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2006年8月14日 (月)

私はワーグナーの世界は嫌だ

 ワーグナーと私では、能力も、才能?も知名度も全然違います。昔習った音楽の教科書にも名前が載っている人です。有名人です。でもだからどうした。音楽の教科書も変わるべきです。バッハやモーツアルト等と、同じ次元で語られることはおかしい。21世紀。まさに本来ならば平和を謳歌したい時代に、ナチスに気に入られた人はそれなりに語られるべきだと私は思います。人間の肉体を、限界まで使う機械の様に扱い、声の大きいことは良いことだみたいな世界。バッカジャない。それじゃ伺いますが、声の大きなユダヤ人は命を助けられたのですか。そんなこと在りませんでしょ。人を差別する心は、音楽たりえない。私の心情ですが、それでも私は差別しているんです。平気で命を奪う人間を。私は今日、その忌みすべき人間に私自身が成ろうとしていたのです。細かいことは又の機会にお話します。

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