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2007年12月30日 (日)

侵略の定義は大事です。曖昧にしてはいけないのです。国連総会の決議でも決まっています。

 現代に関わらず、侵略は侵略で、曖昧な表現ではありません。他国の領土を、武力で脅しながら制圧を試みることも含め、侵略です。ここには人の思いが立ち入る隙は在りません。
 例えば私の内に強盗が侵入したとします。金品を取られたとしましょう。更に居座ったとしましょう。ここには私の内が被害者だという以外の結論はありません。これが国家間ならば、私の国が被害者です。私の国が侵略されたのです。侵略したのは強盗です。ここに曖昧な何物も存在できません。当たり前のことです。裁判になれば、強盗が腹が減ってたも何の理由になりません。犯罪を構成します。結果有罪です。間違いありません。
 でも、戦争正当化を論じる者が、侵略の意味を曖昧にしようとしました。そこで国連総会は「侵略の定義」を決めました。戦争不法化の一環です。
 1974年12月。「軍隊の先制使用」。「他の国の領土に対する侵入もしくは攻撃」。「軍隊による他の国の港又は沿岸の封鎖」。これを侵略の定義にしました。
 これで、アメリカのイラク戦争も、完全な侵略戦争です。私が書いている「日本の戦争の総決算」シリーズで侵略という言葉を使っているのですが、こんな曖昧な言葉を軽々しく使うなと云う日本人人もいるのですが、私の考えは国連決議と同じです。侵略と言う言葉は、曖昧とは正反対な厳格な言葉です。それが世界の流れです。その言葉を曖昧なものにしようとしても、日本の国語的にも、世界的にも、誰も認めないことなんです。

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