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2007年4月19日 (木)

長崎市長暗殺事件に抗議し、想う

 選挙のさなかに行われた市長暗殺に、最大の怒りを持って抗議します。
新聞報道によると、暴力団の幹部が犯人だそうですが、右翼も暴力団も同じような存在であって、共に暴力的な、共に日の丸を掲げている一団です。右翼の若いチンピラは、見た目まるで暴力団員のチンピラと変わらないし、暴力団のチンピラも右翼のチンピラと変わりません。彼等をのさばらせてきた政治的背景や、現実に金銭的に彼等を養ってきた高価な服を着た、笑顔を絶やさない人殺しの元締めを、徹底的に暴くべきです。
 今までにも多くの右翼・暴力団のテロが行われてきました。それに対して、政府はどのような態度で対応してきたかを検証します。私の記憶が正確な限りで。
 1960年 安保闘争の最中に、元の社会党委員長、浅沼稲次郎氏が、日比谷公会堂で演説中に、右翼の若者、私が思うには鉄砲玉(命令されて行動する人)によって刺殺されました。背後関係は何も明らかにされませんでした。この当時は全国学生連合(いわゆる全学連)のリーダー達は、右翼の親玉や自民党からお金を貰って、大きく拡がる国民運動を一見派手な反対闘争をする事によって、警察の警備強化を国民に納得させる役割を担っていました。国会突入もそうだし、静かなデモ行進に反対し、わざわざ警察との衝突を繰り返しました。あげくの果てには、全学連指導部の行動指針に反対する我々をも襲撃したのです。この頃からマスメディアは堕落していました。「日共系全学連と、反日共系全学連」等と報道し、事の本質を全然報道できませんでした。
 1990年 長崎市長本島等氏が「天皇の戦争責任」を発言したことで銃撃を受けました。
 2003年 北朝鮮との国交交渉に当たっていた外務省の田中均審議官の自宅に「爆弾をしかけた」と電話が在りましたが、これを知った石原都知事は「そんなのは当たり前だ」と発言しているのです。
 2006年 小泉首相(当時)の靖国参拝を批判した加藤紘一元自民党幹事長の実家が右翼団体幹部によって放火されました。小泉首相とともに官房長官だった現首相安倍氏は、事件から二週間も、この事件に関して何も発言せずにいました。事実上放火事件を即座に断罪しなかったのです。
 2007年 今度の暗殺事件です。事件の一報を聞いた安倍首相は「捜査当局で厳正に捜査が行われ、真相が究明されることを望む」。これだけ。市長が襲撃されて安否も定かでない重症を負ったのです。云うことはそれだけか。この人には、普通の人間としての感覚が無い。いかなる理由が在ろうが、暴力はいけ無いと言う普通の感覚ゼロな人です。
 日本の行った侵略戦争への反省が希薄に成るのではなく、正当化する風潮の中でテロ事件が相次いでいる事に、私たちは注目したい。更に、どの事件も真相が明らかにされてこなかった。

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