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2006年11月 9日 (木)

日本の近代史の真実を問う 8

 荻窪会談で正式な日本の国策にまで高められた領土拡張主義。
一体どれ程の地域が日本の「生存圏」であったかを示します。
 私は地図を描けないので説明しか出来ませんが、北は中国から、西はインドから、南はオーストラリア、ニュージーランドまで、東は太平洋南部のタヒチからハワイ諸島のちょっと南まで、勿論マリアナ諸島、グァム島まで含まれます。七月に軍部が議論した事が、九月には「大本営政府連絡会議」の決定とされたのです。
 「独伊との交渉において皇国の大東亜新秩序建設の為の生存圏として考慮すべき範囲は、日満支を根幹とし、旧独領委任統治諸島、仏領インドおよび同太平洋諸島、タイ国、英領マレー、英領ボルネオ、蘭領インドネシア、ビルマ、オーストラリア、ニュージーランド、並びにインド等とす」。

 広大な地域を日本の領土、「生存圏」にしようとしていたのです。
ここで日独伊三国同盟は、アメリカとの戦争を避ける為に結んだ条約だ、等と云う人がいますが、そんな理由も存在しえない事実を記します。

 三国同盟を審議した40年(昭和15年)9月19日に開かれた御前会議の議事録です。
枢密院議長 「米国はこれまで日本が独伊の側に走らないように、経済圧迫でもかなり手控えている。この条約で日本はいよいよ独伊側にたつということになったら、日本に対する圧迫はいよいよ強化され、石油や鉄の禁輸など、日本を疲弊させる手段に出るのではないか」。
松岡外相 「米国の対日感情はすでに極度に悪化していて、わずかの機嫌とりで回復するものではない。ただ我々の毅然たる態度をとってこそ、戦争を避ける事ができる」。
枢密院議長 「米国は自負心の強い国だ。だから毅然たるたいどの表明はかえって反対の結果を促進することにならないか」。
松岡外相 「米国が反省して冷静な態度をとるか、それともますます硬化するか、見込みは半々だ」。

 無責任ですね。これで戦争に突っ走るのですから。
1941年(昭和16年)一月。日米交渉が始まりますが、アメリカはすでに、経済制裁を強め、独伊との同盟を結び、南進作戦を進める日本に対する態度をハッキリと打ち出していました。

 アメリカの国務長官ハルは、日米協議の基礎として四つの提起をしています。
1.。領土保全・主権尊重。 2.。 内政不干渉。 3。 機会均等。 4。 太平洋現状維持。
日本にはこれらに対応する何物もありませんでした。

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