« 決定的場面での日本共産党の貫いた態度。 2後期高齢者医療。 | トップページ | これで良いのか、病院追い出しの現実。 »

2008年7月26日 (土)

決定的場面での日本共産党の貫いた態度。 3日本農業の破壊。

 日本の食糧自給率が39パーセントまで落ち込んだのには理由が在ります。アメリカは、アメリカと競合する農作物を日本は作るなと云っています。工業製品は輸入するから、その代わり、農産物はアメリカの輸出市場にしろという要求です。アメリカは皆さんの思う以上に農業国家なのです。
 ここで、日本の農業主権を投げ捨てた大きなきっかけが在りました。それは93年の「非自民連立政権」細川内閣の時と、95年自民、社会、さきがけの村山内閣の時です。日本共産党以外の政党が一緒になって日本の農業破壊のレールが敷かれたのです。93年の細川内閣は、ガット・ウルガイ・ラウンドの合意を受け入れました。これは、日本などの農業国が自国の農業を発展させるのを阻むアメリカ主導の協定でした。その後の日本農業の
衰退を見れば明らかです。更に95年の村山内閣のWTO農業協定の受け入れは恥ずべき日本農業存在の国家としての放棄でした。

 これにも日本共産党は唯一きっぱりと反対しました。日本の農業を亡国の淵に追いやる条約だとして。
まさに日本の農業は壊滅の淵に立たされています。 

|

« 決定的場面での日本共産党の貫いた態度。 2後期高齢者医療。 | トップページ | これで良いのか、病院追い出しの現実。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 決定的場面での日本共産党の貫いた態度。 2後期高齢者医療。 | トップページ | これで良いのか、病院追い出しの現実。 »