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2006年8月 1日 (火)

今に至る、この年数は?no1

 1868年に天皇制の国体が出来上がります。いわゆる明治維新です。この後の西暦の年を列挙します。
 1875年、1889年(大日本帝国憲法発布)、1894年、1904年、1910年、1915年、1918年、1925年、1931年、1933年、1936年、1937年、1940年9月、1940年10月、1941年、1945年。
 この年の差は戦争の歴史の一部です。大日本帝国が出来てから、7年後年後には朝鮮に開国を迫りました。五年後日清戦争。その十年後日露戦争、六年後韓国を植民地に。その五年後中国に対する不当な21か条要求。三年後シベリア出兵。この出兵は1922年まで続きます。この三年後「治安維持法」制定。日本国内の反体制者の弾圧に着手。それから六年、満州事変。二年後国際連盟脱退。三年後日独防共協定締結。翌年全面的中国侵略。その三年後日独伊三国軍事同盟締結。その年に大政翼賛会できる。翌年真珠湾攻撃、対米英戦争突入。その四年後、ポツダム宣言受諾。終戦。その後は少なくとも日本人が戦争を体験しない時代が続くではないですか。最近は憲法を無視してイラクに自衛隊を派遣しましたが、六十年にもわたる平和の時代は何故続いたのか。それを皆さんも考えて頂きたい。人間ヒロヒトの、当たり前な事ですが人間に決まっているのに、いちいち人間なんて付けるのは、それまでの教育の中で、「天皇は神なのだ」。こんな間違ったことを徹底的教え込んで来た証拠じゃないでしょうか。
 今まさに、憲法を変え、教育基本法を変え、また昔のように戦争できる国にしたい人々が大きな声を出そうとしてきた時、私達は勉強しなければいけない。ここに書いたことが、一つの参考になって欲しいと思います。ここに書いた様に、年中戦争をしていた国だったのです。誰の圧力でもありません。軍部の暴走でもありません。今日の年表にまだ、抜けている事が在ります。中国に対する全面的戦争を行う上で、資材の確保が大事に成ります。それが南方戦線の拡大と侵略を酷くし、結果的には大日本帝国の敗北を早めます。
 シンガポール、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナム、フィリピン、インド、インドネシア。それぞれの国で反日本帝国主義の運動が活発化します。
 日本の戦争礼賛者は、今ですよ。西洋の植民地を解放する戦争だった等と主張します。もし、本当に解放戦争だったら、日本は負けませんでした。何故か。その国の国民が、一緒に立ち上がってくれるからです。いい加減なことを主張する政治家が増えました。国民を騙せるとでも思っているのでしょう。戦後アメリカがベトナムで行った戦争も、あの強力な武器を持つアメリカの負けでした。嘘で始めたイラク戦争も泥沼でしよ。

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