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2008年3月 1日 (土)

初めて知った「天六事件」。「とわだ」の事件の根本的意識の原点。

 新聞「赤旗」の投書欄に掲載された兵庫県の76歳になる男性の投書で初めて知りました。
1933年、大阪北区天神橋六丁目の交差点で起きた「天六ゴーストップ」事件。ことの顛末は陸軍の兵隊が、赤信号を無視して横断しょうとして、交通整理の警察官にとがめられ、「軍人は警官の命令に従わない」と、殴り合いになったそうです。結局陸軍大臣と警察を監督する内務大臣との争いにまで発展したそうです。
 この方は、ことの本質は、軍は一般の交通規則など守る必要が無い、という思い上がった考え方にあった。軍は何をしても良い、ということで今回も「そこのけ、そこのけお艦(ふね)が通る」の感覚に陥っていたに違いないと仰っています。
 私も同感です。以前も書きましたが、今の自衛隊に色濃く残る精神は、旧日本軍の精神と少しも変わっていないのです。何故ならば、戦後、アメリカ占領軍によって釈放された旧日本軍の野蛮な将校達が、戦後の警察予備隊、保安隊、自衛隊の幹部になり、教師になり、現在の自衛隊の組織と心の中心を押さえたからです。物事を知らない、或いは知らない振りをする改憲派や右翼は、アメリカが日本再軍備を押し付け、その邪魔になる憲法改定を自民党に託したことさえ否定もしくは惚けますが(改憲派や右翼がアメリカ押し付け憲法(論)を主張し、自主憲法制定を云うには、この自衛隊発足の歴史が、アメリカの日本占領政策の大転換の結果である事を正視することができないか、またお惚けです。)現実の自衛隊の今回の行動はまさに、戦前と変わらない軍隊の本質だったのです。人命救助より、組織防衛に走ったのです。きっと、心の中で「何故清徳丸とか云う漁船は自分から回避しそこなったのか。残念でならぬ」でしょう。

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