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2007年1月27日 (土)

酒鬼薔薇聖斗事件から十年

 これは朝日新聞一月二十六日付けの記事人・脈・気の移しです。私にとってはそんな事があったな程度の記憶しか在りませんでした。それを抱えて十年の歳月を生きてきた犠牲者の家族、それを忘れずに生きてきた関係者の人々に、心からの哀悼と、敬意を込めてここに書きます。

 その事件は十年前、神戸で起きた。五人の小学生が襲われ、二人は無残に殺された。「酒鬼薔薇聖斗」を名のる犯行声明分。逮捕されたのは少年A,14歳だった。
 いま大阪で弁護士をしている井垣康弘(67)は当時神戸家裁の裁判官。Aの審判も受け持った。
「初めて見たときはきゃしゃな少年だな、と思いましたね」
 Aは面会に来た母親を「帰れ、ブタ野郎」とののしった。厳しくしつけた母との葛藤、倒錯した性的サディズム。事件は、もっと非行にきびしく対処せよという少年法の厳罰化議論をまき起こす。
 井垣はあえて処分決定の要旨を公表した。「子育てがわからなくなり、産むのがこわいという女性までいた。なぜこんな事件が起きたのか社会に知ってほしかった」
 Aを医療少年院に送った後も、毎年会いに行った。
 一年目、面会拒否。 二年目、視線を合わさず、「無人島のようなところで一人で暮したい」。 三年目、目に光が宿る。「温かいひとたちに囲まれて生きたい」。 五年目、「母といつか心底からわかりあえるようになりたい」。
 井垣は大阪の薬屋に生まれ、京都大で法律を学ぶ。Aの事件までは家裁で離婚など「家事」を専門にしていた。我が子を奪われた親の悲しみ、苦しみ。井垣も三人の子の父として痛いほどわかった。
 「でも、少年事件は刑事裁判とは発想が百八十度ちがう。やったことの罪は問はない。ただし再非行を防ぐ。厚生させる方向でとりくむ。つまり教育なんですよ」
 01年、「少年問題ネットワーク」設立の呼びかけに加わる。「少年への大人のまなざしがとげとげしく」なるなか、電子メールで本音を語り合う試みだ。その仲間に、少年法にくわしい国学院大学名誉教授澤登俊雄(76)、立教大学教授荒木伸よし(62)、漫画「家裁の人」の原作者毛利人甚派八(48)らがいた。井垣の行動は裁判官の世界で異端視された。
 04年春、21才になったAが仮退院した。井垣はこんなメッセージをマスコミに送る。「君の人生は、いばらのコースになる。私もつかず離れず伴走したい」
 同じ日、小六の息子を殺された父は「心に重い十字架を背負って生きていってほしい」と談話を出した。遺族は決して許していない。それでもなおAに「生きよ」という。井垣は胸を打たれた。
 05年一月、定年退官。その四ヶ月前、がんが見つかり、声帯を切除。話す時は人工声帯を使う。
 弁護士になって、裁判官時代に少年院送り、成人してまた罪を犯した男を弁護した。昨年担当した万引き少年にも「一生付き合いたい」と井垣。「弁護士は追いかけてもストーカー呼ばわりされませんから」

 少年事件では、弁護人に当たる人を「付添い人」と呼ぶ。Aの付添い人団長を務めたのは神戸の弁護士、野口善国(60)。東大の学生時代、家裁の調査官らと知り合い、その真剣な姿勢に感動して、非行少年を預かる民間施設にボランティアとしてかよった。付添い人をした中に「札付きのワル」の中三男子がいた。先生の車を壊し、父母を殴る。野口は卒業式だけは出席させたいと校長に頭を下げ、少年の家に通って勉強を教えた。真っ白な「特攻服」は事務所で預かった。
 「その子はきちんと制服を着て卒業式に出た。校長が手を差し出すと、しっかり握り返し、式場は拍手に包まれたと両親から聞かされた。嬉しかったですね」
 300百人に及ぶ少年との交流を振り返る「歌を忘れたカナリヤたち」(共同通信社)を一昨年末に出した。Aの事件以来、世の中がひたすら厳罰化に向かっているような気がする「それで非行が本当にくいとめられるのだろうか。愛情を注ぐ人がいなければ、立ち直らせることはできないのに」

 本の題は西條八十作詞の童謡からつけた。
 唄を忘れたカナリヤは 後ろの山に棄てましょか いえ いえ それはなりませぬ
決して見捨ててはならない、と野口は思う。

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