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2006年11月 2日 (木)

日本の近代史の真実を問う 1

 明治時代の日清戦争(1894-95年)と日露戦争(0904-05年)は、朝鮮半島の支配権を争ったせんそうでした。日露戦争でロシアに勝った日本は1910年に韓国併合を強行して日本の領土にしますが、同時にロシアから、中国の南満州の利権を譲り受けることによって中国進出の足場も手にするのです。

 ロシアから譲り受けた南満州とは、中国東北部の満州の南部、遼東半島の一部(旅順・大連など)のことですが、
ロシアはそこに南満州を縦断する鉄道を敷いていたのですがその権利を日本のものとし、この権利をたてに「関東軍」という強大な軍隊を配置する事になりました。
 朝鮮の次は中国が目標になります。
当時の中国はヨーロッパ各国が競争して進出していました。租借地(そしゃくち)といい沿岸の港の半永久的使用権を手にいれたり、経済的な勢力圏の縄張りをひいていました。
そこに新たに日本が割り込もうとしても、思うようにはいきませんでした。
 
 ところが1914年・大正3年思いがけないチャンスがめぐってきました。
第一次世界大戦が始まって、ヨーロッパ各国は東アジアに目を向ける余裕が無くなったのです。
勇み立った日本はドイツに宣戦布告してドイツが領有していた山東省の青島(ちんたお)とその周辺を急襲占拠します。中国政府は日本に撤退を求めましたがそれを拒否して、翌年1915年・大正4年1月、「21か条の要求」を突きつけます。その内容を書きます。

 南満州と東部内蒙古(今の内モンゴル)や山東省を日本に引渡し、中国沿岸や港や島に対する日本の独占権を認めること。さらに、各種の経済的特権から、各部門に日本人の政治・軍事顧問を配置して、中国政府そのものが日本の支配下に入る事を要求したのです。

 中国はこれまで多くの国からいろいろな権益を取り上げられてきましたが、中国を全部、丸ごと支配される要求は始めてのことでした。当然全国的規模の反対運動が起こります。[5・4運動」の始まりです。

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