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2006年8月31日 (木)

お年寄りを大切にしない国家は愛せない

 「年二回の小旅行、月一回の映画もいけんようになった」。
81歳になる方の嘆きです。生活保護を受けている70歳以上の方には、老齢加算を自治体がしてきました。
その理由は高齢者は噛む力が弱く、消化吸収の良い食べ物を必要とします。肉体的条件から暖房費、や洋服、保険衛生費もかかる。高齢に成るほど近所の人、友達、親戚などの訪問、お墓参りが多くなります。当たり前のことです。ですから生活保護以外に加算されてきたのです。
 この方は6畳一間に住み、お酒は勿論、タバコも吸いません。生活保護費の月額ほ老齢加算を加えて93700円。年金なし。それなのに17930円の加算が今年四月からなくなりました。今までの生活費の内から引かれた結果は75770円だけです。
 皆さん、どう思われます。これだけのお金でどうやって生活しろというのでしょう。この方は二十歳の時終戦を迎え、戦後鉄工所に勤務、その後トラックの運転手、建築作業員等をして、今から十年ほど前にからだを壊し、70歳の時生活保護を受けるようになりました。「月に一度映画を観る事が何で贅沢なんや。じっと布団にくるまっている生活がなんで人間らしいのや。生きる張りをうしなった」。カップラーメンとご飯。それだけの食事。
 憲法25条の最低限度の文化的生活を保障すると言う意味は、こんな事じゃないでしょう。一生懸命生きてきた証がこんな生活じゃやりきれない。いずれ皆迎えるであろう老後。それさえ迎えられない不幸な人達。そんな国家のどこを愛せ、と言うのか。その国家の為に、命を投げ出せと、安倍氏は語る。安倍氏はそんなことばっかり云っている。時代錯誤ではない。現代日本のこんな現実を作ってきた張本人の確信的言葉であって、私に言わせれば、自分達は高みの見物で、それも、現実の人びとを何も見ないで、無視して、戦争とひたすら生きようとするこの国日本の破壊者だ。それも自分は犠牲を蒙らない。
 人間の、尊厳を持って、最後まで生きる権利が、私達には、在るはずだ。

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