« 自民党の地盤佐賀県「保利村」で開かれた日本共産党の集いが大成功、十二年前は参加者ゼロ。この動向は全国で起きています。 | トップページ | アフガンのカルザイ大統領も米軍の空爆を非難。誰の要請のテロ延長法なのか。国連より日米安保優先の異常ここに極まれリ。 »

2008年10月21日 (火)

日本の百六十年の資本主義の歴史の中で三つの転換点。明治維新・終戦戦後・二十一世紀の今。大きく歴史を変える時。歴史の必然は自然に変わる事では在りません。

 日本が資本主義の道を歩み出して百六十年経ちます。人間の一生と比べると両親、祖父・祖母、曽祖父・曾祖母、その一つ前ぐらいの比較的近い時代の歴史しか資本主義日本の歴史は無いのです。
 最初の変革の時期、明治維新からの新しい権力体制、天皇制国家は「文明開化」というスローガンのもと、欧米のあらゆる制度を導入しました。思想・技術・資本主義の諸制度。同時に受け入れた軍事力の強化、これが最優先されて「富国強兵」と言う国策になり、およそ十年おきにアジアでの干渉・侵略戦争を繰り返すのです。経済政策も当然軍需産業の発展を最優先させます。明治維新で現された多くの庶民の意思は途中で大きく歪んでいきました。アジアで最初の帝国主義国家の誕生に及ぶのです。明治維新の多くの人が望んだ改革のプログラムは、ここに完全に改変するのです。平和でのほほんとした江戸時代に生きた改革を求める多くの人々は世界に開かれた日本を目指したのです。帝国主義の国家造りを推進したわけでは在りません。でも現代までで、アジアでの帝国主義国家誕生は日本だけです。こんな時代にも、日本の発展方向を示していた政党が日本に存在したのです。天皇制国家が、アジア侵略に大掛かりに乗り出した日中戦争からの時に、「侵略戦争反対」「主権は国民のもの」と主張し、文字どうり命を懸けて戦った政党があるのです。日本共産党です。
 二度目の変革の時期、終戦戦後。国外に向けた態度と、国内に向けた実質的態度が大きくずれたのです。国内では基本的には、「国民主権」「侵略戦争だめ」という日本共産党の主張が受け入れられたのです。戦後の憲法を含む法体系は日本共産党の主張が全面的に受け入れられているのです。それが現憲法の国民主権、戦争放棄、普通選挙権にも反映されているのです。一方国外ではアメリカとのサンフランシスコ講和条約によって形の上では独立国家に成りましたが、同じ日に調印された日米安保条約によって、現在に至るまでアメリカに従属した状態が続いているのです。アメリカの云い成り基地国家。アメリカの云い成り外交。アメリカの云い成り戦争支援。アメリカの云いなり経済体制。この状況の中で、唯一このアメリカ云い成りと違う政策を主張しているのは日本の政党では日本共産党です。戦前も独自の主張をして、その主張が戦後の憲法に大きく反映されました。現在の国民の苦難を打ち破るには、日本共産党の主張のように、大企業、アメリカ云いなりの政治をあらためて、国民に足場をおく政治が求められています。
 その三つ目の変革の時期が今です。

|

« 自民党の地盤佐賀県「保利村」で開かれた日本共産党の集いが大成功、十二年前は参加者ゼロ。この動向は全国で起きています。 | トップページ | アフガンのカルザイ大統領も米軍の空爆を非難。誰の要請のテロ延長法なのか。国連より日米安保優先の異常ここに極まれリ。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 自民党の地盤佐賀県「保利村」で開かれた日本共産党の集いが大成功、十二年前は参加者ゼロ。この動向は全国で起きています。 | トップページ | アフガンのカルザイ大統領も米軍の空爆を非難。誰の要請のテロ延長法なのか。国連より日米安保優先の異常ここに極まれリ。 »