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2007年3月16日 (金)

未必の故意を厳格に適用するべきです

 未必の故意とは、広辞苑によると「行為者が、罪となる事実の発生を積極的に意図・希望したわけではないが、自己の行為から、ある事実が発生するかもしれいと思いながら、発生しても仕方がないと認めて、行為する心理状態。故意の一種」。私には珍しく、新しいニュースを取り上げているのですが、この記事を書くきっかけは、幼児四人を死亡させ、多数の怪我人を出した園児死傷事故の埼玉地裁の判決の記事です。幅六メートルの狭い道で、50から60キロのスピードを出して、テープを取り替え様とした行為は、まさに未必の故意に当たります。
 私の家の前の道路も、同じような道ですが、私は、このような道では制限速度と関係なく、自分がこの街で住んでいる気持ちで、安心できるだろうと思うスピードで運転します。自動車とは、人と比べて強い物なのです。それを動かしている人間は、真剣を振りかざして歩いているのと大した違いは無いのです。運転免許は、何故在るのか。これを無くしたら危ないからです。危ないものを動かしている意識をもっと徹底しなければ、絶対この様な事態は減らないと思います。今世の中上げて、自分さえ良ければいいのだという意識が拡大しています。そもそもこの考え方が悪いのです。このまま法律に成れば、過労死もふえるかも知れないと思いながら、残業無制限の法律を作る人達は、未必の故意で捕まえるべきです。殺人の未必の故意です。運転手さんに、過重な勤務を余儀無くさせるのも、未必の故意です。その、大本の法律を作った人達も、未必の故意に当てはめるべきです。そうすれば、無駄に命を亡くす人達が減るんです。良い事ではないですか。

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