« 沖縄県宜野湾市、伊波洋一市長の発言。 | トップページ | 「生活者の目線」とは一体どういうものなのか。 »

2008年4月30日 (水)

国の云うこと、伝統文化を大切には資金援助もしない。私は怒る。伝統文化を愛国心のオブラートにするな。

 教育に愛国心を植えつけようとする人々は、日本の伝統を口にし、伝統文化を大事に思う心を盛んに云いますが、彼等は愛国心教育だけ強調しても国民に受け入れられないので、伝統文化をオブラート代わりに使おうとしているだけです。学校現場での邦楽教育もその手段です。私たちは単純に喜んでいられません。
 私が代表を務めるヤサヱモン座は、こども達に、文化庁の委嘱を受けて五年間ただで教えてきました。それも、一年間の内、十ヶ月くらいの期間にわたって、お金が在るなしに関わらずこども達が楽しく通えました。毎年五十人からのこども達が三味線音楽を学び、楽器を弾くことの楽しさを知ったり、学校で自信の持てなかったこどもが自信を付けたり、音楽の持つ不思議な力を発揮してきました。ですが、今年いきなり、五年間行った団体は受け付けられなくなりました。その案内が来た時に、私は文化庁に聴きました。「何故、五年で打ち切られるのか?」と。
 応えは「この事業は国の予算で行われているので、いつまでも在る事業ではない。いつ無くなるかも判らない事業で、五年間経った団体は自立してもらわなければならない」。これが応えなのですが、文化庁の書類では、最初から大原則として、楽器は借りろ、借用費目には、注意書きとして楽器は借りることと書いて在ったのです。ですから、楽器を購入した費用なんて請求しても認めなかったのです。つき返されるだけなのです。楽器を揃えられなければ、いきなり自立しろと云われても自立できません。最初から、この文化庁の補助金で、まず大事な楽器を揃えなさいと云われていれば、揃えました。でも、それは許されなかったのが事実です。
 この度、今年度の委嘱事業を断られて、私は主張しました。「今までに将来の自立を、そちらが考えていたならば、楽器の購入を認めなければいけなかったのではないですか。借用料四十万円を個人では出せません。準備期間を設けるべきです」と。文化庁の応え。「決まったことですのでしょうがない」。私はしつこく言いました。「それは後期高齢者医療制度と同じで、国民に説明をきちんとしないで、決まったことだからと云うのと同じですね」文化庁の云い分。「全くそうですね」。更に「借用費を生徒さんから一万円ずつ取ったら如何ですか」。私は即座に言い返しました。「それではお金の在る無しで習えない子もできる、格差社会そのままですね」と。
 私が話している相手は、一職員です。ですからこれ以上責めても可愛そうです。ですから、私は「判りました」と言いました。この職員さんも、矛盾を感じているのが判りましたし。
 そうなると、伝統文化を大事になんて云う、文部科学省の学習指導要領を含めて、具体的には何の財政支援もしないで、愛国心を教え込む為にはせめて郷土を愛するとか云わなければ国民が受け入れません。ですから決して伝統を大切になどと思ってもいないのです。五年で打ち切られない文化には、神楽とかが入っています。お宮でする芸能です。そこで使う太鼓などは、買っても良い特殊品なのです。三味線は駄目で、太鼓は良い。
 私は共産党員ですが、音楽教室に思想は勿論入れていません。ですから自民党の家族から、創価学会員まで、幅広いこども達を受け入れています。みな私を慕ってくれています。結果としてですよ。なにも審査など無いのですから。思想を持つほど成熟してもいませんし、誰でも音楽を楽しむ権利が在ると私は思うのです。それも、権利などとは言いません。実感が一番大切ですから。こども達は、何も伝統音楽などと思ってもいません。それを守ろうも感じていません。ただ楽しいだけです。引っ込みじあんだった子が、小さな声で「ヤサヱモン先生」と言ってくれることが嬉しく、その一言が、本人の気持ちを変えるのです。
 私がここで思うことは一つです。文化庁の委嘱は無くても、群馬で根付いたヤサヱモン座を、群馬県から発信し、日本のこども達に日本音楽の楽しさを伝えきることです。
 愛国心の押し売りをしている人たちに、元気なこども達の姿を見せてあげたい。そして、このこ達を、戦場に送るなと、心から訴えたい。

|

« 沖縄県宜野湾市、伊波洋一市長の発言。 | トップページ | 「生活者の目線」とは一体どういうものなのか。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 沖縄県宜野湾市、伊波洋一市長の発言。 | トップページ | 「生活者の目線」とは一体どういうものなのか。 »