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2007年6月25日 (月)

反国民に立った創価学会・公明党の私が知る真実の一部

 むかし創価学会といえば、折伏(大勢で脅かし入信させる事)で有名でした。私も脅されました。定時制高校の生徒会長をしていた時、相手はお馬鹿ですよね。私は日本民主青年同盟の、その定時制高校の班長をしていたいました。班長といえば責任者です。そいつの折伏に成功すれば、民主青年同盟の班をズタズタに出来ると思ったのでしょう。結局は、その当時から反共だったのです。私より年上の、創価学会の地域では幹部だったのでしょうか、大人に囲まれて、散々脅されました。そんなことを言っていたら大病になるとか、早死にするとか、そんな思想を持っていると家族が不幸せになるとか。今の、この壷を買わないと不幸せから、抜け出られない等と云う、統一教会、神霊教と同じでした。そういえば彼等も徹底した反共主義です。何故反共なのか、私は当時解かっていました。共産主義者は、今の我々の苦しみの原因は、社会制度の問題で在ると認識していました。でも、彼等は、信仰が無いからだと云っていたのです。現在なら壷を買わないからだと同じです。高額の寄付をすれば幸せになると一緒。生活が苦しいのが、信仰が足りないからなら、みんな、全員信仰すれば、皆、幸せに成れるのか。そんな馬鹿な話信じるほうが馬鹿馬鹿しい。私は当時、今もそうですが、私を囲んだ人達に言いました。その結果が先ほどの言葉です。公明党は最初、公明政治連盟と名のって生まれてきました。最初かsら政党を名乗れなかったのです。そりゃそうでしょう。お題目を唱えていれば幸せに成れると云っていた集団が、政治に顔を出したのですもの。逆に言えば、拝んでいただけでは幸せには成れないということです。政治に関係が在るということを、自ら証明したようなものです。でも私たちは解かっていた。何を。政治に口を出さなければ幸せに成れないとか、成れるとか、国民生活の苦しさとかの問題とは本質的には全然違うところに国会進出の目的が在っのです。それは日蓮正宗を、国家的宗教にすることでした。国立戒壇といいました。これは現憲法の禁止している事だったので、今は諦めた顔をしています。でも、これが公明党という政党にまでし、与党に参加している、最大の理由なのです。いつか、自民が負け、天下を取れると思っている公明党、創価学会の恐ろしい企みです。今や宗教で幸せに成れるなんて少しも思っていません。

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