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2008年6月29日 (日)

この目で見た'殺人鬼’の顔 従軍記者鈴木の手記

 城内(南京城)入りしたうす曇の十三日の昼下がり、あやうく残敵掃討作戦の四人の日本兵に突き殺されそうになった。その時、私は先輩記者の福島武四郎と二人だった。二人が社旗を持って、中山門内の中山路を歩き、後続の自社記者団の仮の本部(宿舎)をさがそうと歩くうち、右手にりっぱな建物があり、「励志社」とあった。
 一階の広間とみられるそこには、ガランとして椅子、テーブルなどが散乱し・・・よごれてはいたがそのたたずまいは、かつての豪華さをしのぶのに十分だった。汗とアカ、ドロまみれの従軍服をまとい、クタビレたヒゲ面の二人は、内庭に落ちる砲弾におびえながらも、ホットして、『とにかひとやすみしよう。そしてここをわれわれの前線本部にしよう』と、これも醤油でしぼったように赤ちゃけた手ぬぐいで頬かぶりして、’将軍気取り'で二つのデッカイソファーにグッタリと身を沈め、ウトウトしていた。
 突然、入口の大きな扉が、ドドッと開いたと思うと、血相を変えた四人の日本兵が、のめるように飛び込んできた。一人が指揮官らしく抜刀し、三人は銃剣を小脇にしていた。二人は物音にハッとしてほお被りのまま、立ち上がったが、日本兵と知って、ニヤリとし、気持ちによゆうもできて、なにかことばをかけようとした。そのとき突然抜刀の兵が、われわれを鋭くにらみ、大声を発した。'突けッ!突けッ!’
 たがいの距離はは十メートルほどであったため、二人は飛び上がった。三人の兵は目を血走らせ、どうじに銃剣をそごいた。その銃剣が、ニ度、三度としごかれるとみるまに、ゴボー剣が二度、三度とわれらの胸先で鋭く光った。
 二人はさらに飛び上がり、本能的に頬かぶりをパッととり、あとずさりしながら両手をあげて絶叫した。
「日本人だッ!日本人だッ!」
 相手もビックリして、銃剣のしごきをやめて、ジッとすごい目でにらんでいたが・・・。ガランとした部屋のなかを、上ずった声で、
「ほかにも誰かおらんのか?」といって去ったが、残敵掃討、家宅捜索の日本兵も必死の形相で、われらを突かんとするときの顔は、'殺人鬼の顔’というものだったろう。土気色のヒゲ面は引きつり、奥の目は異様に光、飛びかかるシェパードのすさまじい殺意があった。逆に彼等は死の恐怖におののく死相を、われらから感じたかどうか。われらは軍服ではない。その見さかいもなく、刺殺しようとした兵たちだった。
 

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