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2007年12月19日 (水)

南京事件から70年、私達は何を学ぶか。

 1937年12月13日、中国の当時の首都、南京に攻め入り約四ヶ月に亘って中国兵だけでなく、捕虜や一般市民を含めて大量虐殺をほしいままに行いました。それから調度、70年の歳月が経ちました。
 この事実は、世界の学問的にも、法的にも、外交的にも決着の付いていることです。
 日本の外務省のホームページでも認めています。 「日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後多くの非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは否定できないと考えています」。
 日本政府や企業を相手に中国人が起こした一連の戦争被害賠償裁判でも「中国人の賠償請求権は放棄されている」等の不当な理由で上級審で敗訴になっていますが、裁判の事実認定では日本軍の非人道的行為は認定されています。99年の東京地裁判決でも原告の被害を認めた上で日本軍について「中国国民に弁解の出来る余地がない帝国主義的、植民地的な侵略行為」と断じています。
 南京事件の偽被害者呼ばわりされていた夏淑琴(かしゅくきん)さんによる本の出版社と著者を名誉毀損で訴えていた裁判でも東京地裁は先月2日、「原告は南京事件の生存被害者として広く知られた人物である」と認定。原告勝訴しています。 
 この大事件は当時ヨーロッパ、アメリカでは広く報道されやがて中国国内でも知られるようになり、中国国民の怒りに火をつけ、日本に対する、徹底抗戦の意思を固めさせました。一方日本では情報統制で大虐殺や強姦などは全然報道されず、国民は真実を知らされず、南京を攻略すればもう勝利するような報道ばかりで浮き立ちました。またアメリカでは、南京の大使館員が非難していた艦船が日本軍機に撃沈されたこともあり、日米開戦の序曲になりました。
 何故これらのことを最初に書いたかと言いますと、これ程明確な事実を未だに認めない否定論者が、日本の国会議員を含めて居り、「南京攻略戦争は通常の戦場」であり大虐殺があったというのは「過去の日本人の名誉をおとしめる」ものだという報告まで出しているからです。
 何故こんな人たちが日本では未だにいるのかは、私達が考えてみなければいけないことだと思います。
何よりの要因は、戦争を遂行した軍部、政府の指導者、官僚、財界などが、戦後日本政治の指導者になって来た事実です。開戦時の商工大臣岸信介がそのご首相になり、その孫、安部普三も首相になったことは典型的例です。南京事件の現場にいた外交官は戦後外相や防衛庁長官を務めて事件に沈黙し、軍人も防衛大学校教官や自衛隊幹部となりました。これらが、旧日本軍将兵の証言抑圧の働きもし隠然たる影響力を行使したことも在ります。こうした権力の連続を可能にしたのが占領軍アメリカの政策でした。天皇を免責し、米ソ冷戦の始まりと、新中国の誕生が、日本の民主化から根本的占領政策の転換をもたらしたからです。この事実が、戦後政界・財界のアメリカ追随を生み出し、アメリカと共に世界で戦えるようにしようとする、現在の自民党政治の大本に在るのです。昨日の敵は命の恩人で、ありがたい存在の国に成ったのです。国民にたたき込んだ「鬼畜米英」なんてなんのその。
 私達はこの歴史の事実から何を学ぶのか。過ちを絶対起こさない国家も、個人も在りえません。そこから先どのように行動するかが問われていると思います。それは、私達の個人的問題の場合も同じだと思いますが、過ちは在り得ないと思ったら最後です。なんの進歩もしないでしょう。過ちを過去に犯したなら、誠意を持って心から謝る。そのことは、恥ずかしいことでは全然在りません。それをしないで、過ちを正当化することの方が余程恥ずかしいことです。何の友好も生まれないし、深いこれからの付き合いも在りえません。天皇の軍隊は神の軍隊で過ちなぞ犯さないと言うほうが、今の時代ではむしろ滑稽でさえあり、再び同じ事を繰り返す愚かな道です。私の父や母達の苦しみを、また次の世代に作り出す道。世界に向かって、大声でまたやるぞと宣言していく道。その方が、私は日本人として恥ずかしい。

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