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2006年11月 3日 (金)

日本の近代史の真実を問う 3

 この関東軍の考えが実行されたのが柳条湖事件です。
 南満州鉄道の線路を奉天(ほうてん)駅の近くで爆破し、これを中国軍の攻撃だと偽って軍隊をただちに出動させ、朝までに奉天(ほうてん)市を占領し、南満州鉄道の各都市を占領します。
 板垣の筋書き通りにことは運びました。
 6日後の9月24日、日本の若槻内閣は政府声明を出し、線路を爆破したのは中国軍隊の一部で、日本軍の行動は治安確保のためだといって、関東軍の行動の正当化につとめました。
 これで関東軍は政府のお墨付きを得て、半年余りの間に東三省の全域を占領します。
 では日本政府は関東軍の謀略を知らなかったのか。
知っていました。奉天(ほうてん)の林久治郎総領事が幣原喜重郎外相あてに打電した三通の電報が在ります。
 最初の電報。「板垣参謀に事件を不必要に拡大しないように求めたが、徹底的にやるべしが軍の方針だといわれて断られた。
 次の電報は軍は満鉄沿線の各地でいっせいに行動を開始する方針のようだから、政府として緊急に差しどめの手をうってほしい。
 最後の電報は軍は破壊されたという場所には満鉄側の保線工夫もちかよらせない、「今次の事件はまったく軍部の計画的行動にいでたるものと想像させる」という、関東軍の謀略を告発したものでした。

 事件発生の数時間後には政府に公式に報告されていたのです。
これを受け取った政府がどう対応したのか。
陸軍参謀本部の「満州事変機密作戦日誌」で明らかに成ります。
9月19日の日誌。午前10時から始まった閣議の記録。
 
 閣議の始まる前に、若槻礼次郎首相が南次郎陸軍大臣にたいし「関東軍の行動は、本当に軍の自衛のための行動だと信じていいんだろうね」と念をおし、大臣が「もとよりしかり」と答えたといううところから記録は始まります。ところが陸軍大臣には秘密の任務がありました。それは、朝鮮にいる日本軍の満州への増派でした。
幣原外相が外務省の情報を読み始めると、閣議の雰囲気は変わり、朝鮮からの増派を言い出せなくなりました。

 ところが政府はその5日後には、関東軍の行動を正当化し、全ての罪を中国側に擦り付ける声明をだし、戦争拡大に拍車をかけます。明らかな関東軍の謀略と知りながら戦争の拡大の政策に踏み切ったのです。

 この根底には日本が決めた生命線への侵略と領土拡張主義が政府と軍部の共通の了解事項となっていた根本的問題があります。
天皇も32年・昭和7年一月、関東軍に功績をたたえたのです。(満州事変に際し関東軍に賜りたる勅語)

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