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2007年12月20日 (木)

チャップリンの偉大さに改めて頭が下がる。没後30年。

 そりゃそうでしょうと誰でも思うでしょうが、同じ文化に携わる人間として、その文化にメッセジーを込めようと足掻いている私には、本当に頭が下がります。昔、こどもの時に観ても面白かったし、大人になってからはもっと深く面白かったし、悲しかったし、切なかった。でも、心をものすごく暖めてくれました。今、昨日の赤旗のチャップリン映画祭に寄せてと言う記事を読みながら、私が知らなかった色々なことを知って改めて偉大さを実感しています。
 多くの作品を記憶にとどめていますが、彼が「独裁者」を制作した頃のアメリカの実状には驚きましたし、559日間かけて制作した彼の強い思いを感じることが出来ました。言うまでもなく「独裁者」はヒトラーを表していますが、ユダヤ人の床屋さんが、独裁者と間違えられて、群集を前に演説するシーンで終わります。この演説が心にものすごく残り、感動した覚えがありますが、このシーンは最初の構想では無く、床屋さんの一言がきっかけで、ユダヤ人もドイツ兵も手を取って踊りだすと言うラストを構想していたと知りました。しかし、それでは生ぬるいと感じ、民主主義を訴えるラストに変更されたそうです。当時のアメリカでは、ヒトラーは不況を克服した強力なリーダーとして人気があり、当時の世論調査では国民の九割が反ユダヤ主義を標榜(ひょうぼう)していたそうです。そのような社会全体の流れのなかで、独裁者のラストの演説は多くの妨害にもあい、身内からも「あの演説で売り上げが百万ドル減る」とまで言われたそうです。ところが彼は「五百万ドル減ったとしても構うものか」と、あくまでも信念を貫いたと知りました。
 彼の作品群を貫く愛と、社会を見る目の先見性とユーモアは、本当に今の時代、一人でも多くの方々に観て欲しいと思います。私は勿論比べ物にも成りませんが、彼の思いを共感した音楽家、芸人でいたい。

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