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2007年6月28日 (木)

歴史には同時代に進行する二つの歴史がある

 安倍首相は「天皇を中心としてまとまって来た、日本独特の歴史がある」みたいなことを云っています。たしかに在った。権力者が、その権力を正当化するために天皇を抱き込む。それによって自己の権力を誇示する。でも、庶民にとっては何の関係も無い事だったのです。庶民が天皇を意識させられたのは、明治時代に成ってからです。実際に天皇が政治権力を持ったのも明治時代からです。政治の実権を天皇が持てば、庶民は関係ないとは言っていられなくなったのです。日本の歴史を良く研究すると、私達が学校で教わってきた歴史は、大体が権力者の変遷の歴史なのです。一番長い江戸時代でも、天皇は何人も変わっていますが、私達が江戸時代の歴史で頭に浮かぶことは、あの時なんとか天皇がどうしたかなんて浮かびません。三代将軍家光がどうしたとか、五代将軍綱吉が生類哀れみの法を作って、犬をいやに大事にしたとかでです。庶民にとって、天皇は無関係どころか、意識にも上らなかったのです。赤穂浪士の討ち入りにも、天皇は出てきません。八百屋お七の話にも天皇は無関係です。当然歌舞伎の世界でも無関係です。今流行の時代劇見ていても、黄門様は出てきても、大岡越前は出てきても、天皇は無関係です。では一体いつから天皇家と庶民が関係してきたのか。日本独特の天皇中心の歴史は本当か。たった百何年のことです。明治政府が出来ると、歌舞伎も、長唄も、落語も大衆芸能も、全て規制されました。今までの世話物と言われた庶民感覚の芸は、みな禁止にさせられたのです。あだ討ち者物、お家騒動物、それらだけが許可されるようになったのです。法律が出来まして、天皇を敬うもの、国家を愛するものだけが上演できたのです。そこに残ったものは、押し付けられた天皇崇拝と愛国心だけだったのです。庶民の楽しみは減りました。
 安倍首相が云う、日本独特の天皇中心の歴史とは、庶民にとっては明治時代からの、不自由な、面白みにかけた百何年のことなのです。

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