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2007年3月31日 (土)

美しい国は何も悪いことはしなかった

 まるでそんな雰囲気です。私は想う。従軍慰安婦も強制では無かったという方たちは、まず韓国に行って、主張するべきです。「理不尽な言い掛かりをつけるな」と。ホント、行って話した方がいいと想う。日本の中で、チッチャな私のブログを相手にしないで、本場韓国で主張して欲しい。キーセンハウスのことも含めて、あなた達は生活の中に売春が溶け込んでいるのだと。あの戦争の時も、売春婦が集まって、日本兵の相手をしていたのを、あなたたちは知らないのか。お金を貰っていたかどうかは証拠が無いから解からないけど。このくらいの話直に出来なければ、しょせん犬の遠吠え。犬に失礼ですね。インドネシアで慰安所を作った軍人は、死刑になって、直ちに慰安所は廃止されたそうですが、韓国には慰安所が在ったことは認める人多いですね。それも陸軍の敷地内に。そして多くの慰安婦がいた事も認める人多いですね。何を認めないのかと言うと、天皇の軍隊が、関知していたことです。そこだけが守りたい唯一のキーワードなのです。
 沖縄戦の集団自決も、認めるけれど、天皇の軍隊だけは関与していない、でしょ。みんな自ら選んだ道なのです。そういうことでしょ。

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教科書検定これで本当に良いのか

 元日本軍の守備隊長が2000年8月、「命令しておらず、名誉を毀損された」として訴訟をおこしました。弁護団には戦争美化の言動している自民党国会議員や「新しい歴史教科書をつくる会」の関係者が含まれています。
 ずっと教科書に載ってきた、沖縄戦に於ける集団自決が、軍の命令だったと言う記述が書き直されたのです。戦後60年以上経って、それこそ今に成って急に何故名誉毀損なのでしょうね。文科省は何と云ったか。
 ある教科書会社は「日本軍がやらせたという証拠はない。違うという説が出てきている」。
 ある教科書会社は「軍の命令はなかったというのが定説になりつつあるといわれた」。
「新しい歴史教科書をつくる会」の藤岡信勝副会長らが、「軍の命令はなかった」と主張し2005年から削除を求める運動を開始しました。訴訟も時期を同じにして始まりました。先の教科書会社の人は語ります。
 「新しい説が出たというが裁判以外に新しい動きは無い。これでは誰かが訴訟を起こせば全て新説が出たとして教科書が変えられてしまう。政治家からの圧力があったのではないか。歴史をゆがめるものでゆるせない」。
 この沖縄での集団自決は、地域的に、軍と住民が一緒にいたところに限られています。手りゅう弾は軍が厳密に管理していて、一般人が手にすることは在り得ませんでした。親子、兄弟、夫婦がお互いに殺しあうこともありました。守備隊長の命令が在ったかどうかなんて、瑣末なことです。軍による強制と教育が、客観的事実として示されているのです。証言をとれば「いざと言うときはこれで自決するように」と命じられたという証言も在るのです。
「生きて敵の捕虜と成るな」はすべての場所で云われてきた合言葉でしょうに。一体何をしようとしているのか、国民に説明しなさい。 

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2007年3月30日 (金)

国民投票法案4割の人は知らない

 国民に知れないうちに法案を成立させようと自公がしていることは明らかです。公聴会を開いても、反対意見なんぞ聴くこと無いとまで自民党の議員は語ります。これが何故認められるのか。憲法ですよ。国の背骨ですよ。これを変えようとするならば、ちゃんと国民の意見を聴くのが当たり前ではないですか。例えば一例を出します。
 投票率が一割だったとしましょう。その中の有効投票の半分が賛成なら憲法が変えられるなんておかしくありません。何故変えるのかもハッキリ云わなければ、投票率だって上がらないでしょう。メディアも政府に協力して、国民に知られないようにしていけば、それこそ5パーセントの賛成でも憲法が変わるのです。95パーセントの人は解からないままでも、成立してしまうのです。これは異常です。でもこれを指摘するメディアが無ければ、最低投票率の規定の無い国民投票が成り立つのです。どんな住民投票でも、最低投票率の規定は在るのですよ。

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安倍首相は何を謝罪しているのですか

 従軍慰安婦は強制ではなかったと云うのに、何を自ら謝罪しているのでしょう。何が誤ることなのでしょう。
26日の参議院予算委員会で「内閣総理大臣としておわびを申し上げているわけであります」。本当に何をお詫びしているのか。更に下村内閣官房副長官は「従軍看護婦や従軍記者はいたけれど、従軍慰安婦はいなかった」とまで発言しています。「親が娘を売ったりしたことはあるだろう」とも。その売られた娘を日本軍が利用したとでも云うのですか。部隊が移動するたびに、娘を解放していたとでも云うのですかね。一般的なレイプ事件でも、被害者の言葉は大きな証拠になります。レイプした側の否定発言は、大きな証拠が無い限り認められません。
 今に成って、侵略戦争中、従軍慰安婦は強制では無かった、もし強制だと言うのなら、誰もが納得する証拠を出せ、何て云う人もいますが、あれだけ多くの人々が長年に渡り涙ながらに訴えていることに、皆さん、証拠を提出しなければ日本政府は認めない何ていうことが、通用するのか。じゃあ、安倍氏は何故謝罪しているのか。
 歴史を捻じ曲げるのは、簡単ではない。国内向けに出鱈目を語ることは比較的に簡単では在るが、世界の目は、良識は騙せない。

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2007年3月28日 (水)

自公は完璧な共同正犯、民主主義を破壊する存在

 自民党と、公明党は完璧な共同正犯、民主主義の破壊者です。
国民投票とは、一体何の為に憲法に規定されているのか。国民の総意を聴く為です。それを政府の改憲案を必ず通す為の法律にしようと修正して何が民主主義か。本音をばらしたら筋道が通らないことさえ解からない代議士が「このままじゃ、憲法改定を否決する法案だ」とまで云い、何が何でも政府の憲法改悪案を通す法律を作ろうとしているのです。これでは、国民の総意を聴く国民投票の意味が、無くなるのです。時の権力、政府の思い道理にさせないで、国民の意思を大事にする民主主義の根本精神が在るのです。だから、どうすれば国民の最大の意志を反映する法律に成るか、その一点のみが大切なのです。国民のたった一割の賛成で、或いはもっと少ない賛成で憲法が変えられてはいけないからこそ、国民投票が在るのです。何処の国でも、最低投票率の規定は在りますし、国民の自由な発言は保障されているのです。何よりも大事なのは、国民一人一人が考え、発言出来ることこそ大事なはずです。どんな職業の人も、憲法に関して、発言を制限されるだけで、民主主義では無い。お金に任せて、在る人は、企業は、団体は自由にコマーシャルが出来て、何時間でも金に糸目を付けないで広告を垂れ流せるのが、民主主義か。金の無い人間は、団体は、政党は黙っていろが民主主義か。こんな方法で憲法を変えられて良いのか。公明党は、何を実績として語ろうが、この修正案を共に提出するだけで、民主主義の敵であることを証明した。選挙の度に、実績を誇ることの大好きな公明党。底が割れた。教育基本法改悪の時も、公明党は、大きな支持母体創価学会の人達に、説明会をしました。でも、そこでの資料には、元の基本法の全文、全文どころか何も資料をを配りませんでした。読めば3分も掛らない資料です。それを読めば、何故、何処が悪いのと思う人達がたくさん出てくるからです。公明党の幹部が説明しただけです。多くの創価学会の人達は、自分のこども達におおきな影響が在る、前の基本法の何も知らされないで、賛成させられているのです。今度の修正案の場合もそうです。何が問題なのかを何も知らせず、選挙の票だけの兵隊さんの役割に使っているのです。
 そもそも、憲法とは何なのか。権力を持つものの、手足を縛ることが目的なのです。これは私の個人的見解ではなく、アメリカの元大統領、ジェームス・ジェファーソンの有名な古典的言葉です。憲法の本質を語った言葉です。
ですから日本の憲法も、国家がしては行けない規定を設け、国民にしなければ行けない規定を設けているのです。皆さんお考え下さい。

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2007年3月26日 (月)

朝日新聞人・脈・気より思うこと

 3月26日のこの記事の最後の方に、御手洗経団連会長の言葉が書いてあります。
「価値観の違う人と議論しても神学論争になるだけ」。これは、経済同友会終身幹事、品川正治氏の発言「民主導と言うがしょせん業界の利益。経済は国民が主権者だということを忘れている」に対してどう思うかと記者会見で質問され答えた言葉です。御手洗氏は、価値観の同じ人間と議論しなければ意味が無いと云ったのと同じです。思考回路の貧相な方ですね。同じ者どうしで、わいわいがやがやしてると、何が生まれるのですか。
 私は御手洗氏の貧困な発想と、姑息な経営実態が、一体となって現れている言葉だと考えます。次回から御手洗氏の企業、キァノンの残酷な労働実態を告発します。

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2007年3月25日 (日)

部落民以外は皆差別者、誤った論理の破綻の拡がり

 長野県御代田町をご存知の方は少ないと思いますが、この町の町長さんに、共産党町議、茂木さんが現職に1000票以上差をつけて、今年の二月当選しました。これまで「部落開放同盟」の脅しと利権の実態は解かっていても、誰も怖がって発言しませんでした。でも茂木町議は、恐れず追及していました。この間に同和事業担当の町職員のうち四人が病気による長期休暇をとり、一人が退職、一人が自殺しています。私に言わせれば開放同盟に殺されたと考えます。人々は皆恐れ、物言えない雰囲気だったのです。殺された職員には脅迫のメールがしつこく送られていました。「この小僧は身をもって後悔することになるでしょう」。「一度吐いたつばは、身をもってせいさんすることになるでしょう」。「職員の職責を果たさず、死んだ時も迷惑をかけて誠に不愉快だ。町職員は甘ったれ過ぎではないか」。何かの開放を語る人の言葉では在りません。全国的に広まった石原タブーと同じように、開放同盟タブーも在りました。でも、それが崩壊しつつ在るのです。全国的規模で。
 誤った論理は、誤った行動しか生み出しません。それは国民から見放される運命をたどります。

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2007年3月24日 (土)

石原都政を支えた三悪

 知事一人で、私物かも、民意切捨ても、福祉切り捨ても、大型開発も出来ない。ただし、条件によっては出来る場合もあります。吉田万三氏は足立区長時代、区が立てていたホテル計画を公約通り撤回させました。更に税金の使い道を大型事業中心から暮らし第一に転換させました。これは、区民の思いと重なれば出来るのです。議会では大変な妨害に合いましたが、結局区民の願いと重なれば妨害政党も何も反対できないのです。
 都政で考えてみましょう。石原氏の独りよがりと、都民福祉無駄論は、都民の気持ちとは一致していません。それでも彼が思うように都政を運べたのは、味方する政党が在ったからです。自民党、公明党、民主党。この三悪が在ってこそ出来た独裁政治なのです。私はこれらの政党を三悪と称します。この三悪が今回急に分裂したのです。いつも可愛そうだなとは想うのですが、この三悪の公明党は、二大政党に選ばれないのです。三悪は保障つきなのですが、二大に成れない、誰も認めない。メディアも認めない。これって結構哀れですよね。でも三悪政治には欠かせない立場なのです。自民党も一党だけでは出来ないことを出来てしまう。民主党も、同じ路線ですが一党だけではやりにくいことも、公明党の賛成で出来るかも知れません。三悪の中で、一番達の悪いのが公明党かも知れません。漁夫の利。

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ピンピンころりが理想、石原氏

 昨日まで元気に暮していて、ころりと死ぬ。これが理想なんだそうです。この方向で福祉も施策を講じるそうです。日本共産党の志位委員長が言いました。「それなら何故シルバーパスをとり上げた」。尤もです。
 嘘と心に無いことは、バレルのです。石原氏が急に福祉大切、都民の目線何て云っても騙し以外の何物でもない。それを批判しないメディアは、完全に駄目な存在でしかない。役立たずならまだ許せる。犯罪的である。

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逆立ち仲間に対抗軸は無い

 都民、県民の利益ではなく、大型開発、政府云いなりの、住民無視の政治、それを逆立ち政治といい、石原氏、浅野氏は同じ逆立ち仲間。二大政党と同じで何の対立軸も無ければ、政策の違いも無い。これを、今回の地方選挙の注目点と取り上げる大メディアの無責任さ。
 宮城県政で浅野氏がしてきたことを、いくつか上げましょう。
 1 85歳以上の方に支給されていた敬老祝い金(3千円)の廃止。
 2 寝たきり高齢者への介護手当ての打ち切り。
 3 障害者への入院給食費の補助打ち切り。
 4 障害者の社会復帰を邪魔する障害者自立支援法を礼賛。
 5 「施設から地域へ」という理由で障害者施設の解体を宣言。
 6 補助金カットも部局の裁量を認めず一律カット。
 7 特別養護老人ホームの整備基準は、国の基準以下3パーセント。待機者1万人。
 8 乳幼児、母子家庭の入院給食費の補助打ち切り。
 9 老人保健施設の県単独補助打ち切り。
 10 県立高校17校の統廃合。
 11 船の来ない港の建設、大規模プロジェクト。
 如何ですか。石原氏と何処も変わらないのです。これを対立軸なんて出鱈目です。根拠が在りません。ですから朝日新聞も答えられなかったのです。(前回のブログ)
 これがいわゆる二大政党の本質です。都民は、浅野氏が宮城県で何をしてきたか知らされないのです。メデイアが主張しないで、とぼけているからです。民主党の推薦と、石原都政との急な対立様式の馬かさ加減を知っていながら書かないのです、放送しないのです。これは確信犯です。私は吉田万三氏こそ、本当の対抗軸だと思います。

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2007年3月22日 (木)

マスメディアの堕落、ここに極まれり

 朝日新聞の記事には何の責任もない事を、朝日新聞自身が認めた。
都知事選挙が始まって、今日の夕刊一面トップ、知事選ニュース。中見出し、三つ。
 一つめ。石原陣営「300万票の力はない」
 二つ目。浅野氏「政党は伴奏者だ」
 三つ目。二大政党の顔、マイク握らず」
一つめの中にも、「改革派知事として知られた浅野氏・・・」。私はここに疑問を感じ朝日新聞へ電話しました。
「浅野氏を改革派とした根拠を教えてください」。答え。「改革派と知られているから」。質問。
「メディアが根拠もなしに改革派と言うのか」。答え。「報道を調べて見る」。質問。
「報道なら私は朝日新聞を取っているから知っている」。答え。「報道を調べることしか出来ない」。質問。
「報道を調べるのではなく、改革派と云った根拠が知りたい」。答え。「私はあなたの質問に答える必用が無い」。
 私はその答えの後、例えば社説でも、疑問が在れば聴く部署は無いのかと聞きました。無いのです。メディアに対して、NHKもそうですが、日本のメディアは、国民の意見に答える部署を作らないのです。明らかに意図的です。全部がそうしているのだから。メディアは堕落しました。もう、一般のメディアを信用してはいけません。

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キーセン・ハウスについて

 安倍氏が云うキーセン・ハウス。安倍氏はスケベでは無いでしょうから、行った事無いでしょうが、私はそもそも韓国に行った事が無いのです。でも情報として知っています。いわゆる売春女性ががたくさん集まっている場所です。階段状の場所に、ずらりと女の人が並んでいて、客の指名が在ると下りてきて、客の相手を一晩中させられるのです。その客の最大手は日本人です。昔から有名ですよね。大韓航空には、鼻の下の長いのがイッパイ載っていたのです。でも、人間として生まれてきて、誰が男に身体を売って生活したいでしょうか。そんな人いるのでしょうか。日本に於ける吉原とも微妙に違うキーセン・ハウスは、安倍氏に聴きたい。韓国の歴史の何時ごろから出来たのでしょうね。あなたはそれを持って、韓国人のふしだらな生活を指摘したのですから、そのくらいご存知でしょ。

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強制に二種類ある何て馬鹿な珍論は止めなさい

 世界に発言は直ぐに伝わる時代。このブログでさえ世界中に瞬時に伝わります。一体全体、安倍氏はどんな頭なのか。それを支持する政府、自公の政党は余程、小中学校で国語を習わなかったと見える。国語もまともに理解していない人達の云う美しいも、希望も一般常識とは違う意味なのではないのかと考えさせられます。
 そう云えば、日の丸・君が代も強制はしないと言っていたのに、実際は強制しています。規律しない先生を処分するのですから、これは常識的には強制の何物でも在りませんが、彼等に云わせると、強制とは云わないのかも知れません。これは恐ろしい事態です。彼等が口で何を約束しても、国民の思っている日本語の意味では無いのですから。日本の伝統に強制の二種類なんて在りましたっけ?無いですよ。 
 更に安倍氏は、かつて韓国のことを、このように話していました。「儒教的な中で50年間黙っていざるをえなかったという、本当にそういう社会なのか、韓国にキーセン・ハウス(売春の家)があって、そいいうことをたくさんの人達が日常どんどんやっているわけですね。ですからそれはとんでもない行為ではなくて、かなり生活の中に溶け込んでいるのではないかたすら私は思っています」。(1997年「歴史教科書への疑問」の中での発言)
 私たちはこんな人を首相にしているのです。この発言の意味は訳さなくても解かりますが、普通に使う日本語を理解していない人の発言ですから私が訳します。
 「韓国人の社会には、売春の行為が深く溶け込み、馴染んでいる。生活の一部として社会的に溶け込んでいる」。こんな酷い、無礼な発言ですが、私は思うのです。今韓国に行って、そのように話しなさいよ。それが正直外交ですよ。それはど昔の発言ではないし、現在の色々な発言とも矛盾しない同じ思想の発言ですから、韓国だけでなく、今日本を批判している全ての国に行って話しなさいよ。それが出来たら敵ながらあっぱれじゃ。

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2007年3月20日 (火)

偽の対立は国民騙しで許されない

 自民党と民主党は、何か対立点が在る様な顔をしていますが、皆さんお考え下さい。民主党の代表は小沢氏、副代表は鳩山氏。二人とも自民党の国会議員でした。考えに大きな違いがある訳ないと思いませんか。それは僅かな、どうでもいいような違いぐらい在るかもしれませんが、国民生活に係わる基本的なところ、国民性活と平和の問題において変わりが無ければ意味が無いのです。見てみましょう。
 憲法を改定することは一致しています。そのための国民投票法を作ることでも一致しています。構造改革を推進することも一致しています。日米安保条約を強化することも一致しています。
 今、国民の困窮の元は、特に構造改革によって出来た、格差と、抜け出られない貧困が問題に成っています。
それに対して同じ意見の政党の立場は、対立ではなく、同軸です。この同軸を対立に見せている元凶は、メディアです。まさかメディアが、嘘を云う分けないという国民の心を利用して、二大政党制こそが、これからの期待の星みたいに煽り立てているのです。ちょっとまともな考える大人は、民主党、旧態依然の大人は自民党、みたいなことで、調度バランスを取っているのです。同じ根っこの二大政党から、新しい国民の為の何が生まれるのでしょう。どちらの政党に変わっても、影響ないのは、財界。間違い在りません。それと国民、これも間違い在りません。結局、二大政党は、どちらに転んでも、何の変わりも生まれないことです。

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2007年3月17日 (土)

朝日新聞夕刊、素粒子は面白いですね

 毎日ここだけは先に見るのですが、今日の素粒子の記事。
「金で人の心も買える」が信条の堀江被告、裁判官の心証は思いのままにできず。実刑判決下る。
「正しい日本食」認証は松岡農水相の思い通りにならず。正しい政治資金収支報告の方が先だろ。
政治家、企業、銀行、球団。カラスの鳴かぬ日はあっても、毎日誰かがお詫びしている美しい国。
 面白いと思いませんか。見事に皮肉っています。
私が面白いと感じたのは、短い言葉で言い当てているからです。ホリエモンなんて、何だか私の名前に似通っていますが、私のほうが先です。こんな愛称で呼ばせた人は、小泉元首相、安倍首相、当時の幹事長代理。
 当時の安倍幹事長代理の発言。(TBS番組、05年8月17日放送)「堀江さんが仕事で成功してきたと言うのは、小泉さんの改革の成果、規制緩和の成果」。結局堀江被告の生みの親であることを自賛していたのです。どうするどうする。マネーゲームを、仕事だと云うのです。毎日朝からコンピューターにしがみついて、株の値動きを追って、瞬間に売ったり、買ったりする若者が異常に多かったですよね。更に「これからは汗水流して働く時代ではない。お金に働いて貰う時代」何て馬鹿な発言した大臣もいました。こんな人がリーダーの1人かと思って情けない気持ちに成りましたが、ハッキリ言って、今もその延長線上に在るのです。金で人の心を縛ろうとしている人達イッパイいます。若いアマチュア野球選手にお金を渡し、このことは内密になぞと云う大人がゾロゾロいるのです。若者は、その秘密に耐えられず、自ら真実を述べました。これが、多くの若者の心を傷つけていることにさえきずかない、馬鹿な大人が、なんでこんなに増えたのか。元の教育基本法のせいなのか。本当か。このモラルの低下の本質的国民的議論も起こさせないで、急いで改悪したお偉い政治家はこどもに何を語れるのか。 

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2007年3月16日 (金)

未必の故意を厳格に適用するべきです

 未必の故意とは、広辞苑によると「行為者が、罪となる事実の発生を積極的に意図・希望したわけではないが、自己の行為から、ある事実が発生するかもしれいと思いながら、発生しても仕方がないと認めて、行為する心理状態。故意の一種」。私には珍しく、新しいニュースを取り上げているのですが、この記事を書くきっかけは、幼児四人を死亡させ、多数の怪我人を出した園児死傷事故の埼玉地裁の判決の記事です。幅六メートルの狭い道で、50から60キロのスピードを出して、テープを取り替え様とした行為は、まさに未必の故意に当たります。
 私の家の前の道路も、同じような道ですが、私は、このような道では制限速度と関係なく、自分がこの街で住んでいる気持ちで、安心できるだろうと思うスピードで運転します。自動車とは、人と比べて強い物なのです。それを動かしている人間は、真剣を振りかざして歩いているのと大した違いは無いのです。運転免許は、何故在るのか。これを無くしたら危ないからです。危ないものを動かしている意識をもっと徹底しなければ、絶対この様な事態は減らないと思います。今世の中上げて、自分さえ良ければいいのだという意識が拡大しています。そもそもこの考え方が悪いのです。このまま法律に成れば、過労死もふえるかも知れないと思いながら、残業無制限の法律を作る人達は、未必の故意で捕まえるべきです。殺人の未必の故意です。運転手さんに、過重な勤務を余儀無くさせるのも、未必の故意です。その、大本の法律を作った人達も、未必の故意に当てはめるべきです。そうすれば、無駄に命を亡くす人達が減るんです。良い事ではないですか。

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新聞の見方、テレビの見方

 現在は新聞、テレビなどの見方を変えないと真実が見えてこないのです。大きく取り上げられる記事には、私はハッキリ言って、世の中の大事なことは余り出ません。新聞なら下のほうの小さな小さな記事に、大きな大切なことが書かれていることが多いですね。メディアの良心が、そんな小さな記事に在ること。
 一面トップには期待していません。それは事故とかは別ですが。国会で審議されている法案の中身の問題提起なんか全然在りません。国民に対して、問題提起するということは、メディアの大きな仕事の一つだったはずなのが、今はその心さえ無くしています。特に日本のメディアはそうです。政府の発表を垂れ流す。そこには、垂れ流しですから批判も、問題提起も在りません。
 一つの例を出しましょう。今国会で問題になっている国民投票法案。何が問題に成っているかご存知ですか。メディアはそこを指摘していますか。国民の二割の賛成でも憲法が変えられる法案だと説明していますか。公務員は意見表明も出来ない法案であることを伝えて、説明していますか。教育者も全然発言できない、従って憲法学者達も、この大事な時に沈黙を強いられる法案であることの不思議さを指摘していますか。お金の在る財界などによる改定コマーシャルは無制限に出来る法案であることの、問題点、金の在るなしで一日中でも、憲法改定賛成意見を流し続けることが出来る不平等性を指摘していますか。問題点はまだまだ在るのですが、そこを国民に知らせなければ、存在価値が無いと私は思います。それも不思議なことに、この法案が国会で成立したりすると、途端に問題点を指摘する学者や、評論家が登場して批判するのです。でも大体一日だけですけれど。私たちは公正な報道をしています、アリバイ作りみたいなもんですね。でも、このような動きが、全メディアに共通することは、怖いことです。自主規制というのですかね。

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松岡農水相の事務所費問題は疑惑ではない

 最初から変だとは思っていたのですが、ここまで引き伸ばすことをみると、疑惑ではなく政治資金規正法違反の犯罪だと言い切っても良いと思います。政治家は疑惑を持たれたら、反証する必要が在ります。ただの個人ではなく、国民からの信託を得た人間だからです。税金で生活し、活動しているのですから、その使い道は国民に対して開かれていなければいけない。「なんとか浄水器」で誤魔化しては国民を馬鹿にしている。国民は多くの人達が生活に困っているのです。何千万なんか見たこと在りません。それを何に使ったかは、政治家にとっては僅かなお金なのかも知りませんが、国民にとっては莫大なお金なのです。知る権利が在ります。一体誰に渡したお金なのか答える義務が在ります。「本人が適切に法にのっとって処理していると云っているから問題ない」と云って問題化を避ける安倍首相も同罪です。任命者として調べる義務が在る。国民に規範意識、規範意識と云うにしては、余りにも規範意識が無いのは強行採決と、国民に真実を述べない国会運営を見てもいえます。今一番規範意識を持つべき人達は、自公の政治家です。

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強行採決の続く異常国会、これが民主主義か?

 自公の狙う憲法改定の中身が想像つく異常事態の連発。今国会ズーッと強行採決ではないですか。公明党は歯止めも何もありゃしない、自民党と同じ。それどころか自民一党では出来ないことを助けているのです。
 ことは憲法に係わる法案を、国会で何も審議せず、疑問点もなにも解消しないのに、最初から自分達の都合を逆算して、いつまでに衆議院を通過させなければならないから、何が何でも強行。
 これって冷静に考えれば考えるほど、国会の多数者は審議なんて要らなく採決してしまうことが許されているという、恐ろしい思考ではないでしょうか。民主主義とはかけ離れた考えです。国民投票法と言えば、憲法改定にあたって、国民の意見がどれ程正確に集約できるかが大事な問題です。従って、国民的討論が、どれ程保障され、意見の発表が自由に保障され、同時にコマーシャルなどお金の在るなしで左右される問題点などを、どうクリアーするのか、まだまだ考えなければいけない問題がイッパイ在るのです。今の自公の態度は、国民無視と同じです。現に出されている国民投票法案、現実に良く解かっている国民少ないです。その内容も国民に隠すかのように、さあ採決だは余りにも国民を馬鹿にしています。この行為自体は馬鹿にしていますが、本当は、国民に知られることが怖いのです。知られたら、国民は馬鹿じゃないので、大きな反対が起こるからです。時間を掛ければ掛けるほど、この法案の持つ隠れた徹底した姿勢、憲法改定を一番しやすくする為にハードルを下げた上で、国民的議論を一番起こさせにくくする恐ろしい中身が国民に知れ渡るからです。ハッキリ云って毒饅頭です。
 彼等は、焦っているのです。国民の反対の声が大きくなることを。日本の歴史上にも、焦って勝利した人はいません。

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2007年3月14日 (水)

こども達に説明できないことは間違っている 2

 今の政府の要人達は、首相を含め間違っている。「なんとか浄水器」は有名な発言ですが、「規範意識」も有名です。これは安倍首相の好きな言葉です。今一番規範意識の無い人は誰でしょう。たくさんいるので順番を付けられないのですが、私はこんな人達から、規範意識を持てなどと云われる必要ないし、大体から失礼だ。私は国家のリーダーでもなんでもないが、長唄ヤサエモン座の代表で在るだけでも、こども達に背中を、お腹の中まで見せられる人間でいたいと思う。こども達から、もし不自然だと指摘されたら、法律なんか振りかざさないで、どこが不自然なのかをよく聴き、みんなに納得してもらう為にあらゆる努力をするでしょう。そこにもし私の間違いが在れば、改めるし、謝りもします。但し、永い間、その疑問から逃れようとしてきたなら、不誠実な態度を取ってきたならば、いくら謝ってもすむ事ではない。それをかばい続けた人間も、同じ。
 安倍首相。あなたは法律の中で正当に処理されているから問題無いと言う。これが、あなたの云う規範意識なのか。いくら疑惑を持たれても、あなたが法律の範囲と云えば、それで済むのか。法律の範囲でチャンと処理していることを、あなたは何故知っているのか。本人の言葉だからか。確認をしたのか。例えば事務所に行って、なんとか浄水器がついているのを確認したのか。その維持費要が何千万も掛ることを調べたのか。ただ、自分が登用した大臣だから、あいての云うことを信じているだけなのか。この大臣は「今時水道水なんか飲んでる人いないでしょ」とまで云った。国民を馬鹿にするのか。その水道まで止められて、餓死する人がいることを、この人は知らないのか。

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こども達に説明できないことは間違っている 1

 いつのまにか、こども達に説明できない事が多くなったと思いませんか。
最初の発端は、憲法に戦力を持たないと書いてあるのに自衛隊を持ったことにはじまります。皆さんに憲法第九条の全文を知って頂く為に、改めて書きます。
 第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力を保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
 解かり易い文章です。この憲法前文では、何故そうするのかが、解かり易く書いてあります。
 憲法全文 日本国民は、政党に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民と協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。・・・・日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。
 ここの憲法が出来て間もなく、自由民主党が、憲法改定を党是として結党され、国家の名誉にかけて誓ったことを、途端に破る政党が出来たのです。それもアメリカの提案でです。1948年ごろから、戦後まだ三年経っていない頃から、アメリカの占領政策は、アメリカの利益の為の政策に変わるのです。安倍首相の云うような、戦後レジーム(体制)からの脱却によって、本当の占領が終わるなんて嘘です。この人を可愛がって育てた祖父、岸信介なぞ、私に言わせれば、日本人の恥です。この間まで鬼畜米英等と言って国民を炊きつけて、途端の苦しみを与えていたくせに、今度はアメリカの手先。安倍首相も同じ。占領体制を終わらせる等と云っても、事実上のアメリカ占領下ではないですか。基地再編費用も日本が喜んでだす。国民には基地負担軽減の為なぞと騙して。アメリカ軍に対するいわゆる思いやり予算もつけ放題。アメリカ軍も正直に認めるように、アメリカ本国にいるよりも、世界のどこにいるよりも、日本が一番安上がり。国民には何の思いやりの無い安倍首相は、アメリカ大好き人間なのです。農産物も、日本の農業なんか破壊してもどんどん輸入しますよ。昔の川柳では在りませんが、安倍が手を擦りゴマを掏る。安倍首相に云わせると、占領国への侘び証文が、憲法前文だそうですが、そう感じる国民は多くない。何故なら、世界の流れは、みなその流れです。平和的、外交交渉で解決する流れです。今時武力だ、武力だ云っているのは、アメリカと、北朝鮮位です。安倍氏はアメリカ派。

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2007年3月13日 (火)

規制緩和は国民に、何を招いたのか

 口を開けば規制緩和の大合唱でした。規制を無くすとは何の規制を無くしたのか。元々国民には規制は余り在りませんでした。それも憲法のお陰ですが、殆どの規制緩和は、企業に対する規制緩和でした。企業が勝手放題に儲けられないように、労働者に対する企業側への規制が在ったのです。労働者が食べられなく成る様な事態に成らないように、規制が掛けられていたのです。それを全部無くしたのが規制緩和の本質です。
 国民の中にも、規制緩和は良いことだ、みたいな雰囲気も産み出されました。これにもメディアの責任は大きいです。規制緩和万能論まで出ましたからね。今の政府、与党の人達は、まだ規制緩和にこだわっています。これ以上、規制緩和して、一体どうするのだと私は思います。
 タクシー業界を見てみましょう。規制緩和で無制限なタクシー増加が生まれ、タクシー労働者は生活出来なくなり、一人でも多くのお客を乗せなければ成らなくなり、客取り事故が増えています。そればかりか、速い回転の為に、速く目的地に着くように乱暴運転も増えています。これは、タクシー労働者だけの問題ではなく、私達利用者の安全に係わることです。これも規制緩和の一例です。
 お医者の世界にも規制緩和は押し寄せています。今までは、利潤を追求する企業の参加を、規制していました。これも規制緩和です。緩和ではない。規制撤廃です。病院も、金儲け第一の企業が参加してきました。国民の命を守る病院が、金儲けの対象になるのです。規制緩和を主張する議員達に聴きたい。誰のための規制緩和なのか。チャンと答えられるのか?選挙も近いぞ。あなたに投票する人達は、規制緩和の本当に恩恵を受けているのか。

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2007年3月12日 (月)

権力におもねるマスメディアはメディアの資格なし

 今度の都知事選挙は最たる現われですが、経団連が二大政党制を云うと、政治家がそれに乗る。政治家がそれに乗るとメディアも乗る。みんなで乗れば怖くないではなく、損は無い、得をする。日本経済の大御所の、云う通りに政治をすれば莫大な政治献金を貰える。だから献金規制は絶対しない。メディアは、大御所に逆らうと、キャノン(経団連会長御手洗氏の会社)みたいに、新聞広告を載せて貰えない。キャノンはしました。朝日新聞には広告を載せない。気に入らない記事を書いたからひょう量攻めにしようとしているのです。笑顔の広告や、本人自身も笑顔を振りまきますが、ニッコリ笑って人を斬る人種が、今の日本の大企業経営者の素顔です。銀行もそうです。窓口に座っている女性達は優しい顔していますし、営業の男性もニコニコしていますが、一旦事あれば、ヤクザと同じです。ネクタイを締めたヤクザ。「住む家が無くなってしまう」といくら訴えようが、「契約書に書いてあります」と云って家を奪うのです。そんな大企業から広告費を大量に貰っているのが、一般のメディアですから、国民が払う新聞代等はけちくさい金、テレビなら民放は企業サマ様なのです。民放ではないNHKさままでが、権力者にスリスリする時代ですから、国民のことを考えるメディアは殆ど無いのです。
 日本の報道には外国のことが余り掲載されませんでしょ。アフリカ大陸で起こっている大きな動きも、南米で起きているアメリカ離れ政権の多数誕生も、生きいきとしたニュースに成っていませんでしょ。アメリカの動きも、アメリカ政府のことが中心で、何十万人の抗議集会が開かれたことなど載っていないでしょ。
 都知事選挙に戻ります。石原、浅野対決が面白いとか、自民、民主の本格的対決の構図が出来たとか。おいおい。どこに対決が在るのだと私は聴きたい。これまで石原知事の提案に100パーセント賛成していた民主党が、今回初めて、予算案に反対しました。ほら、選挙が在るから、誰か立てないと二大政党を打ち出さないから、反対したのです。八年間、一つも反対しなかった政党が浅野氏を推薦したからといって、メディアにとって、大騒ぎするほどの、国民的に言えばどんな価値が在るのか。時流に流されているだけでしょ。石原知事と、正真正銘対決してきたのは、福祉削減を含め、共産党だけだったのはご存知でしょ。その共産党の推薦を受けた吉田万三氏を、無視して、都知事選挙の何が面白いのか。石原氏と浅野氏の、どこか違いを云えますか。云えないでしょう。
 吉田万三氏の勝利を、勝ち取りましょう。

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2007年3月11日 (日)

吉田万三の決意表明

 本当に東京を変えられるのは私しかない。そのことがはっきりしてきました。二期八年の石原都政は、くらし、福祉、障害者の予算を削り、大型開発につぎ込んできました。今度は、オリンピックの名前で、さらに大型開発に八兆円つぎ込もうとしています。浅野史郎前宮城県知事は出馬会見で、憲法にも大型開発にも一切触れず、石原知事は一期目は輝かしい実績で二期目から悪くなった、といいました。しかし、石原さんは一期目jから数々の暴言を吐いて、靖国神社の公式参拝も始め、シルバーパスの有料化、老人福祉手当の切捨てなど、さまざまな福祉の切捨てを始めています。石原都政のどこが問題で何を変えるのかが重要です。石原さん以上の暴言を吐く人などめったにいません。だから、誰が出ても石原さんより、ましに見えてしまいますが、やっていることは石原さんと同じでは、意味がないではありませんか。今の都政には三つの転換が必要だ考えています。1、私物化をやめ2、大型開発にメスを入れる3、憲法をしっかり守っていく。この三つの転換が出来るかどうかが本物の改革であるかどうかの試金石です。国会では、国民投票法案(改憲手続き法案)がでて改憲への動きが強まっている時期です。憲法改悪の旗振り役、石原都知事を東京から退陣させることは、日本の将来にとっても大変意味があります。安倍首相の再チャレンジはインチキです。いすとりゲームと同じ。だれかが座ればだれかが座れない。政治の第一の役割は大型開発ではありません。本当にみんなが安心して暮せる、みんなが安心して働ける、みんなが安心して老後を迎えられる、そういういすをしっかり作るのが、政治の第一の責任ではないでしょうか。安心して暮していける東京をつくるために全力をあげて頑張る決意です。

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都知事候補、吉田万三氏を知っていますか?

 大手マスコミが、まるで報道規制を自らしているような状況の都知事選挙。日本は駄目ですね。吉田万三氏のことを報道から外しているのです。これが報道かと思うような状況を、自ら作り出す。皆な合わせて、権力者ベッタリ。私の大嫌いな権力に迎合する報道は、マスコミのに命に係わる。人殺しの手助けを又し様としている。何故か。
彼等は商売、資本家と同じ次元なのです。何の心のやましさも感じないで、国民を騙すのです。新聞が売れるなりなり、視聴率が上がればよいのです。その為に人が死のうが関係ないのです。岩波書店のような、根性が在る経営者はいないのです。テレビも、新聞も、売れればいいのです。毎日馬鹿みたいな芸人とも言えない人達を出して、馬鹿げた笑いを作れば、それで良いのです。笑っていられない世の中、お笑いで誤魔化すのです。
 皆さん、吉田万三をご存知ですか。彼こそ、都民を、国民を救う、人です。この乱れた国民の生活を、根本から正す人です。

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民主主義のコストとは

 安倍首相は政党助成金を、民主主義のコストだと云いました。企業団体献金も、社会的責任と云います。
それは全くもって違います。民主主義の本質を全然理解していません。或いは誤魔化しています。経団連の作る通信簿に従って政策を決めていく事の、どこが民主主義なのでしょう。そしてたくさんの献金を受け取るのでしょ。
 政党は、志を持った人々の集団でしょ。苦労して、自分達の政策を訴え、支持を広げ、一歩一歩自分達で歩いて党費なり、個人的カンパなりで運営していくのが当たり前ではないですか。国民の税金で活動しようなんて変じゃないですか。一方大企業から莫大な献金をもらい、企業の要求に従って政治を行う。国民から税金は取るは、政策は経団連通信簿に従うでは、国民ないがしろが酷すぎませんか。これのどこが民主主義なのですか。経団連による大掛かりな政治買収そのものであって、どこも民主主義ではない。
 民主主義のコストと言えば、生活困窮者を支援し、国民が幸せに、安心して暮せるようにしていく予算的措置こそコストでしょうが。そのコストこそ民主主義国家の証です。ところが、石原都知事が云うように、「一番の無駄は福祉だ」という考えの政治家がリーダーの政治では、国民は浮かばれません。税金だけ高くなって、負担だけ増して、国民の為には税金を使わないのですから。国民は税金を生み出す機械か?法人税を十パーセント下げろと云っている御手洗経団連会長は、記者からその財源はと聞かれ「消費税だ」と答えたのです。
 今までと同じなのですが、消費税が出来てから188兆円税収が増えました。ところが大企業減税で、調度増えた消費税分が減ったのです。福祉目的税だ何だかんだ云っていましたが、結局、消費税は、大企業減税目的税だったのです。このことを記事にする新聞も少なければ、テレビも馬鹿なお笑いしか流さない。寄ってたかって国民を騙しているのが現実です。この国に、本当の民主主義を生み出しませんか?

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2007年3月10日 (土)

首都東京の知事選は、全国に係わる

 大マスコミ奮って二大政党なら、私は徹底して闘う。都民を含めて大多数の国民はみんな困っているのにそれに眼を向けないのは、犯罪的だと思います。二大政党になると何処が改善されるのか云わないではないですか。私が取っている朝日新聞は、驚くべき主張の新聞でした。少し臭いを感じていたのですが、ここまであからさまになると、私は読みたく無い。宮城県の元知事をしていた人が、都知事選に立候補を決めた途端に、候補者に困っていた民主党がその人に載りました。これで二大政党の対決ですって。朝日新聞に聴きたい。都議会において民主党は対決していたのか。石原知事の提案に、何処で対決していたのか。100パーセント賛成しながら、何が対決なのですか。二大政党政治に成ると、何処が面白くなるのですか。マスコミの堕落以外の何が在るのですか。 あなた達は、戦前、戦争内閣に協力して、反省したのでしょう。それが戦後の出発点でしたでしょう。報道倫理規制もその反省から生まれたのでしょう。今、あなた達は、何がしたいのか。また繰り返す過ちならば、あなた達は、戦後何を学んだのですか。マスコミとして恥ずかしい・

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2007年3月 9日 (金)

税金で成り立つ政党はつぶすべきです

 国民は税金を取られるだけで、それも取られるという意識のものです。国民の意識の集中したはずの団体、政党が税金で成り立っていることは何処か変でしょ。日本は社会主義の国でしたっけ。政府は民に出来るものは民に。これが政策でしょ。タクシーで、障害者の優遇料金が在ります。初乗りが580円に成るそうですが、これは国がしている訳では在りません。タクシー労働者の負担です。ただでも稼ぎの無いタクシー労働者の負担に押付けているのです。会社は関係なし。小型タクシーも同じ理屈。同じ時間働いていても、小型だから収入は減ります。全部、労働者の負担。これが障害者を大事にする政策の一つなのです。国なり、会社がするべきでしょう。何故貧乏している労働者が負担しなければいけないのでしょう。これが日本の福祉が進んでいる結果なぞと誰が認められますか。働く人の賃金をへずって、何が福祉なのですか。
 ところが、役にも立たない政党は税金で生活できるのです。社民党。答えてみろ。いつもオール与党で、地方においては、憲法改悪を主張する民主党と一緒になって、何が平和政党だ。都知事選でも、吉田は支持しないで、あなた達は、何を考えているのだ。税金でしか生きていけない政党は消滅するべきだ。

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大メディアが無視する吉田万三氏の実力

 主要新聞も、特に私が読んでいる朝日新聞等は、これが新聞かと思うぐらい偏向してますね。新聞には新聞倫理綱領というのが在りまして、偏った報道をしてはいけない決まりが在るのですが、今回の東京都知事選では、完全に抜け落ちました。朝日新聞の社説で、「浅野氏が立候補して、都知事選が面白くなった。自民・民主の二大政党の対決が見ものだ」。朝日新聞にしても、一定の見解が在るのでしょうが、都政において、石原知事の提案に100パーセント賛成していた民主党が、どんな対決を示すと思っているのでしょう。こんな無責任な主張が都民の心を左右させるのです。新聞もテレビも、同じ傾向です。何か報道規制でも在るのですか?例え、私が新聞社なり、放送局に聞いても、どこも答えない現実に成ったのです。質問は受け付けるけど、回答はしない。都知事選の結果を楽しみにしましょう。吉田万三氏の実力を解かってきたから、マスコミを上げてゆがんだ選挙にしようとしているのです。コレッテ変ですよ。日本は又、大政翼賛会が出来るのですかね。私は身体を張ってでも阻止します。

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2007年3月 8日 (木)

危険な開き直りの道、安倍政権、自民党だけでは出来ない道

 支持率の低落が止まらない安倍首相は、危険な開き直り政策に足を踏み入れました。数を頼りに国会の審議を押し通そうという道です。昔から、自民党一党では中々出来なかった事が、今は出来るのです。何故でしょう。やってしまい勝ちが。与党に公明党が参加したからです。自民党の暴走に足かせをはめるどころか、率先して自民党の後押しをし、時には先頭に立って安倍政権を支えているからです。公明党といえば、庶民の味方みたいなことを主張していたのですが、権力の一部に成った途端に、自民党と何も違わない、それ以上の本質をあらわにしたのです。昔平和の党と自ら云っていました。アメリカさえも、イラク開戦の誤りを認めているのに、日本政府はまだ正しかったと云っています。イギリス軍も暫時撤退を明らかにしています。アメリカの同盟国軍も、今や少数です。公明党の冬柴さん。世界中で起きたイラク反戦集会に対して「利敵行為」と云ったことは、覚えていますよね。それに対して、今、どんな感想を持ち、表明したのですか。聖教新聞か、公明新聞しか読まない読者に、何かコメントしましたか。あなたはしていない。もう平和の党とは語れなくなりましたね。今問題に成っている、国民投票法案、あなた達も賛成したから国会に出てくるのですよね。あの中身は、本当に国民の意見を集約出来る法案ですか。事は憲法に係わる法律ですよ。一般マスメディアが中身の問題点を報道しないのと同じ様に、あなた達の新聞もそうでしょ。国民の、それも有権者の二割の賛成でも、憲法が変えられること、おかしいと考えないのですか。それが当たり前なのですか。最低投票率も設けないのが当たり前なのですか。自民党一党では出来ない事に、あなた達は、積極的に手を貸しているのです。

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2007年3月 7日 (水)

朝日新聞人・脈・記の記事に対する反論

 兵元達吉氏の事がが出ていたので反論します。この人は共産党国会議員の秘書をしていた人です。後に共産党を除名されるのですが、この記事を読むと最後の十行に書かれているのですが、北朝鮮の拉致問題に積極的に係わったから除名されたような文章なのです。これは嘘です。ここに最後の十行を再現します。
 「それから十年。石高は相変わらずドキュメンタリーを手がけ、兵元は共産党を除名され、阿部は関連会社の社長になっている。官僚の事なかれ主義、政治家の無責任が、真実解明を阻んでいた」と石高。彼等の曇りなき眼がなかったら、拉致問題はまだ闇の中にあっただろう。
 私は石高氏は知りません。だから彼に付いてはコメントもしませんが、彼の言っている事には限りない反共の想像が在る事を私は主張します。それはこの記事の中で、兵元氏が、「社会主義の北朝鮮がやるはずがない」のだがと云う部分に感じます。当時から日本共産党は、北朝鮮の朝鮮労働党とは断絶関係だった事です。金日成首相の下、チェチェ思想ということで、金日成の思想を日本の政治運動に押付けてきたのです。これに表から反対したのは、日本の政党では日本共産党だけでした。自民党も公明党も、当時は無かった民主党の前身、新進党も、社民党も、わざわざ北朝鮮まで行って、チェチェ思想万歳と云ったのです。これは事実です。誰にも消す事の出来ない事実です。石高さん。この事実を知っていますか。あの当時、北朝鮮にハッキリものを言ったのは、日本共産党だけだった。兵元氏は、その時代に、北朝鮮を社会主義の国だと考えていたのですよね。社会主義の国が、こんなことする分けないと。全然、兵元氏のの考えは、日本共産党の考えとは、離れていたじゃないですか。日本共産党は、北朝鮮を社会主義の国なんて考えてもいませんでしたよ。
 何でも、拉致問題にしても、私がいたからこうなったと何て考えるだけでも、不遜というのです。
 私は聴きたい。星野透氏に。何の意味が在って、兵元達吉氏を記事にしたのか。

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2007年3月 6日 (火)

検証された実力は基本給において差がなければおかしい

 私は暫く考えていたのです。ある若いコンピューターエンジニアの問題提起を。
彼はこう言う。「私なら半日で出来てしまう懸案を、三日もかかって、おまけに残業までして、私より高い給料を受け取っている中途採用の人達がいる。こんな人を雇うなら、私の基本給を上げてくれ」。
 彼の会社は残業代も払うようになったのです。それ自体は当たり前のことですが、私は無い頭を振り絞って考えたのです。彼の主張は、本質的に正しいと思うのです。でも、ここには深い難しい問題が在ると直感しました。成果主義賃金の下、成果を上げた人が評価される訳です。彼は鬱病を背負いながら、薬のおかげで6時間だけは集中して働けるのですが、それを過ぎると集中力も無くなります。で、午後出勤を認められています。でもチョとした遅刻も、積み木のように計算されて、手取りは15万円位です。彼が言う「私なら半日で出来る」も、会社の上司は納得しています。彼の実力を解かっているのです。人によっては半日で出来る事に対して、三日間の給与と残業代まで出していたら、経営的には誰が考えても損です。その損を、誰が被るか。会社は被りたくないので、労働者に押付けます。実力は在るけれど、午後出勤等、健康的にトラブルを抱えた労働者に集中的に押し付けます。   今、日本の中小の企業は物凄い自己矛盾に陥っていると思います。企業としての業績を上げたいけれど、働く労働者の、能力は確保しておきたい。その為には多少のロスも許す。その多少のロスが、経営の命取りになるかもしれないのに。私は平等な社会を目指していますが、平等とは何でも同じとは違うと考えます。私のしている音楽の世界でも、向き不向きは在るし、時間の掛かる人と、そうでない人の違いもある。結果良ければそれで好と私は考えたい。その間、文化的な生活が出来る事が最低条件です。そして段階の違いよってくる収入の違いも当たり前だと思います。
 彼が言いたかったのは、収入で生活出来ないからです。最低限度の文化的生活の出来る収入が保障されていいはずです。

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2007年3月 4日 (日)

いつも深刻な話題ですみません、気楽なお話

 皆さん、カレーはお好きですか?じゃハヤシライスは如何ですか。
今日はハヤシライスの簡単で美味しい作り方を伝授しましょう。赤ワインを買って何て今の時代に合いません。
私のはスーパーで売っているルウを使って、最高のハヤシライスを作ります。費用は、だし昆布を買うのと、カツオの削り節を余分に買うだけです。でも、このだしは、何回も使えますからお得ですよ。市販のだしの元は、塩分がきつ過ぎます。ハヤシライスですからこれは牛肉ですが、アメリカ産と、出来ればオーストラリア産もチョッと贅沢ですが除きましょう。国産の肉で、量を減らしても美味しいのです。食べたら難い食感、嫌ですよね。まずダシを獲ります。水(600CC)に三センチ位の長さに切った昆布を三枚を入れます。暫く置いておくと昆布が大きくなります。これだけでも味は染み出しているのですが、中火で火に懸け、昆布の周りにあわ立ってきたら、直ぐ除きます。ここでケチしてもっとダシを何て考えちゃいけません。それから火加減は強火にして沸騰させます。ここで、昆布の嫌らしい臭いを飛ばすのです。そしたら火を消し、コップ三分の一位の水を足します。温度をチョッと下げるのです。それから削り節を、手で掴める位入れます。削り節が沈むのを待っていては駄目です。三十秒ですね。静かに他の器に移します、削り節を移動させないように。そーっとですよ。でも削り節のに香りがしたら失敗です。ここには気をつけましょう。これで美味しいハヤシライスは出来たも同じです。後は箱に書いてあるように作ればいいのです。お勧めのルーはヱスビーのゴールデンハヤシライス、安いですよ。
 結局、ただの水の変わりに、ちょっとした手間で、八方ダシ(昆布とカツオの削り節でとったダシ)の薄口を使うだけです。イノシン酸とグルタミン酸の配合。そこらでは食べられないハヤシライスの出来上がりです。これ私の考えたレシピです。

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日本はかつて戦争をしましたが何も悪い事はしていない

 今度NHKの大河ドラマは司馬遼太郎さんの小説です。たしか「坂の上の雲」だったかな。日露戦争を題材にした小説です。私は思うのですが、今の政府や、一部とはいえない政治家や、いわゆる専門家の声を聞いていると、日本は戦争をいくつかしたけれども、これはアメリカなどに嵌められてした戦争、太平洋戦争と区別して考えなければいけない様な気がするのです。開戦の理由に、ABCD包囲網何かも主張されてますよね。そうかと思うと、アジア開放の戦争だった、何て意見も聞きますよね。包囲されてしかたなく始めた戦争と、アジア開放のための戦争だった。これ、少し矛盾が在りませんかね。仕方なく始めた戦争と、積極的に開放の為に始めた戦争では、随分意味が違いすぎますよね。日本軍のお陰で、アジア諸国が独立国に成った、なんて意見も聞きます。この意見面白いのですよ。日本軍が占領し、それに対抗する運動が起きたからこそ、その後の独立運動が盛んになり開放された。これは、アジア開放戦争論の一部なのかもしれませんが、間違っていませんかね。
 太平洋戦争になる前、というか明治になってからの、以前の戦争は正しかったのか?日本国民が自信とやらを取り戻せれば正しかったのか。それを司馬さんに聞きたかったし、NHKにも聴きたい。何故日露戦争なのか。江戸時代までは外国との戦争の歴史は非常に少ない。明治天皇制政府に成ってからは、ハッキリ言って、戦争の時代に成った。何故なのかを問わないといけないと思う。その問い無しでする放送は、ハッキリいって時局放送への道です。

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許せない従軍慰安婦は職業的売春婦

 二重にも三重にも被害者をおとしめて恥じないのだろうか。
二日付けニュウヨーク・タイムスは「安倍首相、戦時の性にかんする日本の記録を退ける」との見出しで東京特派員電を掲載、「日本政府のこれまでの立場を否定する」もので「政府が1993年の談話の破棄を用意している最も明確なもの」だた述べました。そして安倍首相についてその歴史観にふれ「戦時の歴史を修正する活動を率いてきた国粋主義者」だと指摘しました。
 ロスアンゼルス・タイムスも東京特派員の記事を掲載。「国粋主義者の政治家たち」が旧日本軍の関与を認めた河野談話の撤回を政府に求め、安倍首相も彼等に「同意した」と伝えました。ロスアンゼルス・タイムスは「従軍慰安婦」もんだいをめぐって、大部分の歴史家と日本政府自身の調査が、日本軍による関与と強制があったと結論付けている事を指摘。一方、国粋主義者の政治家や学者が「従軍慰安婦」を「職業的売春婦」と主張し続けていると述べています。安倍首相については「与党自民党の保守的で、国粋主義的な政治を積極的に主張する若い政治家グループの出身」だとし「東京裁判での戦犯の有罪判決の有効性や、慰安婦の奴隷化における日本軍の役割に関する歴史の総意に疑問を呈してきた」過去も紹介しています。
 サンノゼ・マーキュリー・ニューズは「日本が慰安婦を否定」と題して「日本の高官は公式な謝罪を決して行わず、この問題であいまいな言葉を使ってきた」と伝えました。
 フィラデルフィア・インクアイアラー紙は東京発の通信社電で「中国でレイプした女性達の絶える事の無い悲鳴をいまだ忘れない」という「慰安婦」問題で証言を続ける元日本軍兵士の金子安次氏(87歳)の証言で始まる記事を掲載しました。
 この他、フィリピンをはじめ、東南アジア諸国の抗議の声に、耳を傾けてみませんか。
 

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55歳元漆器職人さんの餓死

 輪島塗の職人さんだったAさんは、昨年の10月24日に、警察によって衰弱死が確認されました。
生活保護も受け入れられず、部屋には食品もなく、冷蔵庫も空。水道は10月4日に止めれれていました。
元の仲間たちは、「漆職人はつぶしがきかないんだ。彼は身長も150センチほどで小柄。体力も事務能力もなく運転免許もない。漆職人をやめた後は苦労したろう。生気がなかった」と語ります。輪島市の地場産業、輪島塗はバブル崩壊で最盛期の4割の生産に落ち込みました。従業員数も2900人から今は1800人に激減しています。輪島市の全所帯1万三千三百四戸の七割が国民健康保険です。その過半数の所得は百万円以下。しかし生活保護所帯は142世帯しかいません。
 憲法第二十五条。 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
 この条文は今、どこに行っちゃたのでしょう。現憲法は今も生きていなければいけないのです。守られなければいけないのです。現在ほど、憲法が蔑ろにされている時代はない。この憲法を蔑ろにする政治家は、憲法遵守義務のあるべき立場において、たった今から失格です。本来国会議員なんかに成る資格の無い人間です。

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2007年3月 3日 (土)

安倍首相の狡さ「強制性」

 私は怒っている。彼が「慰安婦強制性の証拠は無かった」という朝日新聞夕刊を経った今見ました。彼はずるいし、慰安婦にされた人々を、今まさに、更に傷つけている。日本軍の関与は認めても、強制はしなかったと云いたいのです。自分達自ら慰安婦を希望してきたかのように云いたいのです。それが「強制性は無かった」という言葉に込められているのです。言葉尻のもんだいではない。誰が好き好んで侵略者の性的欲望の処理を買ってでるのか。「お前達を、これから日本軍の性欲処理に利用するから徴用する」などとは言わなかっただろう。そんなこと云えば誰も従うはずが無い。従うといっても、そんあ甘優しい徴用ではなかった。半ば無理やりに近いものだった。
 安倍さんよ、聞け。あんたの知り合いの、若いまだこれから希望のいっぱい有る女性が、こんなことに巻き込まれてもあんたは、そんな風にしゃべるか。自分の傍のことでないから平気なんだ。今現在、米軍基地の置かれた地域では、米兵による人殺しやレイプが散々起きていても、あんたは、アメリカに抗議もしない。更に、その基地を、日本人の税金使って全国にばら撒こうとまでしている。日本を守ってくれている等と、本気では思っていないことを、国民騙しに使ってまでいる。世界中で一番姑息で、汚い、売国奴、安倍。

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「河野談話」見直し発言に思う

 「河野談話」とほ1993年8月4日に、河野官房長官談話として発表された、第二次大戦中に日本軍によって行われた、性的奴隷としての慰安婦問題に関する談話です。何度と無く繰り返し伝えていかないと、若い世代には話が解からなくなります。「旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与し、慰安所における生活は、強制的な状況の下でのいたましいものであった」ことを認め「歴史研究、歴史教育を通じて・・・永く記憶にとどめ、同じ過ちを繰り返さない」と約束したのです。これは1991年12月から日本政府が調査した結果を談話として発表したものです。
 現在安倍首相を初め、麻生外務大臣等多くの自民党を中心にする責任ある立場の人々が、この談話は、間違っていると主張しているのです。日本政府が調査した結果を、政府の官房長官が世界に向けて発言した事を、たった14年経っただけで、首相が変わると主張も変わる。信頼されない国でしょうね。歴史教育を通じて・・も、検閲で慰安婦の事は消されました。そのうち「河野談話」も消され、そんなの在ったのというふうにしたいのでしょう。
 でも、歴史の真実を捏造しようとしても、一時的に其れなりの効果は在っても、化けの皮は剥され、歴史を捻じ曲げた恥ずべき人間は断罪されます。国際社会を甘く見てはいけない。私は一国民として、我々の先輩達が、嘗て犯した重大な犯罪行為、残酷さと規模の大きさで前例の無い集団レイプ、強制妊娠中絶、辱めや性暴力を含み、結果として死、最終的には自殺に追い込んだ20世紀最大の性的奴隷事件を重く受けとめ、心から謝罪し、日本国政府が、きっちっとした対応が出来、被害者の方々の心の深い傷が少しでも癒えるように、また国際社会の一員として、文明国として認められるようになるために、これからも頑張ります。

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2007年3月 2日 (金)

戦後レジームの何とかかんとかは嘘だった事を認めた改憲議員連盟の創設

 前の教育基本法の改定の時も、戦後レジームの何とかかんたら云っていましたが、まあ大体訳の解からない英語を使うときは、国民を誤魔化す時です。レジームって広辞苑で調べたら載ってないですね。日本の首相なら、そら美しい国なんだから美しい言葉も在るでしょうに。よく調べたら、体制というような意味です。ホワイトカラーエグゼンプション、最近やっと聴きなれて来ましたが、エグゼンプションも広辞苑に載っていませんでした。よく調べたら除外するという意味でした。安倍総理は英語が好きですね。美しい、日本語で国民に語りかけましょうね、安倍さん。あなたは英語がハッキリ言って得意じゃない。外国でも日本語ですものね。なお更、日本語で語りなさいよ。何しろ、美しい国なんだから。この英語のような言葉、安倍総理は好きですよね、よく使いますもの。広辞苑という辞書は中々幅広く、結構日本語に成り掛けている英語は載せて在るのです。でも無い、載っていない。
 ホワイトカラー除外法なんて云ったら、残業代をホワイトカラーから除外するのがばれてしまう。戦後レジームもそうだったのです。戦後六十年経って、戦後の体制を考える必要に迫られていると云っていたのです。ところが、今度の議員連盟作り案は、自民党の本音を出してしまったのです。自民党結党以来の目的だったと。自民党が出来て六十年ぐらいでしょ。戦後六十年経ったからも、何も関係ないのです。最初の目的に、憲法改定が主張されているのだから、当然だと云い出したのです。自民党の国会議員は全員入るべきだそうです。それから民主党に声をかけ民主党の議員にもなってもらう。それから公明党の協力を頂くそうです。色々な政党集めて改憲に賛成してもらう。さらに国民運動も起こすそうです。戦後レジームなんて関係なかったのです。
 さあ私達も、一大国民運動を更に拡げましょう。平和でなければ、何も出来ません。音楽も楽しめません。戦争でお金が掛るから、福祉なんて馬鹿なことにされてしまうのですよ。

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2007年3月 1日 (木)

自分の頭で考える 3

 政治は難しいという思いは、解かりますが、私達がどのように給料を稼ぎ、こどもがいれば、どこの保育所に通わせるか、どこの学校に入れるかも、みんな政治の結果なのです。政治はこんなことを決めます。働く人間の給料はいくらまでに抑えておくか。残業しても残業代を払わなくて良い方法はないか。頭の悪そうなこどもはどう使うか。身体の弱い人間は、どこまで国家が経済的に面倒を見るか。ホームレスはどのように処分するか。これ、みんな政治のすることです。無関係ですか?私達の生活と隣り合わせに在る事じゃないですか。正規な雇用は雇用者が大変で損をするから、非正規雇用を増やそうもそうです。どうです。難しくないでしょ。この程度は考えなければ。

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結局言いなりに成る子どもを作る、そしてどうする

 結局的に言えば、こういうことです。こどもの人間的成長も何も在りはしないのです。教育の場を、研修の場に変えて、国家に物言わない人間を作ろうとしているのです。これからアメリカに付き従い世界中で戦争をするには、国家に物言う人間は邪魔なだけです。安倍氏、御手洗氏、まだ生きているのですね、中曽根氏。彼等にとっての幸せとは、自分の家族の安全性と、従順な国民の生産です。結構成功してきている様ですが、これには最大のネックが在ります。憲法改定です。これを乗り越えるには国民投票が在ります。過半数の賛成が必用なのです。そこで考えた彼等は、国民投票の何の過半数にすれば一番改定がし易いか。それが国民投票法案に現れています。普通の住民投票でも、最低投票率が定められ、その投票率に達しなければ開票されないのが世界の流れでも在ります。まず、この規定をしない事です。数パーセントの投票率でも良い。そして、投票者の中の有効投票だけを対象に、その過半数で成立させようとしているのです。簡単に言えば、一番軽い、住民投票でも通用しない法を造ろうとしているのです。ですから、場合によっては、全有権者のほんの一握りの賛成で、憲法を変えようとしているのです。憲法ですよ。国家の背骨ですよ。自民党、公明党、民主党いずれの案も同じです。三党共同で提出したいのですが、民主党は何だかゴネテマス。余りにも対立軸が無くなって、国民の支持を失うのではないかと考えるからです。マスコミも変ですね。問題点を何も国民に明らかにしない。役に立たないですね。犯罪的です。

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卒業式の季節、儀式にして何の意味が在るのか。在る人には在るのです

 共に学び、過ごした何年間を、お互いの心に残す卒業式。それが私達の経験してきた卒業式でした。
東京都教育委員会、教育長横山氏の発言。「国歌斉唱にあたって、司会者が・・・内心の自由について説明することは、きわめて不適切」。2003年7月都議会での発言です。国旗・国歌法の国会論戦の時は、強制はしないと云った事も、法律が出来てしまえばハイそれまでよ。法律に書いて無いのだから。東京都教育委員会部長の講話。「卒業式や入学式について、まず形から入り、形に心を入れればよい」「形式的であっても、教員や生徒が君が代斉唱時に立てば一歩前進である」。2003年11月都立高校校長連絡会での発言。
 何を云っているのでしょう。気持ちが無くても形式だけ従えという事ですね。自由な心は置いといて、まず形式に従ったら、それから心も考えよう。そんな意味ですよね。そして形式は、あなた達では無く、国家が決めるから、あなた達は関与出来ない。まあ、昔から長いものには巻かれろと云う言葉も在るのだから、ね、良い子だからそうしよう。君たちが歌わないと、君たちの先生が処罰されるんだよ。解かったね。
 どこが教育的なのか。それぞれの心を大切にする事こそ、教育の目的の大事な側面ではないのか。これは脅しです。
 こんな時代の到来を、私たちは許してはいけないと思います。
これからは、少年犯罪はもっと増えるでしょう。嫌な記事が新聞、テレビを賑わすでしょう。こども達が大事に全然されない世の中に成るのですから。可愛そうなのは犯罪を犯したこどもと、被害を受けたこどもです。

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