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2006年10月29日 (日)

私はこどもの時政治に目覚めた

 私は成績が悪くて、小学校の四年生からは最低水準でした。学校でも有名でした。
でも、決して悪(わる)ではなかったと思います。ただ学校の勉強が解からなかっただけです。
放課後、教室の黒板に、へたな裸の女の人の絵を描いていたぐらいです。
その頃が60年安保闘争にかかる時期でした。
安保条約ってどんな条約なのか。
アメリカ軍の基地が守られ、アメリカと対等な条約ではないと直感しました。
こどもの心は大人には解からない。
給食費を払えないこともたびたびでした。
心の中ではきゅうくつでした。
でも、親のせいでは無いと思っていました。
勿論自分のせいではない。
父は肝臓が悪く、決してお酒の飲みすぎではありません。
母はリュウマチで思うように体が動きません。
親のせいではない。
こどものせいでもなく、貧乏なのは、社会が悪いと思ったのです。

私の両親は、お金の無い中で、こども世界文学全集とか本をよく買ってくれました。
ユゴーの書いた「ああ無情」などは何回も読みました。少女コゼットも印象的に覚えています。
ノートルダムのせむし男も印象的です。

私は思うのです。
こどもが 苦しい思いをするのは、個人的な問題と思いません。
信仰が足りないとも思いません。
社会の問題です。
これを誤魔化す意見には徹底して反論します。

皆さん考えて下さい。
今の社会のように、お金を稼ぐか稼がないのは、自由で、それぞれの考え方によって自由であるなんて云っていたら、私のような文化をする人間は、お金を稼げないのです。
そのこどもは、貧乏を耐えろと云うのか。

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