを、否定してくれる何かの存在を求めているだけです。

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2006年8月18日 (金)

私はプロの音楽家です

 私は、プロの演奏家です。舞台で失敗をして迷惑を掛けた時は、素直に謝ります。人間ですから間違えることも在ります。精神誠意誤る以外に対応出来ないのです。それから同じ間違いをしないようにします。
 国家を指導する人は、私と同じプロのはずです。間違いもしょうがない場合もあります。意識的にした事でも、間違いだと思った瞬間に、謝罪しなければいけないと思います。私のしている音楽と違って、命に関わる場合が多いでしょう。開き直りは絶対許せないプロの行いです。アマチュアとプロの違いではないでしょうか。私はですから許せないのかもしれません。日本の今しようとしている事を。

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自虐史観論について

 最近良く聴く自虐史観という言葉。過去の日本の歴史を、わざわざ大きく捉えて、悪かったのだ、悪かったのだと主張する歴史観とでも云うのでしょう。そんな歴史観の人、私は全然知り合いにもいないし、本でも読んだ事在りませんので、実際どんな主張なのか解かりません。が、それは自虐史観だ、と言う人びとの存在は知っています。まず一般的なお話しをします。加害の事実は、加害者が口をつぐめば誰が加害者かが解かりにくくなります。
被害の事実は、被害者の口から口へ伝わり後々までも伝わります。これは色々な犯罪でも同じです。
 国家の行った犯罪は、国家ぐるみで隠せばある程度かくすことも出来ます。でも、手にすくった水の様に、犯罪の事実は次第に漏れるものです。実際に肝試しと言われて、中国人の少年を刺し殺した日本軍の元兵隊だった人は、老い先長く無くなって来て、良心の呵責から、自分の行って来たことを話し始めています。それが、一人や二人ではなく、多くの人びとの、心の叫びとして発言をしてくれています。これからの若者に、同じ過ちを犯させない為に。多くの世界の歴史家も、政治家も、そして被害国の国民も、加害国日本の国民も、在る意味絶対的被害者として歴史の真実を知っています。自虐なんかではなく、悪い事は悪い事として認めなければいけないと私は思います。過ちのない人が絶対いない様に、過ちを犯さない国も無いでしょう。だからみな同じではなく、きちんと清算していくべきことは、清算しなければならない。新しい本当の友好も生まれないでしょう。

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戦後61年経っても

 戦後61年、未だに乗り越えられない歴史の事実。こんな国珍しいと思います。
自虐史観論。植民地解放論。GHQ押し付け論。靖国史観と同じ次元の話しですが、ヨーロッパドイツと比べると、ひどいものです。
国民的議論がなされずに来た事がおおきな要因だと思いますが、その中で大きな要因はアメリカの変質だと思います。現在の自民党が、党是に憲法改定を目的に載せて成立したことがその証拠です。ファシズムと闘った連合国の一つ、アメリカは1949年の中華人民共和国の成立をまたずに、その直前から日本に対する立場をかえました。反共の砦としての使い道を選びます。それ以前に自虐史観論も、植民地解放論も在りませんでした。GHQ押付け論にいたっては、戦前から日本のおこなっている戦争は侵略戦争だと言っていた人びとが、あの激しい弾圧の中でさえいた事実が反証しています。その為に殺されたり、獄中に放り込まれた事実が厳然として記録に残っています。GHQ押付け論はまず除外です。
 では植民地解放論はどうか。こんな主張も明治政府の記録をみれば、単なる想像論でしかないことは明らかです。当初から、アジアに植民地を持って、欧米列強国と対等になろうと言う事を主張していました。そこで、後からこんな陳腐な意見が出来ます。みんなアジアの国々が、その後独立したではないか。それは日本の戦争のお陰だ。この意見の面白いところは、そうですね。こんなふうに言い換えられます。「俺達が君達の所を植民地にしていたからこそ、君達は後から独立国に成れたのだ。感謝したまえ」。
 20世紀は激動の時代でした。二つの世界大戦を経験し、世界中で、アジア、アフリカ、ラテンアメリカで、どんどん独立国家が誕生した世紀でした。日本が侵略した国ぐにだけではありません。そこの国民を殺しながら、脅しながら独立を助けた国なぞ世界中どこを探しても在りません。独立は、その国の国民の長いながい闘いと犠牲で勝ち取ったものです。日本のお陰なんて話しは、それ自体が昔の日本そのままのような不遜な態度です。

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2006年8月17日 (木)

靖国参拝反対の私

 父も母も、靖国神社に参拝したことは、私の知る限り在りませんでした。ですが、私の家の小さな仏壇に、私の知らない優しそうなお兄さんの、軍服姿で上半身の色あせた写真が在った事を覚えています。その方が、母の弟、とし叔父ちゃんという方でした。その頃は、母の想いも何にも解からないこどもでしたが、今の私にはよく解かります。実は私は、一番歳も近く親しかった兄を亡くしています。二つ違いの兄でしたが、圭坊、圭坊と呼んでいました。その兄は急性心不全で、突然朝、もう十数年前に亡くなりました。可愛い娘二人と義姉を残して。その圭坊に私は会いたい。色々な話もしたい。でも兄は病気で亡くなった。しょうがないと思えます。 母にとっては、弟の死にどんな想いがあったか。お国の為と思えたか。いや、そんな言葉は母の口から聴いた事在りません。私が平和運動に取り組み出したとき、母の言葉は「気をつけてね」でした。
 国なり、首相なり、国家が絡むなら、その施設は無宗教でなければいけないし、更に、その施設が歪曲した歴史観を広める仕事をしていては絶対許せません。「靖国で逢おう」。そんな言葉を云わせていた施設が、何故平和を希求する事と一致するのか。何故、侵略された国ぐにの理解を得られると思うのか。そんなの、逆の立場だったら許せますか。
 靖国神社は、はっきりと云っています。自存自衛の戦争だったと。国の生命線を確保する戦争だったと。
靖国神社ははっきり主張しています。そこをお参りして、何が平和、何がお国の為。明治時代に台湾を日本の領土にして以来50年、韓国を併合して、韓国語も禁じ、名前まで日本人の名前に変えさせて、何が生命線だと云うのか。よその国を侵略したと云う事実だけでは在りませんか。中国に21か条の不当な要求をしたのは、第一次大戦の真っ最中です。当然中国では、日本に対する反対運動が起こりました。5・4運動です。中国が反日行動をするから、じゃあ戦争拡大だ。何処に道理が在ります。本気に成って中国を侵略する為には、資源の乏しい日本だけでは駄目だと言って、東南アジア侵略を強行します。そこの国ぐにの資源を全部奪おう。道理もくそも無い。
 アメリカ等が、日本に対する輸出禁止をしたのは、戦争続行の為に必要な鉄、石油等です。追い詰められた日本のやむおえない戦争なんて話しは、全部嘘です。侵略して行ったのは全部日本です。
 

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2006年8月16日 (水)

靖国参拝賛成の方へ

 首相の靖国参拝に賛成の方にお話ししたいと思います。私の父は満州事変で徴兵され、傷痍軍人になりました。母は弟を太平洋戦争で、亡くしています。もう二人とも亡くなりましたが、戦争の悲惨さ、酷さを生前語っていました。昨日の夜のNHKの特別番組を見ていて、参拝賛成の方のお考えは、少し解かった様なきがしています。
 まづ遺族会の方のご意見。「国の為に亡くなった英霊を、首相が参拝して当たり前」。
 若い人の意見。「外国にとやかく云われて、参拝を中止すれば甘く見られる」。
 外務大臣の意見。遺族会の意見に加えて「二度とこの様なことが起きないように、平和を誓ってくる」。
だいたいこうした意見に集約されるのではないでしょうか。
 遺族会の方も、二度とこんな悲しい思いはしたくないと思います。その為には本当の平和を望んでいらしゃると思います。一緒に憲法を守りませんか。教育基本法を守りませんか。61年間も続いた平和な社会を守りましょうよ。貴方がたは平和の守り手だと思います。一つだけお考え頂けませんか。何故、遺族になられたのか。
 何故戦争が在ったのか、ということです。英霊というと、とかく太平洋戦争を中心に思いが巡りますが、実は、明治天皇制政府が出来てから、ずっと戦争に明け暮れていました。江戸時代までは無かった事態です。それと、一体何処で戦争をしていたのか。この日本の国土では在りません。日本の国土が戦争の惨禍を受けるのは、終戦近くで、実際地上戦が行われたのは、やはり終戦まじかの沖縄だけです。さて、誰が、何のために戦争を始めたのか。そのところをあいまいにして、戦争は語れないはずです。私の叔父は、犬死だったのかもしれません。父は、無駄な戦争の為傷痍軍人になったのかもしれません。父はハッキリ云ってました。無謀な侵略戦争だったと。
 誰でも、身内の死は無駄死にだったとは思いたくありません。その思いは思いで、何故外国の領土に行っていたのか。そして外国の地で亡くなったのか。それは考えなければいけないと思います。
 若い人達に問いたい。何故外国が、それ程まで反対すると思うのか。
 外務大臣。あなた方は二度と過ちを繰り返さない為だと云いながら、君が代、日の丸を国民に何故押し付けるのか。教育基本法に愛国心を何故入れようとするのか。教師の資格を10年ごとに更新させようとするのか。憲法を何故改定するのか。その為の国民投票法案で、一番改定し易い条件をつくるのか。日米同盟を更に世界規模の同盟として強化するのか。国民の抵抗を押し切って基地強化を何故するのか。こんなことをしながら、何故表の顔だけ優しそうにしているのか。侵略戦争であったことさえ認めず、後の歴史家が決める事だと。正直に云いなさいよ。「あの戦争はアジア全体を日本の領土にする為、正当な戦争だった。これからは、アメリカの行くところ全てお供して一緒に戦争したいんだ」と。
 絶対的天皇制政府が出来た明治時代からの流れのなかで太平洋戦争をみないと、歴史の真の姿は解かりません。絶対的天皇制政府の崩壊がポツダム宣言の受諾だったのです。

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2006年8月15日 (火)

小泉は確信犯

 小泉首相が靖国参拝を今日8月15日、終戦の日に参拝しました。私は朝日新聞の夕刊で知りました。彼の云っている言葉を朝日新聞の夕刊から取り出して、批判します。 
 「戦争で尊い命をなくされた方々の上に今日がある。心からの敬意と感謝の念を持って参拝している」
 死んでいった人達は、何故死ななければいけなかったのか。
 何処で何人の手で殺されたのか。
 心から何に感謝しているのか。
 心から何に敬意を持っているのか。もし敬意を抱くような事ならば、これからも国民にさせたいのか。
歴史は積み重ねで、今が在るのは過去無くしては有り得ない。当たり前のこと。だが、そこに反省すべきことは無いのか。過去は全て、敬意と感謝の言葉で表現出来るのか。
 答えて下さい。

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戦後61年と音楽

 日本の戦後の文化、芸術。音楽もその一つです。どれでもみんな人間が創るものです。これが共通項でかこわれ、今の全ての人間を取り巻く環境が在るのだと思います。文化と云う範囲は非常に広く、人間の思想をも含みます。私は長唄の三味線を専門にしていますが、私のしている事が音楽だから、文化人だ芸術家だとは云えないのです。誰でもが普段している事が文化であり、芸術の根元だと思います。
 戦後61年を迎えました。それ以前の世界にしたいと思う地位の在る人が少し増えてきたなと思う今日です。
 戦前、戦前というか、戦争中。私達の先輩はどんな生活をしていたか。簡単に云うと、歌舞音曲は駄目な時代でした。国じゅうが戦争している時に、「三味線なんて何を考えているのだ」と云うような環境でした。私の師匠も兵隊にとられ、徴兵の対象では無かった先輩達は、戦争賛歌を創らされていました。もっとも、先輩達を批判するのは簡単ですが、まあはっきり云ってしまえば、余り深い考えなどしなかった方々なのです。今も同じよう状況ですが、政治なんて関係ない、そんな人の集まりみたいなもんですから。政治のことを考えるなら、一曲でも早く覚えろ、みたいな世界ですから。でも、私はそんな訳にはいかなかったのです。終戦後1948年生まれですが、何しろ家が貧乏だったのです。嫌でも何故貧乏なんだろうと考えてしまいます。それは、貴方の運命よ、何て考えられません。結局政治に行き着いてしまいました。社会を変えたい人に育ったのです。何故政治家に成らなかったのかと云えば、三味線が大好きだったからです。でも、平和が一番ですね。平和な時代だったからこそ、三味線も弾けたんです。アフガニスタンやイラクや、レバノンもそうですね。もっと貧困な国のこども達は本当に可愛そうです。
 いつ爆弾が破裂するか心配で、音楽どころの騒ぎじゃないです。一日生き延びるのが精一杯のこども達。私達は、もっとひろいこころを持って、戦後61年間の ありがたさを考えましょう。決して人びとから貰った平和では無いと思います。

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売国奴小泉の参拝と戦後61年

 日本の外交をここまで世界から孤立させた首相。自分だけ内心の自由に逃げ込み、国民の内心の自由は奪おうとする歴史を偽造する人間。他の、かつて日本が犯した過ちで、深く傷付いた人びとの心を、更に踏みつけにして何も恥じない、はっきり云って人に在らざる存在。
 そんな人を内閣総理大臣にした、自民党、公明党の無責任さ。
 ポスト小泉の第一人者安部官房長官の新著「美しい国へ」で示された恐ろしい思想。皆さんご存知ですか?
旧日本軍が太平洋戦争末期、ぼろぼろの飛行機に、片道の燃料しか入れないで、若い兵士にアメリカ軍の艦船に体当たり攻撃をさせた特攻隊で命を奪われた、若者の心を「何を思いなんといって散っていったのか」と問い、「愛しきもののため、私もそうおもう」だが他方「自らの死を意味あるものにし、自らの生を永遠のものにしようとする意思もあった。それを可能にするのが、大義に殉じることではなかったか」「彼らは、日本という国の悠久の歴史が続くことをねがった」。
 国家の為に死ぬ事を、個人にとって最も意味のある生き方だといっている訳です。それも、現在の日本でですよ。そんな人が次期首相候補ナンバー1です。
 日本の孤立外交、アメリカオンリー政治、歴史の歪曲、まだまだ続きます。ですが私は許さない。多くの国民も歴史の真実を知れば許さなくなります。世界の大きな流れは、必ず日本にも押し寄せます。その流れを早く日本に届ける為に、私達も協力し力を合わせましょう。
 歴史の逆流はいつでも在ります。でも、逆流はしょせん逆流でしか在りません。歴史の本流は必ず私達の側にある。何故か。真実だからです。私が昔から好きだった古代史を含む世界の歴史は、それを雄弁と語っています。

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2006年8月14日 (月)

私はワーグナーの世界は嫌だ

 ワーグナーと私では、能力も、才能?も知名度も全然違います。昔習った音楽の教科書にも名前が載っている人です。有名人です。でもだからどうした。音楽の教科書も変わるべきです。バッハやモーツアルト等と、同じ次元で語られることはおかしい。21世紀。まさに本来ならば平和を謳歌したい時代に、ナチスに気に入られた人はそれなりに語られるべきだと私は思います。人間の肉体を、限界まで使う機械の様に扱い、声の大きいことは良いことだみたいな世界。バッカジャない。それじゃ伺いますが、声の大きなユダヤ人は命を助けられたのですか。そんなこと在りませんでしょ。人を差別する心は、音楽たりえない。私の心情ですが、それでも私は差別しているんです。平気で命を奪う人間を。私は今日、その忌みすべき人間に私自身が成ろうとしていたのです。細かいことは又の機会にお話します。

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国連の無力化を狙う者

 イスラエルのレバノンへの攻撃に対して、国連ば無力だと思う方は多いと思います。何故無力と思うか。
あれだけの戦争状態を早期に解決出来ないからです。では何故出来ないか。大国に拒否権が在るからです。
アメリカはイスラエルが不利になる決議には拒否権を使って反対します。もうオジャンです。ですが拒否権もなく、常任理事国でも無い日本は、この状態をうまく利用しています。かつての自民党政府は、少なくとも国連中心主義を云っていました。「国連の要請があれば協力しなければならない」とか「国連軍なら参加出来る」とか。是さえ憲法に照らしたら出来るはずも無いのですが、今や自民、公明の政府は国連の立場に立たず、日米同盟一筋に成りました。2006年防衛庁「防衛白書」は見事です。あの強いと勝手に評価しているアメリカと、国の浮沈を賭けてまで共にお供しようと云っているのです。アメリカは国連を重視しているような言葉を云います。「日本が常任理事国に成るには、憲法9条を改定しなければ駄目だ」。自公の政治家も、同じ事をもっともそうな顔をして云います。民主党もそうですね。中には自民党以上の主張をする人もいます。でも、自分の頭で考えた人は1人もいません。アメリカがその様に云ってるからだけです。本当に国連中心主義ならば、何故、今年の防衛白書は出来たのか。国連憲章にははっきりとうたっています。それぞれの国の憲法の中で、国連にみな協力しようと。常任理事国になるには、日本国憲法9条が邪魔だなんて書いて在りません。日本が成れないのは、アメリカ言いなりだからです。世界の人びとは、国連常任理事国に、第二の小さなアメリカを増やしてもいいことないと考えるからです。
 当たり前ですよ。国連決議を無視して戦争を始めるアメリカに、唯の一度も反対したことの無い国。そうして始めたイラク戦争に、世界で一番早くアメリカ支持を表明した国。多くの国がイラクから撤退したのに、航空自衛隊の活動範囲を大きく拡げ、「航空自衛隊の撤退は、有志連合と相談して決める」。有志連合。何を惚けたことを云っているのでしょう。有志連合なんてもう崩壊しています。結局アメリカと相談することです。相談なんかじゃ在りませんね。言いなりという事です。共におちょなら最後まで。これ小唄の一節です。
 国連が当てに成らないのだから、日米同盟を強化しなければ成らない。馬鹿な話し。

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2006年8月13日 (日)

私は馬鹿だ

 どう考えても、私は馬鹿だ。思いを人にぶつけ過ぎる。私は馬鹿だ。

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2006年8月12日 (土)

ヤサエモン座こども教室三回目

 今日は第四期ヤサエモン座の三回目の教室でした。調度前橋ではお盆に当たる為、欠席者が多かったので、前回までの復習をしました。初めての方の為に少しお話しいたします。このヤサエモン座というのは、文化庁の委嘱事業で、伝統文化こども教室という公的な支援を受けた教室です。小学三先生から中学三年生までを対象にした事業で、こども達に無料で長唄三味線をお稽古します。七月からの第ニと第四の土曜日、午後一時から三時までの二時間、来年の三月まで九ヶ月にわたってお稽古をします。お陰様で今回で四期目を迎え、五十人程のこども達が集まります。
 こどもは凄いですよ。まだ三回しか三味線を持った事が無いのに、荒城の月が弾ける様になり、長唄の名曲
勧進帖の合方(三味線だけで唄の無い部分)に今日入りました。第一期から参加しているこども達も多く、皆すごく楽しそうに通ってきてくれます。オヤツの時間も十五分程とっているのですが、こどもによってはその時間も惜しそうに三味線をさわっているこもいます。まず、自分は落ちこぼれだという意識を感じさせないことが大切な事だと思っています。その為には、そのこの段階に合わせて、細かい気配りと配慮が必要です。誰でも最終的には弾けるようにして上げます。そこが楽しさの秘訣だと思います。
 今の学校教育は、幾ら少子化に成っても、少人数学級はしません。文科省の方針と言うか自公政府の方針でしょう。小泉さんの方針でしょう。教師の人数を、こどもの人数が減った以上に削減します。こんなことでは良い教育は出来るはずが在りません。一人一人向き合った教育なんか出来るはずは無いです。私は落ちこぼれでした。
 私はいわゆる団塊の世代で、五十人以上のクラスでした。今になっても記憶から抜けない嫌な思いと悲しいおもいも、在ります。私は段々嫌悪を持ち出しました。でも結果的には、私は世の中を改革しようという立場に立ちました。そこいら変のいきさつも少しずつお話しします。
 ヤサエモン座のこども達には絶対素敵な記憶を残してあげたいと思っています。

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2006年8月11日 (金)

8,01付けブログを是非ご覧下さい

 私の八月一日付けのブログは是非お読み頂きたいと思います。私自身初めて気が付いたことなのです。
私が勉強不足だったのだと思い知らされましたが、近代の歴史をこのように見直すと、明治以来の天皇制政治が浮かび上がってくると思います。私の職業は日本の昔から、と言っても400年程の歴史を持つ長唄三味線の、一応専門家です。この道に入る前は考古学が好きでした。研究者に成ろうと思っていたくらいです。考古学は人類の昔の生活を研究する学問ですが、私に云わせるとここが今を解かり将来を展望する元のような気がします。
 誰もが使う言葉、原始共産制度。共産主義反対という人でも、この学術用語は否定しません。この地球46億年の歴史を学ぶことは、地質学、古生物学と共に私達今を生きる人間のしなければいけない事だと思います。

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2006年8月 8日 (火)

女性専用車両の問題

 男性の痴漢行為は、絶対許してはいけない行為だど思います。でも痴漢対策の女性専用車両は私に複雑な思いをさせました。八日付けの朝日新聞夕刊に、痴漢対策効果まちまちと出ていました。埼京線は25パーセント減ったが、中央線、京王線は増加。私がもし痴漢行為者だった場合、この車両に乗っている女性は、痴漢行為を受けても云い女性と思うかもしれません。そんな馬鹿な、と思わないで下さい。この逆に、女性の痴漢行為が多くて、男性が被害者だとします。もしそうなったら、私は男性専用車両に乗りたいけれど、イッパイで乗れなければ、普通の車両に乗るか、次の電車を待つしか在りませんよね。
 およそ痴漢行為をするような男性は、物事の条理が解からない人です。こんな人達に、それこそ誤ったメッセージを送るようなことをしてはいけないと思います。その為には、通勤時間帯の混雑している時、男女の比率くらい調査して、車両を増やすべきだと思います。女性は被害を訴えにくいとされています。同時に、痴漢ではない男性の冤罪者も出ています。私は高校生の頃から、混雑した電車に乗る時は、随分気を使って乗っていました。手に提げた鞄がj近くに居る女性に当たらないか。私は比較的背が高いので、背の比較的低い女性の腰くらいが私の手の位置になってしまいます。ですから手はなるべく上げていました。男性は男性也に気を使っているのです。
 私の提案。専用車両を女性だけでなく、男性専用車両も創る。その他の車両には痴漢禁止車両として明示する。如何ですか。色々な案を出すべきだと思いますが。

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愛犬に手を咬まれる・・

 私の愛犬はブルドッグですが、中々良く出来た犬で私の手足を本気になって咬むのです。今までに何回も咬まれている馬鹿な私ですが家の中に居るので在る面仕方が無いと思っているのですが、私以外は咬まれたことが殆ど無い。最初咬まれてお医者さんに行ったときは、破傷風の注射を必ずうたれたのですが、段々お医者さんも慣れてきて今は注射しません。「またかよ、ドジだね」。半ば馬鹿にされています。
 皆さんも知っていた方が良いことをお教えします。私の、このかかり付けのお医者さんに教えて頂いたことですが、咬まれ傷でも普通の傷でも、けがしたとたんに、化粧石鹸でも何でも良いから傷口を、ブラシで水と共によく洗う事。普通想像しただけでも痛くて出来そうもないでしょ。でも、この効力を知ると出来るのです。それまでズキズキしていたところから、何の痛みの無い世界に行けるのです。本当なんです。それから消毒をしてお医者さんに診て頂くのです。つい一週間前の水曜日の夜、私の左手の親指の爪が、愛犬に取られてしまいました。見事に取られた親指を、洗面所で歯ブラシを使ってどんどん洗いました。勿論血は出ますが、こんな事で失血死することは在りませんので本当に良く洗うのです。傷ついた直後はただでも痛いじゃありませんか。その時しか出来ない方法ですがあまり痛みは感じません。その後の痛みの無さは忘れられません。それでも少し痛む時は洗いが少し足りないだけです。また良く洗いましょう。こどもさんが怪我したときにも、可愛そうがらづにしてあげましょう。その後の治りが全然違いますから。これは外科的本当の手当てだそうです。

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2006年8月 7日 (月)

私のブログは

 私のブログを開いて下さる方は、段々少なくなりました。でも、私は主張を変えません。幾ら見てくださる方が減っても、私が今伝えたい事は伝えきります。後から、何でその時主張してくれなっかたの、等と云われない為にも、そして現実をそんな悲劇的状態にさせない為にも私はそうします。これが、現実的危機なのだから。

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2006年8月 6日 (日)

私が戻りたい歳を選べるのなら

 小中学校の歳は嫌ですね。あまり良い体験をしていないからでしょう。高校生の時は其れなりに充実していたので、まあ良いかなとも思えますが。本当に戻れるのなら、45歳位に戻りたい。いまから12年前ですが。人生の一番充実する時期、研鑽を積んできたことを実現出来る歳。私は唯物論者ですから、こんな事考えてもしょうがないのです。でも、戻れれば戻りたい。私の本音です。音楽活動の出来なくなったこの時期は、大きい。
 でも私の思いは実に個人的なことですが、私が師匠として尊敬する弥三郎師は、芸を磨く時、徴兵にとられていたことの苦しみを語って下さいました。更に仲間の死についても語って下さいました。
 私は師匠の様な芸はございません。こんな私で出来る事は限られています。今ブログを打ち上げる事くらいしか出来ません。中学生の頃、期待される人間像なるものが当時の文部省から出されました。私は個人的に反対でした。何故国が要求するのか解からなかったからです。その当時も何にも解からない人が大勢いました。受験勉強や、クラブ活動で頭がいっぱいだった親でも、今になればお解かりに成りませんか。その頃に教育基本法改定などと云いだせる雰囲気は無かったのです。憲法を改定しようなんて云える雰囲気は無かったのです。今や堂々と云われていますよね。この今日を作る為に、政治は行われて来た証拠では無いでしょうか。先の永い目論見の為に、今の政治が在るのです。私はそれに気が付きながら、黙っている訳にはいかないのです。学校の先生に10年ごとに資格審査を行おう、なんて今云うのも、今じゃない先の時代を考えて仕掛けているのです。その時代その要請に遭う先生を育てる。是は時の政府が要請する意味でしょ。
 黙って見過ごすなんて出来ません。政治は私達の命なんです。お金が無ければ医療にかかれない何て政治も、身分保障のない芸人は許しません。

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2006年8月 5日 (土)

このブログを見てくださる人々へ

 私のこのブログを見て下さってる方にお話しします。このページは長唄三味線弾きのヤサエモンの書いたブログですが、私の思いを書き込んでいます。専門的な事は、幾ら口で説明させて頂いても音楽ですので意味が無いと思っています。日本の伝統的音楽をする人間としての、1人の人間としての発せざるを得ない声をあげています。音楽は私のホームページ「創作の箱」まで来てください。私の新曲も全曲ただでダウンロードできます。
 こんな頭の悪い人でも外務大臣が務まるのだと感じた今日の朝日新聞の夕刊。
「麻生外相、靖国、非宗教法人に」。その記事の中で「国が戦死者慰霊という国家の担うべき事業を民営化した結果、その事業自体をいわば自然消滅させる路線に放置したのだと言っても過言ではありません」。
 あれだけ耳にたこが出来るほど「民に出来る事は民に」と云っていた政府の大臣でしょ。国鉄も民営化しJR。福祉も民営化と言って社会福祉も民間に丸投げ。国民保険も段々縮小して保険会社の仕事。生活保護もどんどん縮小。 麻生大臣に云わせれば、民営化したものはその事業自体を自然消滅させる路線に放置したものなんでしょ。ご自分でこのことが解からないで喋る。馬鹿と言うしか無いですね。こんな人が、外国と直に接触する外務大臣ですって。麻生氏は、民営化したものは自然消滅させる路線である事を認めてしまったのです。JRの事故の多さご存知でしょ。国民の命がないがしろにされているんです。生活保護を申請さえ受けつけづ、死ぬ人まででているんです。健康保険も混合診療で、保険の適用出来ない範囲が拡がっているのです。こんな時代に音楽だけやってる人には成りたくない。

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2006年8月 4日 (金)

安倍官房長官の靖国参拝

 安倍氏が四月に靖国神社を参拝していたことが明らかに成りました。安倍氏の発言を新聞で読むとはっきり言って詭弁の何物でもない。「近代以降の戦没者をお参り」うんぬん。一体靖国神社には誰が祭られているのか。
近代以降の天皇の為に亡くなった人だけを祭って在るのです。天皇に逆らった西郷隆盛も祭られていません。
 では、アメリカの無差別爆撃で命を落とした多くの国民はどうなっているのか。広島、長崎の被爆者はどうなっているか。誰も祭られていません。戦争を指導したA級戦犯は祭られています。単純に戦没者と云っても、中身は色々です。私の叔父さんは祭られていません。別に天皇制反対なんて云っていた人じゃありません。ただ徴兵されただけです。
 安倍氏は岸信介と言って東条内閣の商工大臣の孫です。岸はA級戦犯でしたが、アメリカの政策変更で出所し、のちには内閣総理大臣にまでなった人です。ドイツ等では在りえ無い事が、日本の政治ではアメリカの都合で在り得たのです。その安倍氏が次期首相候補の一番手なのです。安倍氏は憲法壊憲論者です。壊す
壊憲ですよ。そんな人が国民の多くのなんと無い支持を得ている雰囲気がしませんか?しますでしょう。これもマスコミの対応によって作り出されてきたんです。
 私は云いたい。安倍氏は、おじいさんと二人で、又しても歴史を、平和で無い、戦争の歴史を作りたいのですか。私達はそれを許すんですか?

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2006年8月 2日 (水)

最終的に皆お馬鹿

 私は酔ってきました。最終的にみんなお馬鹿です。私特性のハヤシライスを作り、茄子のしぎ焼きの加わった蛸のサラダを作り、シーチキンとキュウリのサラダを作り、特性のソースを作り、私は疲れてしまった。いくら飲んでも酔っ払わない、気持ち良くならない、自分に嫌気がさしてきました。こんな私が書いてる物を、よく皆さん読んで下さいますね。でも、でも、前々回ののno1は是非読んで下さいね。私のお願い。まだ妻は仕事です。

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何故七歳の少女は死んだか

 この国は誰か犠牲者が出なければ何もしない国。いや、実は何かはしていたのです。通達を出したり、実地調査もしていたり。でも何も拘束力の在ることはしていませんでした。民間企業にこれだけ門戸を開いたのなら、きちっと監視しなければおかしいと思います。民間企業は儲けが出なければ、企業として立ち行かないのです。ですから、今ほど企業倫理が無い時代に、そこを見張る公的人材が必要なのです。小さな政府、それは地方も含めて、きちっとした人材が必要ですし、何よりも国民の命を大切にする行政が無ければ成らないのです。
 皆さん、お聴きに成った日本語でしょ。新自由主義経済。日本はまさに真っ只中にいます。企業に任せておけば、経済は大丈夫という理論です。政府がやたらと口出ししないで企業に任せる。但し、この中には、国民の健康も、命も、生活も、こどもの成長も何も関係無いのです。企業が儲かりさえしていれば、なにも必要ない安心の世界。ここの何処に、亡くなった七歳の少女の安心と安全が在るのか。私は怒りと無力さで、落ち込んでる場合では無いのに、この少女を助けられなかった自分を責めています。助けられる力も無いくせに。
 一体政治は誰の為に在るのか。

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2006年8月 1日 (火)

今に至る、この年数は?no1

 1868年に天皇制の国体が出来上がります。いわゆる明治維新です。この後の西暦の年を列挙します。
 1875年、1889年(大日本帝国憲法発布)、1894年、1904年、1910年、1915年、1918年、1925年、1931年、1933年、1936年、1937年、1940年9月、1940年10月、1941年、1945年。
 この年の差は戦争の歴史の一部です。大日本帝国が出来てから、7年後年後には朝鮮に開国を迫りました。五年後日清戦争。その十年後日露戦争、六年後韓国を植民地に。その五年後中国に対する不当な21か条要求。三年後シベリア出兵。この出兵は1922年まで続きます。この三年後「治安維持法」制定。日本国内の反体制者の弾圧に着手。それから六年、満州事変。二年後国際連盟脱退。三年後日独防共協定締結。翌年全面的中国侵略。その三年後日独伊三国軍事同盟締結。その年に大政翼賛会できる。翌年真珠湾攻撃、対米英戦争突入。その四年後、ポツダム宣言受諾。終戦。その後は少なくとも日本人が戦争を体験しない時代が続くではないですか。最近は憲法を無視してイラクに自衛隊を派遣しましたが、六十年にもわたる平和の時代は何故続いたのか。それを皆さんも考えて頂きたい。人間ヒロヒトの、当たり前な事ですが人間に決まっているのに、いちいち人間なんて付けるのは、それまでの教育の中で、「天皇は神なのだ」。こんな間違ったことを徹底的教え込んで来た証拠じゃないでしょうか。
 今まさに、憲法を変え、教育基本法を変え、また昔のように戦争できる国にしたい人々が大きな声を出そうとしてきた時、私達は勉強しなければいけない。ここに書いたことが、一つの参考になって欲しいと思います。ここに書いた様に、年中戦争をしていた国だったのです。誰の圧力でもありません。軍部の暴走でもありません。今日の年表にまだ、抜けている事が在ります。中国に対する全面的戦争を行う上で、資材の確保が大事に成ります。それが南方戦線の拡大と侵略を酷くし、結果的には大日本帝国の敗北を早めます。
 シンガポール、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナム、フィリピン、インド、インドネシア。それぞれの国で反日本帝国主義の運動が活発化します。
 日本の戦争礼賛者は、今ですよ。西洋の植民地を解放する戦争だった等と主張します。もし、本当に解放戦争だったら、日本は負けませんでした。何故か。その国の国民が、一緒に立ち上がってくれるからです。いい加減なことを主張する政治家が増えました。国民を騙せるとでも思っているのでしょう。戦後アメリカがベトナムで行った戦争も、あの強力な武器を持つアメリカの負けでした。嘘で始めたイラク戦争も泥沼でしよ。

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