« インド同時テロの犯罪に強い抗議を!同時に軍事力に依る対抗措置に心から反対します。 | トップページ | 日本の良心の一人、加藤周一さんの死を悼みます。 »

2008年12月 5日 (金)

「防衛大50期生」からのコメントに対するお応え。貴方のご意見は一つの象徴的ご意見だと思いましたので、貴方のコメントを公開して記事としてお応えします。

 まず、貴方のご意見の内容をまとめますと、一つ、先の大戦での日本のアジアに対する戦争の効能として、ヨーロッパの帝国主義国からの独立のために日本の戦争は役立ったということです。二つ目は、戦前の歴史や、田母神氏の「論文」に対して意見を言うのなら、貴方が云う、アメリカの資料に対して否定できる確たる事が言えないのであれば、ブログで私が意見を言うのを止めるべきということです。三つ目は、日本のマスコミはパチンコ業界に支配されているということです。四つ目は、日本の戦争をアジアで批判しているのは、中国と韓国だけということです。五つ目は、天皇は国民の幸せを願って政治をしてきた。六つ目は、天皇に支配されるより、アメリカに支配された方が良いのなら、どうぞ田母神氏を批判してください。これが全てです。
 貴方は、紳士的にコメントを下さったので、コメントをお返し致します。ただし私の全面的批判をお読み下さい。
 1の問題からお応えします。まず、その後に起こった結果が、直前の事情のお陰だったと云うのは何も根拠のない、馬鹿げたことであると言ことを言いたいと思います。アジア諸国が第二次大戦の後、独立国家に成ったからと言って、日本のお蔭は、余りにも乱暴な意見です。それ程、アジアの国民のためになる戦いを日本がしていたのならば、何故日本軍はアジア諸国国民からの激しい反撃を受けて、私達の父親、或いは叔父たちが、苦しい戦いを強いられ、戦死し傷付いていったのでしょう。アジア中の人々から、まるで解放軍が来たように、何故歓迎されなかったのでしょうか。私が知っているフィリッピン人の女性は、親から聞いた日本軍の怖さ、強さでは無いですよ、怖さを身にしみて知っていました。これが、第一の応えです。
 第二。ブログでの意見の表明は、自由で在るべきです。これを、何か確信といえるものが無ければ云うなは、余りにも独りよがりだと思います。貴方が云っている「証拠」も、私にとっては証拠の価値も無い物だと思います。一体、何年の、何というアメリカの文書ですか?それも明らかでないのに、それを吟味しろは可笑しい。
 第三。日本のマスコミはパチンコ業界に支配されている、に至っては、北朝鮮を敵視するためは理解出来ますが、余りにも荒唐無稽で可笑しすぎます。
 第四。アジアで日本の嘗ての戦争を批判しているのは、中国と、中国に配慮している韓国だけと云う主張も、事実と違います。ついこの間、日本のアジア侵略を認めない日本の閣僚の発言に対して、インド、インドネシア、マレーシアの政府が抗議したのも、貴方は知らないのですか?
 第五。天皇制政府のことです。天皇は国民の幸せを願って政治を行っていたんでしたっけ?国民に権利は無くても。私は一人の人間として、貴方に伺いたい?同じ人間に遠別されて、施しを受けて貴方は生きたいのですか?それが貴方の人生の夢なのですか?自分で掴む人生では無く、天皇に与えられた一生を遂げるのが貴方の幸せなのですか?もしかすると、これへの答えが全てなのかも知れません。私は、奴隷のような人生はお断りです。自分の人生は、自分で決めます。
 第六。何か、支配される事を当然と考えていますよ。天皇に支配されるより、アメリカに支配される方が良いか、この選択肢の選び方、微妙で、ハッキリしているのは、誰かに支配されることを選べ、これです。
 最終的、貴方への結論的ご返事。
明治時代の人を含めて、天皇制政府の下でも、国民は貴方の云うとおり幸せに生きられたのかも知れません。
・・・働く労働者は、際限の無い労働時間、何も制限の無い切の無い時間を働かされました。これに文句を言えば、即首を切られたのです。この状況を何とか労働者が改善したくて、働く物の団結を促せば、牢獄に入れられ、時には殺されたのが天皇制政府の時代の真実です。身体に障害を持っている人は、社会の影に隠れて生きたのです。まだ幾らでも理不尽な事は在りますよ。それでも、貴方は幸せな世の中だったと云うのですか?
 このコメントをみた私の心は、自衛隊という暴力的軍事力組織は、とてつもない間違った知識を、国民が習っている正当な知識と全然別な、歴史認識を含め、国民がだれも戦後未だ習っていない軍国主義的な戦前の教えをどこかで受けているのだなと、ハッキリ感じました。それを明らかにしたのが、田母神氏の作文でした。
 私達は一人一人の僅かな力しか持ち合わせていません。それらが集まった時に、大きな力を発揮するのは、過去の戦争指導者も知っていることです。戦争指導者は、自分達だけでは何も事を起こせないのです。多くの国民を動員して初めて、戦争も出来るのです。ですから、もう戦争には協力しないようにしませんか・・・

|

« インド同時テロの犯罪に強い抗議を!同時に軍事力に依る対抗措置に心から反対します。 | トップページ | 日本の良心の一人、加藤周一さんの死を悼みます。 »

コメント

やえもんさん
わたしの書き込みにすぐに丁寧なおへんじをいただきありがとうございました。
わたしの疑問へのお答え、とてもよくわかりました。今後、ご意見を念頭に置いて、いろいろ考えていきたいと思います。
長唄も時間見つけて、聴いてみます。

毎日のニュース、とりわけリストラの話、おとなしく黙っていられないとみんな感じていると思います。実際にもう立ち上がっている人たちもたくさんいるのだし。みんなで手をつなぎたいですね。新給油法の成立・・戦争と貧困を断ち切るためにわたしもできることをと思っています。
お礼が遅くなって申しわけありません。
寒暖が交互に来ています。お風邪など召しませんように。

投稿: 大阪のおばさんの一人 | 2008年12月13日 (土) 12時10分

防衛大学校で、税金を使いながら何を教え込んでいるのか、これは明らかにしないといけませんね!大体から、自衛管は公務員でしょ。憲法を守りたくない人間が存在するのなら、即刻首切りしなければ、税金の無駄ですよね・・・

投稿: hamhamさんへ | 2008年12月11日 (木) 00時53分

お元気のご様子、嬉しいです。
トラにゃンさんの仰るとおり、全くもって、靖国派の馬鹿どもの相手をするだけで、馬鹿馬鹿しい。
トラにゃんさんも、私に似ていますね・・・

投稿: トラにゃんさんへ | 2008年12月11日 (木) 00時44分

やさえもんさん。今日は。 お元気なご様子で嬉しいです。 

歴史の認識は過去の事実に基づいて、学問的でなければ、人生を誤り他人をも不幸にしてしまいます。 そういえば、かの田母神氏は防衛大学校の卒業生です。 彼の作文は情緒的、恣意的であり、真摯に事実を確認もせず、調べもせず、内容は孫引きの羅列で、学問のかけらも見られません。 このような方たちが米軍の一翼を担い、海外で戦争に関わったら、日本の国民は塗炭の苦しみを受けることになります。

防衛大学校は有為な日本の若者をどのように教育しているのでしょうか。 大変興味が出て来ました。 防衛大学校には莫大な国民の血税がつぎ込まれております。 情報公開に基づいて、政府には是非全容を明かにさせたいものだと、思ってしまいました。

投稿: hamham | 2008年12月10日 (水) 14時31分

大阪のおばさんの一人さんへ・・・
 はじめまして、コメントありがとうございます。
お考えの参考までにして頂きたいのですが、伝統芸能は本来庶民の間から生まれたものですが、日本においては、中国から伝わってきた芸能が非常に多く、その時点で、儒教の教えも一緒に伝わりました。その儒教に「礼楽思想」という哲学があります。
簡単にいいますと、礼・・は上下、帝と下々の関係で、この上下関係を守りながら、楽・・は楽しめです。
 この思想を日本の当時の支配者達は、芸能の普及と同時に、支配体制の維持のために、大いに利用したのです。その程度が余りにも強かった為、日本の伝統芸能の演奏スタイルは、ヨーロッパなどの音楽に比べて非常にかしこまったスタイルになったと言う説が有力です。
 長唄は、それこそ庶民のあいだ、河原で育った歌舞伎のバック音楽です。明治時代以前は、文字通り庶民のあいだで評判になった出来事や、事件が、翌日には舞台にかかる程ニュース性もそなえていましたが、明治時代に成った時に、明治政府の欧風文化移入政策の下、歌舞伎の役者を含め、今までの在る意味だらしの無い芸人では認められなくなったのです。歌舞伎の出し物も、世話物、艶っぽい物は全部禁止演目になりました。認められたのは硬い筋の荒事、仇討ち物が主になり、役者は、政府の役人という肩書きに成らせられました。面白いお話をご紹介します。当時の大スター的役者の一人は「文明開化だから、もうこれからは普段着物は着ない」と宣言した人がいたのです。何だか単純で可愛いですね。結果、庶民は、満足せずに放れていき、その代わり、政治家、お大尽、お嬢様等が客筋に成っていくのです。
 長くなって申し訳在りません。長唄もお聴き下さいませんか。私のホームページ「創作の箱」をお訪ね頂ければ、私の創作曲や、私がお薦めする古典曲を、全曲無料でお聴きに成れます。心よりお待ち致しております。

投稿: やさえもん | 2008年12月 6日 (土) 15時47分

調べたいことあっていろいろ検索しているときにこのブログに出会いました。
日本の伝統芸能を担っている方は、政治とは無縁(という形で今の体制に順応)なのかと勝手に思いこんでいたので、びっくりしました。すみません。これからも時々訪問させていただきます。
今日の「論議」とはちょっと無縁ですが、このごろ思っていたことを書かせていただきます。
伝統芸能というのは本来民衆の中から生まれてきたモノですよね。でもどうして日本では敷居の高いものになってしまったのか、私が知らないだけなのか、よく考えていました。先日徳島に行ったとき、たまたま、市民の人形浄瑠璃のイベントがありました。私は人形浄瑠璃が大好きなのですが、文楽座などは高くてとてもいけません。徳島ではそれが生活の中に位置付いていてとても楽しかったです。もちろん文楽や歌舞伎もその価値はとても高いのだろうと思います。
義太夫は楽しいですが、長唄というのはどうもわからない私ですが・・。
ご活躍を祈ってます。

投稿: 大阪のおばさんの1人 | 2008年12月 6日 (土) 14時08分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« インド同時テロの犯罪に強い抗議を!同時に軍事力に依る対抗措置に心から反対します。 | トップページ | 日本の良心の一人、加藤周一さんの死を悼みます。 »