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2007年8月22日 (水)

備忘録 格差社会

 選挙の前から散々問題になっていました。お金のたくさんある層と、お金が無くて苦しんでいる層の絶対的拡がり。そして苦しんでいる層の絶対的層の厚み。それと、いつでも、誰でも貧困層に落ちる危険性の多さ。日本の生活保護制度を見ても、貧困層に落ちたら二度と這い上がれない仕組み。これは、どういうことかと説明しますと、まず保護を受けるには、大きな(庶民にとっては決して大きくない)財産、例えば持ち家、家財、車などを持っていたら、まず先にそれらを処分して生活し、いよいよ駄目なら親戚からの援助、それと自立、簡単に言えば働け、いくら安くても。それも駄目なら受け付けようか、まてよ、でもまだ働けそうだななら、もっと自助努力をというような制度なのです。徹底してどん底に落としてしまうな制度なのです。これはもうすでに、社会保障を抜け出している制度です。いつ私に降りかかるか解からない、彼方も大丈夫なんて言ってられない現実です。これ程徹底して生活を落とされたら、もう元には戻れませんよね。頭の良い政府なら、一人の人に一生涯保護費を払うより、また元の生活に戻って自立してもらったほうが、余程財政的に得なのです。
 貧困は、こどもの発達にも深刻な影響が在ります。学ぶ権利も奪われます。スポーツをする権利も奪われます。多くの友達関係にも影響します。勿論遊ぶことも制限されるでしょう。孤独に陥りやすくなります。そして、それが結果として、貧困の連鎖を生み出します。こどもの平和とかけ離れた生活を余儀なくされます。そんな弱肉強食の社会を、再チャレンジなどと言う嘘で誤魔化してきたのが、自公の安部内閣です。考えてみてください。まともな仕事に就けない若者の急増。仕事がやっと見つかっても派遣労働。過酷な長時間労働と低賃金、不安定な立場がどんなものか。朝までコーヒーいっぱいで粘る24時間営業のお店での休息。心も身体も休める時の無いこんな生活するために、自分は生まれてきたのではないと、怒る力さえも奪う日本の現実。これが世界第二位の経済大国ですか。

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