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2007年6月23日 (土)

私たちは憲法を空気のように感じて有りがたさを忘れかけている

 憲法第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵す事のできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる。                      憲法第十二条 国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保障しなければならない。又、国民はこれを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う。
 私たちは憲法を読み、この、不断の努力をしてきたでしょうか。ここに書かれていることは、自由及び権利は誰かから、何もしないで与えられるようなことではなく、私達一人一人の国民の意識で大きくもなれば、小さく成るかもしれない。それは国民の不断の努力によるということです。国民を監視している自衛隊を許さない不断の努力無しには、憲法が保障する国民の自由及び権利は、多くを権力者の側に取られてしまうのです。
 憲法第十九条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
 日の丸・君が代を強制することが憲法に違反している事は、これで明らかです。但し、国民の不断の努力が在ってこそ、この自由も大きくなり、教員の処分何かが出来なくなるのです。
 憲法第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
創価学会に事実上支配されている公明党の実態を見れば、政治上の権利を行使してはならないと言うこの憲法第二十条違反は明らかです。その証拠に、国会議員に向かって「誰のお陰で今の立場にいるのだ」などという創価学会の言葉は出てきません。また、池田大作氏が選挙の「勝利」を褒め称えるなぞ可笑しいです。
 憲法第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
自衛隊の監視も、これに当てはまります。監視されているとすれば集会に参加を考えていても、躊躇する効果を果たします。創価学会は、日本共産党の当時の議長宮本顕示宅に盗聴器をしかけ、創価学会の幹部と、創価大学の学生が裁判で有罪に成っています。その後、池田大作氏が、猛省(もう反省の事)を表し、創価学会と共産党のいわゆる創共協定が結ばれ反共活動はしないと約束したのです。これもその場限りの約束出した。憲法違反もへちゃらな党ですからしょうがないのかな。教科書検定もどうなんでしょう。現実にあった沖縄戦最後の集団自決。日本軍のいない場所では起きなかったにも係わらず、今裁判中の被告が、命令を否定しているから、日本軍の関与は無かったと文科省が書き直しを命じたのです。更に、今や学説的にも無かったと云う意見が主流なんだそうです。沖縄県議会も全員一致で抗議文を安倍首相と文科省に送りました。
 私たちは、時の政府を信じ、憲法がずっとあるものと信じ、まさか裏の見えないところで、アメリカの指示の下、憲法改悪を狙っているとは思わなかったし、ただ空気のような存在として向き合わないで来たのではないでしょうか。今日ここに上げた条文は、特別有名な条文ではありません。でも、どこかで聴いた事のある文章ではないでしょうか。靖国派自公内閣が、正面切手改憲を打ち出したのを、良い機会に、憲法を改めて呼んで見ませんか。全部読むのに十五分位の文章ですから。

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