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2007年5月21日 (月)

フリーハンドをこども達に

 今の愚かな大人が、こどもの将来の手を縛ってはいけない。未来は今よりも全ての分野が発展しています。それなのに、今の大人が考え付くような古臭い考えで、将来のこどもの発展を規制してはいけないのです。このテーマは昨日も書いたのですが、疲れていたので、正確なことをお伝えできなかったと思います。
 嘗ての教育基本法はそうだったのですが、理念法は、理念法でなければいけないのです。現行の改定された基本法は、こどもにどう在らねばいけないと云う道徳法に成ってしまったのです。これは、将来のこどもの手を、考えを方向付ける法律に成ってしまったのです。それも、今の政治の中枢の人の考える範囲で。この動きは、世界の方向とも一致していません。将来のことは、未来のこども達が大人になって自由に考えて良いのです。それでも、更に将来のこどもの可能性に、託さなければいけません。今の政治はこどもを信用していないのではなく、更に悪い、こどもの柔軟な頭を利用しようとしている事です。柔らかい頭のうちに、明治以来の伝統を、絶対主義的天皇制を叩き込もうとしているのです。女の人は、男より一歩下がっているべきなのです。
 例えば、愛すると言う事は、心の自由なのではないですか。タンポポを愛するのも、タンポポを愛せよと云われたらおかしいでしょ。愛すると言う、一番心の奥底に在るべき物を、法律で決められる事ではないでしょうが。私はタンポポを例に出しましたが、タンポポには二種類在って、西洋タンポポ、と日本タンポポが在るらしいのですが、私は区別が付きません。でも、どっちでも良いではないですか。これまで決める必要は在りません。
 愛するものは、自分で決めるべきものです。こどもの手に任せるべきです。

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