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2008年2月14日 (木)

私が日本の戦争 総集編を休んでいる理由。

 シリーズで11くらいまで出して、今休んでいます。日清戦争の全貌と、日露戦争の日本軍自体が最初から講和を狙っていた戦争であったことまで記事にしました。その結果として、中国東北部に常駐するようになった日本軍が、結局盧溝橋事件をでっち上げ、日中全面戦争に突入していくというところでまで書いたと思います。
 私自身が日清・日露戦争の詳しいことを理解していなかったので、そこから勉強してみようと考え書き始めたのです。満州事変以降の歴史は、私なりに理解していましたし、それなりの議論もよくされています。どれが真実かの検証も私はしました。ただ、日本の戦争の歴史は、70年戦争という見方をしてこそ、良く理解できることに気が付きました。今では僅かな人の特殊な意見ですが、盧溝橋事件を日本軍がでっち上げた事件であることさえ認めない人がいるのですが、私は、「そうですか。まあそのように思っていらしても結構ですよ。思いですから・・・。だから何なんですか?」、と問えるように成ったのです。
 私は日本の行った戦争が侵略戦争以外の何物でもないことを、誰がどのような理由付けをしようが、どんな当時の情勢論を語ろうが、確信したのです。日清戦争から70年、1945年8月15日まで続いた戦争は日本によるアジアへの帝国主義侵略戦争だったと。アジア開放「論」も、アジアの独立を助けた「論」も、全て成り立たなくしてしまうことを、明治時代に、絶対的天皇制政府と日本軍は文書として残してしまったのです。それでも数多くの証拠文書は消されたでしょう。残された文書だけで充分です。
 太平洋戦争と呼ばれる戦争だけに目がいくと、色々な見方、石原慎太郎が映画にしたように、特攻隊賛美も出るでしょう。これは、実質被害者になった特攻隊員の生の声が、多くは無念な死を強いられた母親への手紙が多いのですが、中には愛するものの為に死ぬも在ったかもしれません。これらが、ほんの一部でも利用されるのです。実際に体験した戦争体験者の方でも、俺は正義の戦争を闘ったと、思いたい心が在ります。当然です。そこを利用する人もいるのです。
 ところが、日清戦争の記録は多くが参謀本部の記録であり、天皇の側近の記録であり、誤解のしようも無く時の権力の考えが記述がされているのです。私が記事にしたのはほんの一部ですが、それで充分だったのです。
 日本の戦争の総集編は、いずれまた記事にすると思います。最後に一言で表せば、強盗殺人の論理そのものです。

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