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2007年3月 6日 (火)

検証された実力は基本給において差がなければおかしい

 私は暫く考えていたのです。ある若いコンピューターエンジニアの問題提起を。
彼はこう言う。「私なら半日で出来てしまう懸案を、三日もかかって、おまけに残業までして、私より高い給料を受け取っている中途採用の人達がいる。こんな人を雇うなら、私の基本給を上げてくれ」。
 彼の会社は残業代も払うようになったのです。それ自体は当たり前のことですが、私は無い頭を振り絞って考えたのです。彼の主張は、本質的に正しいと思うのです。でも、ここには深い難しい問題が在ると直感しました。成果主義賃金の下、成果を上げた人が評価される訳です。彼は鬱病を背負いながら、薬のおかげで6時間だけは集中して働けるのですが、それを過ぎると集中力も無くなります。で、午後出勤を認められています。でもチョとした遅刻も、積み木のように計算されて、手取りは15万円位です。彼が言う「私なら半日で出来る」も、会社の上司は納得しています。彼の実力を解かっているのです。人によっては半日で出来る事に対して、三日間の給与と残業代まで出していたら、経営的には誰が考えても損です。その損を、誰が被るか。会社は被りたくないので、労働者に押付けます。実力は在るけれど、午後出勤等、健康的にトラブルを抱えた労働者に集中的に押し付けます。   今、日本の中小の企業は物凄い自己矛盾に陥っていると思います。企業としての業績を上げたいけれど、働く労働者の、能力は確保しておきたい。その為には多少のロスも許す。その多少のロスが、経営の命取りになるかもしれないのに。私は平等な社会を目指していますが、平等とは何でも同じとは違うと考えます。私のしている音楽の世界でも、向き不向きは在るし、時間の掛かる人と、そうでない人の違いもある。結果良ければそれで好と私は考えたい。その間、文化的な生活が出来る事が最低条件です。そして段階の違いよってくる収入の違いも当たり前だと思います。
 彼が言いたかったのは、収入で生活出来ないからです。最低限度の文化的生活の出来る収入が保障されていいはずです。

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