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2008年9月15日 (月)

9月15日付け「赤旗」主張の全文。『敬老の日、高齢者の安心は若者の安心だ』。

 九月十五日は敬老の日です。
 敬老の日は、敗戦直後に兵庫・野間谷村(現在の多可町)で、高齢者に敬意を表すとともに、高齢者の知識や人生経験を学ぼうと設けたのが始まりとされます。
 七十七歳は喜寿、八十八歳で米寿など長寿を祝うことは日本の温かい伝統となってきました。 
 世界にあまり例のない敬老記念日を持つ日本で自公政府は、七十五歳になったら後期高齢者と呼んで厄介者扱いにする、世界に例のない差別医療を導入しました。
 ことし喜寿を迎えたお年寄りが生まれた一九三一年は、帝国日本が中国への侵略戦争を始めた年です。米寿なら一九二〇年生まれ、恐慌の暴風が吹き始め、国民が東京・上野で日本初のメーデーに立ち上がった年です。悲惨な戦争と野蛮な政治の時代を生き抜き、戦後復興で身を粉にして働いた世代に肩身が狭いおもいをさせる、そんな政治に未来はありません。
 内閣府の六月の調査によると、生活不安を感じている人の割合が初めて七割を超えました。中でも三十代から五十代の老後への不安が群れを抜いて増えています。昨年明るみに出た「消えた年金」に加え、後期高齢者医療制度の導入による老後の医療費負担が、世代を超えて国民の不安を膨らませていることは明らかです。
 高齢者をないがしろにして心細い気持ちにさせる政治は、若い世代の「老い」への不安をかきたてて、若者達の暮らしにも暗い影を落としています。
 財界へのばらまきと軍拡でかさんだ財政赤字を理由に福祉を後退させる政治の先陣を切ったのは、八十年代に自公が進めた老人医療費の有料化です。本音トークで鳴らした渡辺美智雄・元蔵相(故人)が言いました。「長生きにはコストがかかる。出したかない人は早く死んだほうがいい」(八五年一月二十四日)。後期高齢者医療制度は自民党の長年の'本音’を形にした制度にほかなりません。
 岩手県沢内村(現・西和賀町)は、六十年に日本で初めて高齢者医療を無料化した村として知られています。その沢内村の増田進・村立病院長が八三年の国会で参考人としてのべています。「お年寄りは自分が医者にかかるぐらいなら孫や家族に(お金を)出してやりたいと我慢する。(死亡診断書をもらうために)死んでから医者にかかるのが普通だった」。
 お年寄りの優しい心が、お年寄りを医療から遠ざけてきた時代がありました。その時代に逆戻りさせるやりかたは歴史の逆流以外の何物でもありません。
 旧沢内村は高齢者医療の無料化を通じて病の早期発見に成果をあげるとともに、お年よりも医者と絶えず接触することで健康への自覚を高めていきました。相乗効果で、導入の二十年後には医療費も減少するようになりました。
 高齢者医療のあり方を考える上で極めて貴重な経験です。増田院長が医療費無料化の役割を次のように語っていることは、更に重要です。「一言で言うと、村が明るくなった」。
 高齢者の命をおろそかにする自公政治を根本から切り替え、誰もが「長生きして本当に良かった」と思える社会をつくることこそ、わたしたちの心からの願いです。     
 

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