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2006年10月 6日 (金)

美しい国への反論 2公と私の感情

 「公」の言葉と「私」の感情
 「60年まえ、天皇が特別の意味をもった時代があった。そして多くの若者たちの、悲しい悲劇が生まれる事にな  った」。

 ここに60年前と書いていますが、まず、それ以前からではないのか。ここに出ている詩は、
 特攻隊に出撃した兵士の言葉を安倍氏が選んだものですが、次に書きます。

   
    如何にして死を飾らむか
    如何にして最も気高く最も美しく死せむか
    我が一日々々は死出の旅路の一里塚
     (安倍氏中略)
    はかなくも死せりと人の言はば言へ
    我が真心の一筋の道
    今更に我が受けてきし数々の
    人の情けを思ひ思ふかな

 安倍氏は戦争末期と云うが、彼等の言葉をつぎのように語るひとは多い、と云います。
  「彼等はこの戦争に勝てば、日本は平和で豊かな国に成ると信じた」。

 では、何故若者は戦争末期に日本の勝ちを信じたのか。
 何故戦争の実態を知らされなかったのか。
 何故若者は死を意識する青春を送らなければ成らなかったのか。

 これが美しい国の本来の姿と理想なのか。
 

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