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2007年3月 1日 (木)

結局言いなりに成る子どもを作る、そしてどうする

 結局的に言えば、こういうことです。こどもの人間的成長も何も在りはしないのです。教育の場を、研修の場に変えて、国家に物言わない人間を作ろうとしているのです。これからアメリカに付き従い世界中で戦争をするには、国家に物言う人間は邪魔なだけです。安倍氏、御手洗氏、まだ生きているのですね、中曽根氏。彼等にとっての幸せとは、自分の家族の安全性と、従順な国民の生産です。結構成功してきている様ですが、これには最大のネックが在ります。憲法改定です。これを乗り越えるには国民投票が在ります。過半数の賛成が必用なのです。そこで考えた彼等は、国民投票の何の過半数にすれば一番改定がし易いか。それが国民投票法案に現れています。普通の住民投票でも、最低投票率が定められ、その投票率に達しなければ開票されないのが世界の流れでも在ります。まず、この規定をしない事です。数パーセントの投票率でも良い。そして、投票者の中の有効投票だけを対象に、その過半数で成立させようとしているのです。簡単に言えば、一番軽い、住民投票でも通用しない法を造ろうとしているのです。ですから、場合によっては、全有権者のほんの一握りの賛成で、憲法を変えようとしているのです。憲法ですよ。国家の背骨ですよ。自民党、公明党、民主党いずれの案も同じです。三党共同で提出したいのですが、民主党は何だかゴネテマス。余りにも対立軸が無くなって、国民の支持を失うのではないかと考えるからです。マスコミも変ですね。問題点を何も国民に明らかにしない。役に立たないですね。犯罪的です。

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