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2006年8月18日 (金)

自虐史観論について

 最近良く聴く自虐史観という言葉。過去の日本の歴史を、わざわざ大きく捉えて、悪かったのだ、悪かったのだと主張する歴史観とでも云うのでしょう。そんな歴史観の人、私は全然知り合いにもいないし、本でも読んだ事在りませんので、実際どんな主張なのか解かりません。が、それは自虐史観だ、と言う人びとの存在は知っています。まず一般的なお話しをします。加害の事実は、加害者が口をつぐめば誰が加害者かが解かりにくくなります。
被害の事実は、被害者の口から口へ伝わり後々までも伝わります。これは色々な犯罪でも同じです。
 国家の行った犯罪は、国家ぐるみで隠せばある程度かくすことも出来ます。でも、手にすくった水の様に、犯罪の事実は次第に漏れるものです。実際に肝試しと言われて、中国人の少年を刺し殺した日本軍の元兵隊だった人は、老い先長く無くなって来て、良心の呵責から、自分の行って来たことを話し始めています。それが、一人や二人ではなく、多くの人びとの、心の叫びとして発言をしてくれています。これからの若者に、同じ過ちを犯させない為に。多くの世界の歴史家も、政治家も、そして被害国の国民も、加害国日本の国民も、在る意味絶対的被害者として歴史の真実を知っています。自虐なんかではなく、悪い事は悪い事として認めなければいけないと私は思います。過ちのない人が絶対いない様に、過ちを犯さない国も無いでしょう。だからみな同じではなく、きちんと清算していくべきことは、清算しなければならない。新しい本当の友好も生まれないでしょう。

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