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2006年10月22日 (日)

非核三原則は国是なのに

 国是という事は、国家の世界に対する約束と言う意味が在ると思います。

 一般国民の発言の自由は当然の権利ですが、内閣の人間の発言はその権利の問題とは違うと思います。
 非核三原則を守ると云いながら、内閣の閣僚が何を発言するのか。
 
 近くの国が核兵器を持ったとして、だからどうした。 
 非核三原則は守るのです。何の為になにを閣僚が発言するのでしょう。

 私に言わせれば簡単です。
 言論の自由という国民の権利を逆手に取って、閣僚の発言の既成事実を作り、殆どのマスメディアが批判しな  いような風潮を作りながら、またそれを利用して、いつの間にか非核三原則を無くす為です。
 本当です。

 安倍内閣の閣僚で、嘗て、日本の核保有を主張した人は、八人もいます。安倍氏からそうです。
 公明党の池坊なんてお花の先生も閣僚で、その人もそうです。
 話はちょと飛びますが、私達古典、伝統芸をしている人間は政治的立場をハッキリさせることはタブー視されて  いたのですが、これも権力者に近い場合は特例です。池坊氏も、御家元ですし、何しろ与党の一部分の人です から。

 話を戻します。与党は核兵器が持ちたいのです。
 だから、核兵器も普通の兵器の一部の様に思わせたいのです。
 だから、被爆者に対する特別な援護法を忌み嫌って来たのです。

 被爆者の願いに、悉く背いて来たのです。
 裁判でも、被爆者が死に絶えるのを待つように、控訴、控訴の連続です。
 平和と福祉の党はもう宣伝出来ないでしょうが、公明党も同じです。

 

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