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2007年7月19日 (木)

獄中12年、大先輩宮本顕冶さん安らかに

 こども心にも、宮本さんの優しい笑顔が思い出されます。貧乏少年を励ましてくれて有り難うございました。
 日本共産党の顔としての宮本さんは、戦前の獄中12年の戦いを感じさせないユッタリと話す穏やかな方でした。治安維持法違反で逮捕され、無期懲役の判決を受けて網走刑務所に入りましたが、法廷でも共産党の未来のために頑張り続けた闘士でした。今の日本共産党の近代政党としてのいしずえを作った人です。また、文学者でもあり、奥様でもあった宮本百合子さんとの手紙のやり取りは「12年の手紙」として残されています。
 当時のソ連、中国からの干渉を打ち破り、自主独立を堅持したことは偉大でした。ヨーロッパの多くの共産党が、ソ連崩壊と同時に消滅した時、日本共産党は「ソ連共産党の解体を心から歓迎する」と声明を出しました。
ここまで言い切れる党になったのです。ここに思い出を語っている何人かの発言をご紹介します。
 中曽根康弘氏 「戦争が終わってから共産党を背負い、困難や妨害にも遭遇しながら、うまく共産党の骨組みをつくり、全国にその力を伸ばしていった。考え方は違うが、一人の政治家として信念を貫き敬意を表していた」。首相時代に国会で質問を受けた事にも触れ「かなりよく準備された質問で、論理的に攻めてきた。敵ながらアッパレだとかんじていた」。
 辻井喬氏 「亡くなったという知らせはショックです。大きな欠落感を覚えます。宮本顕冶さんの一生は日本の悪い伝統を断ち切って、平和主義と人間尊重という良い伝統の上に日本の独立を築こうとした毎日だったと思います。26年前、私が西武百貨店に勤めていたときに、宮本百合子展を開き、。松本清張実行委員長のもとで下働きをやらせてもらいました。その後も時折パーティーでお会いして、いろんなことをお話する機会がありました。中国の文化大革命の時も日本共産党は「ノー」を表明して、外国の大きな党の威圧に一歩も引かなかった。あの時の迫力はすごかったです」。 合掌。 

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