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2008年3月10日 (月)

乾燥五目御飯の袋を胸に、浜松市役所前で死んでいった「朝子」さん。

 昨年の十一月二十二日午後二時ごろ。温度11,7度の市役所の建物の前に、救急車から下ろされて、市福祉課の職員が渡した乾燥ご飯の袋を胸に抱えて冷たくなった自称「朝子」さん。
 朝子さんは同日、午後12時30十分ごろ、浜松駅バスターミナル地下に衰弱して倒れていました。駅前交番の警察官が浜松市中区社会福祉課に「強制入院させられないか」と通報。電話を受けた福祉課職員は「強制入院は出来ない。具合が悪いようだったら救急車を呼んでください」と返答します。午後一時には救急車が到着します。その記録には「ベンチに女性が横たわっていた。女性に問いかけると痛みなどは無いが、四日間食事をとっていないと訴える。『病院にいきますか』と聞くと『食事したい。病院にはいきたくない』と首をふって返事する。救急隊員は中区役所社会福祉課に電話連絡し『空腹を満たしたいというニーズをかなえる方策が在るかと確認し、女性が四日間食事を取っていないことを伝える」。区役所の職員は「食事が渡せるから取りにきてください」と。結局救急車は市役所に到着。朝子さんを市役所正面玄関先にストレッチャーで降ろします。午後1時26分。花壇の端に腰を下ろします。社会福祉課職員が玄関先にでてきて「本当に具合が悪いのなら病院にいかなければ駄目ですよ」と声をかけ、そのご福祉課職員が乾燥した五目御飯を渡します。この乾燥五目御飯を食べるには、袋を開けて、器に移し、熱湯をかけて二・三十分、水なら一時間以上かかります。そのご、守衛さんが水、白湯を二回渡します。
 午後2時10分頃、市の職員が朝子さんを見たときは寝ているようでした。「暖かいところに行かないと駄目だ」と声をかけますが、応答無し。朝子さんは、市役所の内部にも入れてもらえず、玄関前のコンクリートの上に何も掛けられもせず寝ている状態でした。そして野宿生活者の自立支援をしているボランティア、四ツ谷京子さんがたまたま訪れ、朝子さんが寝ている姿を午後2時20分ごろ確認し「急いで救急車を呼んでください」と叫び、救急車が再び朝子さんを乗せて病院に行きましたが、朝子さんは亡くなりました。
 四ツ谷さんは言います。「何故、朝子さんを抱きかかえて庁舎内に招きいれ、柔らかな敷物かソファーに横たわらせて上げなかったのでしょう」と。
 その後日本共産党市議団と、市民団体の抗議、申し入れによって市は内部調査を実施しました。その結果は次のような回答です。「空腹を訴える女性に非常食を渡した」。「体調の変化は予測できなかった」。「職務を逸脱した行為や法的義務を果たさなかったという不作為は、認められなかった」。
 生活保護法第25条は「要保護者(生活保護を必要とする人)が急迫した状況にあるときは、すみやかに職権をもって保護しなくてはならない」とうたっています。この市役所の福祉総務課職員は「『女性が四日間も食事をとっていない』との報告は救急隊からなかった。女性が急迫状況ではないと判断した」。ここでは、救急謡と市の職員の言い分が真っ向から対立しています。救急隊は、状況を受け入れ先に話していますよ。だからたらい回しも起きるのです。専門医がいないとか、必要なベッドがないとか。
 ここで私は思うのです。市役所のマニュアルに無い事例だったのです。普通の感覚なら、まず、暖かいところに運んであげたいと思います。でも、思いもしない。私なら、口に入れるまでに、こんなに時間のかかる非常食を渡さないで、自分で、カップヌードルを買ってきて、作ってもあげたい。そして、建物の中に入れてあげます。守衛さんからもし怒られても、自分の判断で僕ならします。
 皆さん、お考え下さいませんか。こんな日本に成ってしまったのです。明日はわが身かも知れません。

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