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2007年5月21日 (月)

哀悼トマサ・サリノグさんへ

 フィリピン人元従軍慰安婦サリノグさんは、アジア女性基金の受け取りを拒否したった一人の方でした。その方が亡くなりました。日本政府に謝罪と補償を求める運動の先頭に立っていた方です。
 1942年、フィリピンパナイ島アンティケ州の自宅に日本兵が踏み込んだのは13歳の時。父は娘を連れ去ろうとする日本兵に抵抗し、その場で首をはねられました。それから約2年間。鍵をかけた部屋や日本兵の家で何人もの日本人に強姦されました。戦後は身よりも財産もなく苦しい生活を続けました。思いを寄せた男性も出来ましたが、強姦の記憶から抜け出られず結婚できませんでした。交際を断ったら、「日本人を何百人も相手にする方がいいのだろう」と罵倒されたそうです。
 日本政府に対する補償請求訴訟の原告となりましたが敗訴。「正義は私の手をすり抜けた」。でも彼女を支えたのは、同郷のスーザン・マカビュアグさんと、日本人支援者達でした。2002年夏、日本で車で移動中に、暮れ行く車窓の風景を見て「日本はきれい。人もきれい」と、つぶやいたそうです。今年の3月、慰安婦に強制性はなかったと云う安倍氏に対して、「私達が語った真実を認めて」と手紙を書きました。「正義が実現するまで、何度でも日本に行く」と言ってらっしゃいましたが、容態が悪化、帰らぬ人となりました。
 私はサリノグさんに心からの哀悼の気持ちを伝えたい。死ぬに死にきれなかったであろう貴女の気持ちが、良く解かります。貴女の闘いは、私を励まし、勇気を下さった。例え一人に成ってでも、信念を貫き通す大切さを教えて下さいました。貴女の言うとおり、人は皆、本来は美くしく生まれてくる。それを汚濁させていく世の中を、私たちは見過ごしている。私はサリノグさんに約束します。同じ思いで闘う事を。

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