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2006年10月 7日 (土)

美しい国への反論 5国家は抑圧装置か

 「ルワンダ共和国では、1962年の独立前からフツ族とツチ族が対立し、独立後、フツ族が政権の座にあったときは、ツチ族にとっては国家は抑圧装置、いや虐殺装置でしかなかった。かつてのユダヤ人にとってのナチスドイツも、そしてかつて多くの共産主義国も、その国民にとっては抑圧装置だった。・・・・しかし、少し考えればわかることだが、先にあげた独裁国家では、自由と民主主義が否定され、報道の自由が認められていない。存在するのは、一部の権力者が支配する閉ざされた政府だ」。

 引用が長すぎて嫌気がさして来たのですが、実に面白い事を云っているので引用しました。
 抑圧装置に限らず、安倍氏は嘗ての大戦のことを、ドイツを例に出して、歴史家でもないのに決め付けていま   す。
 明治時代からの日本は、言論の自由が在ったのですか。
 報道の自由は在ったのですか。
 選挙権も自由に在ったのですか。戦争中からの日本はどれ程自由な国だったのですか。
 反戦と言うだけで逮捕される国では在りませんでしたか。
 思想の自由は無かったでしょ。
 言論の自由も無かったでしょ。
  国体護持だけだったでしょ。
 天皇の為には命も投げ出せだったでしょ。
 教育勅語に何て書いて在りましたか。

安倍氏の無責任さが、いい加減さがこの文章に出ているのです。 

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