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2008年1月 3日 (木)

記録による日清戦史をひとまず書き終えて。

 自分で書きながら、新たに知ったこと、改めて思い出したこと、色々ありましたが、日本の最初の大きな戦争日清戦争は、私の中では大した存在ではなかった事実に愕然としております。戦争といえば、父が徴集された満州事変以降の太平洋戦争が心の中心に存在し、何か古い大昔の戦争のような気がしていましたが、江戸時代まで、外国と戦争してこなかった日本の歴史を、確実に大きく変えてしまった明治時代。歴史の大きな転換点としての天皇制政府の樹立。それも、こんな絶対的天皇制の樹立を、薩長の侍たちは本当に願っていたのかという疑問を感じました。歴史が好きな私にとっては、思いもしなかった疑問を与えられたのです。
 江戸時代までは、絶対的権力を持てず、いつも、実際の権力者にとって「お墨付き」のような存在でしかなかった天皇が、主権者となり、全権を掌握した明治時代以降、終戦までの時期を、私は恐ろしい時代だと感じました。例えば江戸時代の庶民の喜びも、優しさも、瓦版のある意味のいい加減さを含む面白さも、幕府に対する小さな抵抗の芝居も、江戸の庶民の楽しさと娯楽を、近代化という美名の下で、欧米列強の悪さだけを取り入れて、押しつぶした明治絶対的天皇制政治の、野蛮性と、情の無さをとてもよく判ることが出来ました。ここに、他人を思いやる心は育たないし、強いものが全てという、現実の政治の根本をみました。続くあとの記事を書きながら、更なる思いをどのように自分の中で深めていけるのか、楽しみで在ります。

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