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2006年11月 7日 (火)

日本の近代史の真実を問う 4

 満州国を作り上げた日本は33年(昭和8年8年)、内モンゴルの熱河作戦を開始してそこも満州国の一部とします。こうして出来た満州国は日本の国土の3倍を超える面積でした。
 これから日本は領土拡大の目標を華北省、山東省、山西省にまで拡げます。北京、天津などの在る中国の中心部への侵略開始です。日本軍は出撃を繰り返しこれらの地域に「自治政府」の名目で日本軍の息のかかった地法政権を作り、中国政府の統治の及ばない特別地域にすることをくわだてます。36年(昭和11年)一月、陸軍が策定した「北支処理要綱」。この要綱ではさらに拡大した「北支五省を目途とする」。
 
 日本軍の際限の無い領土拡大政策に対して、中国の抵抗がますのは当然です。
1937年(昭和12年)7月七日北京郊外の盧溝橋で事件が起きます。
これは六年前、日本が作り上げた柳条湖事件と違い、現場での小さな衝突で、現地では局地的トラブルとして七月九日午後6時半停戦協定が成立しました。

 ところが二日後(11日)夕刻、日本政府は「華北派兵に関する声明」を出し、現地での交渉や事実を捻じ曲げ、
「以上の事実にかんがみ、今次の事件は支那(中国)側の計画的武力抗日なること、もはや疑いの余地なし。よって政府は本日の閣議において重大決意をなし、北支派兵に関し、政府としてとるべき所要の措置をなすことに決せリ」。派兵の内容は朝鮮軍、関東軍、日本本土から三個師団、海を渡って出兵する。

 ここに対中国全面戦争が始まるのです。
少しまとめます。 日清、日露戦争で、朝鮮半島を支配し、満州からロシアの権益を取り上げ、「21か条の要求」で中国への全面的一国支配を狙い、それが抵抗にあうと武力に訴えて遂行する。鉄道爆破をでっち上げ、満州占領をやり、ささいなトラブルを現地のじじょうも知りながら、それをよいきっかけとして全面的戦争に突き進む。

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