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2009年6月29日 (月)

何だかんだ云っても高速道路は作り続けることが明らかに成った今、本当に国民が喫緊に必要としているものに何故税金を使わないのか。それは大企業にしか顔を向けていないからだと言われても絶対反論出来ない数々の真実。

 今日の朝日新聞の夕刊(6.29付け)一面トップは「外環道延伸に高速3社」という記事でした。
 05年の道路公団民営化によって高速道路事業、建設を含みますが国が道路公団に命令する方式から、希望する高速道路会社が実施する事になったと書かれています。民間会社が実施、高速道路づくりを始めるのかと思いきやそうでは在りません。事業費の7~9割を税金で賄うそうです。何て言う事はない国の事業です。
 
 民間企業の実施する事業費の7~9割も税金で賄って貰うのならこれ民間企業の事業としてはお得ですね。出来る事ならうちの会社も参加したいと思うでしょうね。
 高速料金収入は長期債務の返還に当てられるそうですが、維持管理業務で安定した収入が得られるそうです。
ですから事業の受注に3社が参加し始めての競合に成るそうです。ある関係者は「交通量の減少で収入が減れば、債務返済の為に人件費などのコストダウンを迫られる。会社規模を維持する事を考えると、巨大高速道路事業は魅力的」と語っています。

 現実の交通量は少子高齢化をはじめ、国民の所得の低下などで減り続け全国的に交通量の減少が見込まれています。その事を先にあげた関係者も言わずもがなで語っています。「交通量の減少で収入・・・」がそうです。
 この事業に参入する目的も語っています。「会社規模を維持する事を・・・」がその部分です。
 そもそも交通量は全国的に減っていて、増える見込みは立たないのです。

 そもそも少子高齢化社会で見込みなぞではなく、ハッキリ増えると断定出来る事は高齢者の増加です。それも独り者高齢者の増加です。現実に顕著に表れています。でも、この事態に対して実態に即した対応も、予想による対応計画さえ持たないのが日本の現実です。
 少ないながらも生まれた国の宝物、こどもへのケアは出来ていますか?保育園というこどもが生まれてから最初に、初めての社会的体験を積む場所の確保は出来ていますか?国は責任を持っていますか?否、責任投げ捨てです。保育園にこどもを通わせるのは親の勝手で国は責任を持たない。親と保育園が勝手(自由)に契約関係を作り通わせろと、現在自公政府は主張し法律で決めようとしています。
 それで本当に良いのか!それも保育園なら、年齢も小さな年端もいかないこどもを一時でも任せる場所なのですから、こども達が昼寝をする部屋の広さも勿論、その様子を保育士がきとんと掴める場所が確保されているのか、保育士の休めるスペースが確保されているのか、こども達の食べる給食の配膳の場所は衛生的なのかを含め、きちんと国が監督し、国が保障するべきことだと思います。

 身体を壊し働けない人々がまともに生活保護さえ受けられない窓口でつき帰される日本。

 一生懸命働き、いつかは正社員にと思ってきた人々が住まいを含め突然全てを取り上げられ路頭に放り出される日本の現実。その人たちにも親はいるしいた。こどももいるかも知れません。

 健康保健証も無い人々が大勢いる現実の日本。

 町工場、馬鹿にしてはいけない、そこにこそ日本の原点、発展の原動力が在るのですが国は何も支援しません。

 これらの現実に対して、高速道路の建設はそんなに緊急で必要な事なのでしょうか?
 間違いなく緊急性も必要性も在りません!
 
 ただ間違いなく絶対の確信を持って言えることは、税金を権力代弁者(自・公・民)が利用して使った結果、彼等に見返りが来るのは大口の儲けを与えた相手からだけです。ですが大口の儲けを産みだした者は当然勝手者ですから働く人のことなど何も考えない。一顧だに考慮しません。
 
 現実の日本の本当の姿がぼやーと見えてきませんヵ・・・
 

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2009年6月27日 (土)

トヨタのプリウス、目標の18倍の売れ行き・ホクホク。その下請け中小企業は25%の単価値引下げをトヨタから受けています。私は許せない。

 機械の上で自殺した中小企業の社長さん。
 電話の前で仕事を待ちながら、電気代がもったいないから真っ暗な工場の椅子に座っている社長さん。
 家賃が17万円かかるのに、毎月の売り上げは5・6万という社長さん。
 
 長野県諏訪市のある工場ではトヨタ・プリウスの仕事だけが発注増加となっています。でも単価切り下げが押し付けられ25%減。それも来年度も25%減を押し付けられました。
 トヨタのプリウスは、トヨタが目標にしていた18倍の売れ行きで今注文しても手元に車が届くのは来年だそうです。皆さんお早めに・・・は冗談です。一連の「景気対策」の目玉、「エコカー購入支援」の本当の真実が現れました。エコカーを買った人は何がしか政府が税金を勝手に使い一見得するようですが、実際は新たなローンを組みお金を払い続けます。この政府の「援助」によって買う人は更なる値引きなどを販売店(メーカー)に要求しません。この段階で買った人は何の不景気対策も実質受けていません。何か得しそうな雰囲気に推されて新たに車を購入したのです。残ったのは新たなローンです。
 さて、トヨタはどうなっているのか?企業としての目論見を大きく超えて、それも十倍の売り上げとなると普通では在りえないことなのです。そこに、今記した下請け単価25%切り下げが加わります。それも来年のことも含めて押し付けたのです。下請け企業はこれまでも苛め抜かれてきましたが追い討ちをかけるような今度の取り決めでは絶対儲かりません。労働者の賃金を今までどおり払うことさえがやっとでしょう。
 これが景気対策なのかを私は自公政府に聴きたい。内需を支える国民収入が、中小企業の社長を含め減らされている現実を見ると、国民収入は減っているのです。確かにエコカーを買う層は増えているが、その層も新たなローンを組まされ、これ以外の出費を控えるでしょう。そこのどこに国民的「景気対策」とやらが在るのか?儲けたのは、今回の事例で言えばトヨタでしょう。


 鳴り物(これは日本音楽の言葉で実際の音楽演奏を下支えする囃子のこと)入りで景気対策と銘打ちながら実際に国民は何も対策の恩恵にあずからない、儲けるのはトヨタだけが、この一例をとっても明らかです。

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これこそが政党の本来の姿ではないでしょうか、日本共産党が総選挙勝利の為に募金を国民にお願いしています。

 選挙権を持たない赤ちゃんから寝たきりに成ってしまったお年寄りまで、差別無く国民全員から一人頭250円徴集して政党に分け与える政党助成金制度。今から14年前に作られた法律によって実施されてきましたが、憲法第19条「思想信条の自由」に違反する制度だと主張して一切の受け取りを拒否している政党は日本共産党だけです。
 国民の社会福祉費自然増分2200億円を毎年削り続け、お歳寄りを75歳から区別してこれまでの保険制度から隔離する差別的「後期高齢者医療保険制度」をつくり、本来国が責任を持たなければ成らない分野からは全て撤退し国の責任を投げ捨て「官から民へ」の偽りの合言葉で国民を騙してきた自民党・公明党、それと対決するどころかスピードを競い合う民主党、これらの政党が国民の為に税金を使う事には一貫して無関心なのに、ただただ政党の運営費・活動費・宣伝費等には税金を使ってきたのです。
 今やモラル何て言葉さえ知らない顔をし、倒産の危機でも無く、儲けが少し減るだけなのに一生懸命働いてきた労働者を寒空に放り出し住居さえ奪って憚らない、こんな非道な首切りに走る日本の大企業から政治活動資金を貰いながらさらに国民の税金で政党を維持しようなんて図々しいにも程が在るでしょうに。
 民主党はこの「助成金」が無ければ政党としての活動は勿論、事務所の維持さえ出来ない政党です。事務員の給料さえ払えない政党です。完全な国営政党です。こんな政党が大政党なのでしょうか?
 自民党はこの「助成金」を使ってテレビ広告も出します。新聞全面広告も出しています。

 わたしは自民党は勿論、民主党も公明党も社民党も支持していません。
政党支持は自由でしょうに・・・でもわたしが税金を納め出してから、それが1995年からなのですが不当に税金が使われてきたのです。支持してなんていない自民党に国民の税金が現在資料を示せる07年度までに1962億円、民主党に935億円、公明党に287億円、社民党に297億円、その他の離合集散した政党に571億円も支出されているのです。合わせると4080億円に成ります。人を馬鹿にするのもいい加減にしろと、あなたは思わないのですか?

 日本共産党は今真剣に選挙募金を国民にお願いしています。
 共産主義に成るとみんな国営化され、私有財産も認められなく成り服装も自分の気持ちを大事にした服は着られなくなる。自動車も自由に選べなくなり、スポーツカーなんて乗ろうとしたら国家犯罪になる。ここには大した考えも無く簡単に私が思いついたことを列挙しましたが、じゃあ、現在はそれらが自由に手に入るのか?
 自分が着たいと想う服が容易に手に入りますか?高くて変えない場合が多くないでしょうか。
 自動車に到っては、買えない車の方が多いでしょう?
 先程から記しているように、政党の「国営化」を受け入れないのは日本共産党だけす。何でも国営化なんか主張していません。日本共産党にかなりの誤解をお持ちではないですか?

 日本共産党は働く人間による生産手段(工場、機械設備等)の社会的管理を主張しているのです。社会は国家では在りません。

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2009年6月26日 (金)

わたしの作曲意欲を掻き立てた藤沢周平氏の作品「明け烏」という短編作品。

 久しく作曲をしていないわたしが、これは曲にしたいと思った内容の作品に巡り合いました。
作品は藤沢周平氏の短編小説「明け烏」です。
 江戸時代の中期を越えた江戸吉原を舞台にした花魁(おいらん)とその馴染み客の話なのですが、何とも切なく現代の大人も感じている人間の誠意とはをどのような物なのかを感じ取れなくなっている自分を改めて見つめさせてくれる作品でした。

 こんな雰囲気の、内容の曲を作りたいとつくづく思います。わたしのこれまでの作品を超える作品のイメージを今日感じています。作品化に一・二年は掛かりますが、お楽しみにお待ち下さい。必ずわたしのホームページ『創作の箱』に今まで同様全曲無料で聴いて頂けるように掲載しますから・・・

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2009年6月25日 (木)

「選挙による独裁政治」それが比例代表削減の本当の狙いです。

 多くの世論調査結果にハッキリと示されていることは「自民党も民主党も大して変わりが無い」という国民の多くの意識です。その意識の下は、民主党も自民党から出た人たちがたくさんいて、国内政策も・外交政策も自民党の政策と殆ど変わらない事を見抜いているからです。

 ですが問題は「自民党はもう嫌だから民主党に投票するしかない、何かちっとはましに成るかもしれない」という根拠の全然無い『期待』、自らも認めている自民と民主に大した違いが無いことを百も承知で民主を選ぶ、それが新しい次期国会で「選挙による独裁政治」を招きよせる根本的選挙制度改悪を強行させてしまうことです。

 そんなこと国民の多くは絶対望んでいませんがきっとします、民主党は今度の総選挙の公約(マニュフヱスト)に比例代表の大幅削減を謳っているのです。その民主党がもし政権を取れば真っ先にこの比例代表削減公約を実現すべく行動に移します。理由は簡単明瞭です。「国会議員が自ら身を切る」というこの削減数を巡って自民党と競い合っている民主党、他に自民党との違いを出せないから、自民党よりより多くの削減数を提示してそれをまず実践することは明らかです。だってそれ以外のことで民主党が主張していることは「官僚政治の打破」ですが、本当にそれをするのなら今まで「官僚がしてきた」ことを一体誰がするのか?同時に今までの官僚に代わって新しい誰かがする仕事を一体誰が監督するのか?その時に国会議員が減っているのですから、本当に誰がするのか何も明らかにしていません。
 この「官僚政治打破」と云う主張も、こどもが親の貧困を引きずり貧困人生が再生産されるのも、国民の困窮も、労働者がまともに就職出来ないのもみな「官僚」が悪いのだという方向に国民の意識を持っていく極めて悪質な主張です。わたし達国民の苦難の原因は他に在るのにそれをきちんと国民に捉えさせたく無いから、逸らすのです。同時にもう賞味期限がとっくに過ぎた自民党が「官僚政治打破」に有効な「反論」が出来ない事を良いことに、自民・民主のどうでも良い「対立」が演じられているだけなのです。

 同じ穴のムジナですから、ちょっと色目を変えたり、臭いをちょっと変えたり、見栄えを変えたりしなければ誰にでも直ぐばれてしまいます。そんな二つだけのムジナ党で国会の全議席を占めたいのです。その為に「国会議員自ら身を切る」等と云いながら国民を騙し、さらに「その上でこそ消費税増税のお願いが出来る」などとふざけたことを実は云っているのです。お願いなんかしないで勝手に国会で増税を決められる、それを目論んでいるのです。


 「国会議員が自ら身を切る」って一体何なんでしょう?歳出削減の為を理由としているのですが、国会議員は本来国民の声の代弁者なんです。議会制民主主義国家においてはこの代弁者が必要なのです。先進諸国に比べて、人口当たりの国会議員数が日本は大幅に少ない。それをさらに減らす事は国民の多様な色々な意見の代弁者を減らす事になるのです。民意を国会に反映させなくすることです。国会議員にしろ、地方議員にしろ、議員は自らの生活維持の為、ましてや儲ける為にすることでは絶対在りません。歳出削減を理由にして議員数削減を主張すること自体、議会制民主主義の本質に反しています。さらに、このような主張をする政党が勝手に「政党助成金」制度を作って国民の税金からピンはねをしているのです。その時には「民主主義のコスト」だ等と云い、その制度の廃止は絶対主張しない。歳出削減ならまずこの予算を日本共産党のように拒否し、国民に対する助成金制度がどんどん廃止され無くなっている世の中なのですから、国民の生活保障の財源にするべきです。

 いい加減だと思われませんか?自民党ムジナのいい加減さはもう判りきっていますが、新たに出てきた新顔のムジナに騙されたら馬鹿を見るのはわたし達であり、こども達なのですよ・・・

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2009年6月24日 (水)

安保条約の廃棄は決してアメリカと喧嘩別れすることでは在りません。平等で対等な日米平和条約を締結すことなのです。それは現安保条約の条項に則っている正当な道なのです。

 日米安保条約を廃棄することはアメリカと喧嘩別れすることとお考えでは在りませんか?それは日米の対立に発展するとお考えでは在りませんか?それみんな自民党政府と自公政府によってばら撒かれた嘘です。
 
 何故嘘か。 日米安保条約にはその解消手続きも記されています。両国のどちらか一方が解消したい時には一年前に相手政府に通告すれば、一年後には解消すると・・・明記されています。
 日本とアメリカが本当に対等な立場で国際関係を構築していくためには日米安保条約は邪魔です。何せ一方的に日本がアメリカの要求を受け入れる条約ですから。
 これを否定なさろうとする人々に予め言います。日米地位協定という法律も在ります。ですがこの法律自体両国が対等な立場で結ばれていません。本体の安保条約は勿論、、日本が対等に口をきける条文規定が在りません。これまでの日本政府がとって来た姿勢のどこにも対等・平等な日米関係は在りません。どこか実際に在ったら云ってみて欲しい。従属以外の何物でもない。日本がお願いする「核の傘」でしょ。
 その従属の証拠はいっぱい在るが、従属ではないという証明は何もなされないでしょう。
 日本の農産物輸入の問題。日本の中小農家の切捨ての問題。日本の食料自給率の問題。日本の国民皆保険制度なし崩しの問題。経済、国民生活全体に亘る規制緩和の問題。どれもこれも、アメリカの利益を招いても日本国民の利益は損なわれています。え!どこが違うと云うのですか?日本国民は利益を受けているのですか?何故アメリカ発の不況の波を世界で一番酷い形で日本国民が受けているのですか?答えて見て下さいよ!

 答えは明らかです。世界中で一番アメリカに従属している日本だから徹底的にアメリカ発の不況の大波を受けているのです。

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大企業正社員までがマイホームを手放す現実と、多くの母子家庭が悲痛な叫びを上げている現実の根っこは同じです。ルールある経済社会の実現と、アメリカべったり政治の転換が必要です。

 アメリカべったりの外交・政治を行っている国、世界で日本ぐらいと言う事ご存知ですか?
 世界中で軍事同盟大事なんて言っている国日本ぐらいであることご存知ですか?
 社会に国民生活を守るルールが徹底して破壊されて全然無いに等しいのは世界先進国中で日本ぐらいだという現実ご存知ですか?
 企業が首切りを勝手に、なんの制約も受けずに自由に出来る国世界の先進国で日本以外にないことご存知ですか?
 働かされ過ぎて死ぬなんて国、世界で日本だけです。その証拠に過労死(ころうし)は訳す言葉が無く世界で有名な言葉カローシ、世界で通じます。

 今日の毎日新聞夕刊のトップ記事に、マイホームを競売に掛けるケースが増加していると書かれていました。記事によるとそれも大企業の正社員などに増えているそうです。
 ことは重大な事態だと思います。マイホームを持つ時には将来の収入を見越し計画して買います。その予想が完全に打ち壊されてきたのです。当然仕事を長く続けていれば収入も増えると考えていたでしょう。それは当然の考え方でした。もし、今、誰かが「そんな事は甘い考えだ」等と云うとするなら私はその人に言いたい。
 「日本経済の好調は国民の大きな働きによってもたらされ、その結果が少しは国民収入に反映されてきたから内需の拡大になり、日本経済を引っ張る牽引車に成って来たのだ。現在でも、国民の内需が日本経済の60パーセント近くを占めている。どれだけ働いても将来の予測が経たないような働かせ方では決して国は栄えない」。
 さらに言おう「成果主義賃金の導入も、非正規雇用労働の全面的自由化も、決して日本の経済力の発展に寄与しなかったし逆にマイナスに成った。導入時の理由、働き甲斐の有る賃金体系、労働者の働き方の自由さと云う意味でニーズに応えたは全くの嘘であったことを今回の事態が証明した」と。成果主義賃金体系は、良い仕事よりも良い評価を受ける事に心を奪わせ、非正規雇用労働は企業がいつでも首切れる、労働者を企業の生産の調整弁にした、これが全面的に明らかに成ったのです。

 日本の歴代自民党政府、ここ十年の自公政府は日米軍事同盟によって日本の平和は守られていると主張してきました。オバマ・アメリカ新大統領がプラハで核兵器の根絶を、自国が現実に核兵器を日本に使用した世界唯一の使用国アメリカの責任に触れながら訴えても、今尚「日本はアメリカの核の傘によって平和が守られている、どうか核の傘をこれからも宜しくお願い」等と云う以外の、何の新しい発想も思いつかい、21世紀の世界の大きな変化を全然見られない愚かな主張だけを繰り返しています。
 ですから、国民がどれ程生活に困窮していても、その家族が、こどもが、年老いた親が苦しんでいても平気のヘイさなのです。アメリカ軍の為にこの三十年間で2兆5千億円もの大金を注ぎ込み、それも日米地位協定には在日米軍の駐留経費はアメリカ側が負担すると決められているのにも関わらず、もっと強く言えば地位協定の決まりと違うことまでして国民の税金を、我が物のように使うことを許しているのは自民党であり、公明党であり、日米同盟こそ日本の大前提を主張する民主党なのです。
 この日米安保条約によって日本は経済的にも、軍事的にも従属させられているからこそ、アメリカ大企業の儲けの為に「官から民へ」の合言葉がまかり通り、何か国民にとって良いことのような錯覚を国民に植え付けたのです。植えつけた当座の張本人は小泉純一郎氏でしたが、彼もアメリカの雇い人でした。
 間から民・・・そこに出現したのは国民皆保険制度の崩壊、それに伴いアメリカの保険会社の宣伝攻勢。
 どこでも全国くまなく在った郵便局の統廃合。
 農業へのアメリカ企業の参入を許す農地法改悪。(だって、住所はどこに存在しても参入できるのです)
 国が責任を持っていたこどもの保育も、それぞれの家庭と保育業者との契約に。
 母子家庭を含め、生活困難な人々への国の責任投げ捨て。(憲法25条の事実上の放棄)

 これらは解決できない問題では在りませんが、政治をする依って立つ立場が変わらないと解決できません。
 アメリカの為ではなく、日本の財界の為ではなく、国民の本当の幸せを考えれば国民の収入を増やし、そして税収を増やし、それを国民の立場に立って使えば国民は幸せに成れるし、当然内需も拡大します。個人商店も、零細企業も、中小企業も栄えます。雇用も大きく拡がります。それが大企業にも波及するのです。

 今まで、わたし達は大企業の繁栄が中小企業にも、零細企業にも、各家庭にも必ず流れ落ちるような事を散々聴かされてきました。でも、いざなぎ景気を超えたというチョッと以前の好景気も実感何も在りませんでした。政府は今度の不況も底を打ったとか云っていますがわたし達国民は何も底を打っていません。底なし沼にはまったようです。これできっといつか、わたし達が実体験できない景気の回復が政府から発表されるのでしょう。
 わたし達はそれを許さない選択眼を持たなければ成りません。
 
 

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2009年6月23日 (火)

足利事件再審決定を心から支持すると同時に、日本人の「火のないところに煙は立たない」式思考回路が今尚多くの国民の中に存在することに危うさを感じます。そのいい加減さが日本国民の政治意識に大きく作用していると思います。

 菅家利和さんの再審が東京高裁で決定されました。
 00年の段階で既に事件当時のDNA官邸が不正確であり間違っているという主張を弁護団はし再審請求をしていましたが最高裁はそれを棄却しました。その時の最高裁の主張「その後の科学技術の発展により新たに解明された事項などを加味して慎重に検討されるべきだが、これ(当時の鑑定)を証拠として用いる事が許される」と菅家さんの無期懲役が確定判決と成ったのです。
 それが覆されようとしているのです。わたしは菅家さんが死刑判決を受けていなくて本当に良かったと思います。もしかしたら、嫌、多分死刑が執行されていた可能性大です。取り返しのつかない結果を招いていたでしょう。

 そこでわたしが問題を感じるのは、17年間にも亘る刑務所暮らしを強制されてきた菅家さんに対して「本当に無罪なのかしら?昔から『火のないところに煙は立たない』って云うじゃないですか。だって自白もしているんでしょ?」。わたしの知り合いの言葉です。
 わたしは「科学捜査にDNA鑑定が取り入れられた直後のまだ未完成な時の鑑定であり、その後の科学の発展でより正確な鑑定が出来るように成って、証拠とされたDNA鑑定の間違いが判ったのですよ。それは当然無罪でしょう?」と言いました。でも次にでてくる言葉は「そんなら、今までに捕まった人もみんな無罪にするべきでしょ?判らないのだから」・・・
 わたしは「解らないのはあなただ!」と言いたく成りました。「あなたが云っている事は、現実に無罪だった菅家さんが釈放された事にまず疑問を抱き、変だと思ったのでしょう?火のないところに煙は立たない、筈だから・・
 それが科学の発展によってより正確な判断が出来るように成ってきた、そこでこの菅家さん有罪の証拠とされた当時のDNA鑑定が不正確で犯罪の証拠に成らない事がこの度明らかになり、同時に警察・検察の取調べがいかに強圧的で強引な取調べであったのかをあからさまにしたのです。今までのひと全員無罪にしろはとてつもなく無関係な事でしょ」と言っても理解できないのです。この自分の「疑問の輪」から絶対抜け出ないのです。

 このちゃんと論理立てて考えることの出来ない、理屈を抜きにした発想法を日本の多くの国民は「体得」させられているのです。直ぐ口をついて出る言葉「難しいことは解んないけどさ・・・」に体現されています。論理だって思考出来ないから直ぐ「難しい事」という言葉に逃げるのです。それが逃避だとも自覚せずに・・・・

 わたしはこの、論議に慣れない逃避に満ちた河原文化、憂さを晴らす文化、同時にうわさの文化とでも言いましょうか、その国民性をとても上手く利用している明治以来の天皇制政府と、戦後のアメリカの占領政策を含め追従する日本の財界と「主だった」政治家の手腕には「敬意」を表しています。でも、わたしは河原者(河原で文化を作ってきた日本文化の創造者たち)文化の発展を目指す継承者として、これからの日本に根ずく発想と思考を巡らします。
 
 世界は大きく変化し国際的(グローバル)な時代です。盛んに政治家も財界も、物知り顔の「評論家」も皆云いますでしょ、グローバルな社会だと・・・でも本当にはグローバルな世界的見地に立った政策を打ち出せないのが日本の政治の現実です。何でもアメリカが決めた事に従い、アメリカが政策転換しても、例えばイラク戦争の誤りをアメリカ政府が認めても日本の政府、「主だった」政治家は誤りを絶対認めない。これが素人相手のことなら問題にもしませんが、一応「政治家」でしょ?それで大金稼いでいる与党の「政治家」、野党の民主党の「政治家」も含め
いい加減は止めてくれとわたしは主張します。政治家のいい加減さ主張の安っぽさは国民に伝播するのです。まあ、それが狙いかも知れないが・・・

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2009年6月22日 (月)

大企業の利益も超越した、人間の存在さえも危うくさせる段階に在る地球温暖化の現実を直視できない日本の財界は世界の人類に対する犯罪的主張を直ちに改めるべきです。

 わたし達は地球上に何故生きていられるのかを知り、その歴史も含めて再認識する必要が在ると思うのです。
それには地球の歴史から知る必要が在ると思うのです。ここにわたしが知る限りの僅かな事実を記します。

 46億年の長い、わたし達にとっては膨大な歴史を持つ地球が出来立ての頃、周りを包む大気は二酸化炭素でした。その地球が10億年経った今から36億年前に、始めて生命体が現れました。その生命体は海の中に誕生した事が解っています。海からチョッとでも身体を出せば紫外線と高い気温で生命はたちどころに奪われました。
 それから生命体にとって長い期間を過ぎた頃、進化の過程を経て、二酸化炭素を吸収する生命体・植物が誕生し、その生命活動によって大気中の酸素の量が増えていったのです。増えると言っても大気を構成する酸素の割合は21%、窒素78%、その他が1%、これが現在でも生命体の維持のためには大気を構成する理想的割合なのです。そしてさらに成層圏まで上っていった酸素が紫外線と衝突しオゾンを生成し地球の周りに薄い幕のようなベールを構成したのです。それは地球が誕生して42億年の長い年月を必要とし、その重要な環境変化が地球上に誕生し海の中でしか存在できなかった生命体を地上に招いたのです。たった4億年前です。

 この気の遠くなるようなスケールで語る地球の歴史の中で、たった300万年前、億単位の年数で言えば地球が誕生してから45億9700万年後、最初の生命体が生まれてから35億9700万年後に始めて誕生した人類という新参者によって地球が破滅的ダメージを受けている事を告発したいのです。大気における炭酸ガスの量が増え続け、地球誕生の頃に迎いつつ在る事、実際に世界的に気温が上昇し異常気象を招いている事。その事の重大な危険性は、土地が水没する事だけでなく生命の維持さえ出来なくなるということです。ここに人類の根本的危機が存在する事です。

 これと財界が何の関係が在るのかを記します。
地球に於ける炭酸ガス排出量の増加は、世界的に産業革命の後から顕著に成ります。
この名前ぐらい知っている産業革命は、働く人間の奴隷労働の異常な残酷さを伴って、年齢に関わり無い強制労働として作用しました。ですがわたしが学んだ小学校、中学校の義務教育の時期にはこの産業革命が果した資本主義社会の完成に対する役目は教わったような気がしますが、その中でのこどもの労働、規制の無い労働時間のことなど、働く勤労者の子供にとって大切なことは何も教わりませんでした。
 これでお解かりでしょう?財界の儲けとは斬っても切れないとても深い関係が在るのです。たった200年ない歴史の資本主義の経済体制と、財界保護「政治家」の存在によってこの地球は壊されかかっているのす。

 わたしは知らないじゃ通らないと私は思います。この産業革命以降、資本家は大資本に成り、みな世界的企業に育った。確かです。わたし達の本当の生活は豊かに成ったのか?世界の国民は豊かに成ったのか?
 新しい電化製品を買った。でもよく考えれば今までので間に合っていた・・・
 新しい車を買った。これからはエコ、税金をおまけしてくれるから。よく考えれば野山に車で出向く事もなかった・・・ 
 エコ商品で得するからと云われて買い換えた冷蔵庫、でも使えてたよな・・・
 
 これがわたし達の望む豊かさなのか?

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2009年6月21日 (日)

世界から批判を浴びた日本の「温暖化対策」二酸化炭素「削減」目標。排出を増やした05年「基準年」論の犯罪性と「国民ご負担お願い」論は日本経団連のかねてからの自公への要求であったことを告発します。

 「世界をリードする目標」と麻生氏が胸を張ったこの度の日本の中期目標値。同時に「国民のご負担についても率直に申し上げます」と語り家計への、もっと簡単に言えば国民も炭酸ガスを「減らす」為に、その費用を負担しろと、国民負担を強調しました。昨日見ていたテレビの特別番組でも討論者の一人が云っていたのですが私には何のこっちゃか理解できなかったのですが「今度の日本政府の中期目標値でも一所帯あたり年間7万円ぐらいの負担になる。これから先国民の収入が増える見込みが無いのにこれは結構な負担になる」とか云っていたのです。結局その人の結論は無いのですが、これも簡単に言えば「今度の日本政府の案が妥当」という認識を国民に与える効果を狙った発言です。
 
 私が6月16日に上げた記事で、日本での「低炭素社会をつくる」法案原案から自動車排出基準項目がすっぽり抜けて、その日に日本自動車工業会が自民党の関係議員にお礼状を出したことをお知らせし、その全文を公表しました。見事なお礼状でしたが、日本経団連は予てより日本の炭酸ガス排出量削減するなら企業だけでなく国民もそれを負担しろと云ってき続けたのです。そのこともかなり以前に私はこのページで告発してましたが、わたし達国民一人一人は自分から願って日本の使い捨て社会と製品を求めたのでは在りません。
 ちょっと昔のテープレコーダーは簡単には壊れませんでしたが現在のテープレコーダーは直ぐ壊れて当たり前でしょう。何もテープレコーダーなんて古い商品でなくても、今は使い捨ての慣習をわたし達国民は持っています。でも、この慣習は国民の中に自然に生まれた慣習では在りません。毎日まいにち広告にさらされ、大して実質は違わない新製品の発売に慣らさせ踊らさせた結果です。わたし達が欲しくなるように仕向けてきた結果です。ここで大儲けする為に企業の戦略に国民を総動員したのです。古いものを大切にいつまでも使う日本の国民的伝統的良き風習をも変えさせられてきた結果です。

 基準年を変えて削減数値を大きく見せたのが今度の日本政府提案です。
05年比だと15%削減ですが、90年比だと8%削減です。この基準年のマジックによって日本は大幅な「世界をリードする目標」を打ち出したのです。でも、地球が求めているのは駆け引きでも無く、マジックでもないのです。本当にこのまま炭酸ガス排出量が増え続ければ46億年の歴史を持ち生命体の存在がやっと可能になった地球をたった二百年ぐらいの資本主義経済体制が根本的に破壊してしまうことになるのです。これが今世界に問われているのです。
 EU諸国(15カ国)は90年から05年までにマイナス2%削減しています。
 日本は90年から05年までにプラス7.7%、増やしているのです。そこから引くことのでは余りにも無責任です。
 要するに、真面目に地球の危機を感じ取らない無責任なしせいです。こんなことを許してきたのは、わたし達の選択眼が大間違いをしていた事になりますが、如何でしょうか・・・ 

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2009年6月20日 (土)

脳死を「人の死だ」と決めた瞬間国会で笑っていた奴等は本当に人間か?

 人間の脳は数多くの百億個とも言われる細胞によって構成され、その脳が人間の意識を決定するのです。決して観念の問題ではなく、物理的脳細胞の働きによって意識も決定されることに気が付いたか、気が付かないかは本人の自由。私に言わせれば唯物論が観念論を凌駕した時だと、それぞれの議員の目的意識に無関係に、人間の精神活動も、極めて物質、脳細胞の働きによる事が証明され、同時に認め時だと思います。

 創価学会とか言う宗教団体をバックにもって選挙活動をする公明党までもが、今度の「臓器移植法」に賛成したのです。これ大変な自己矛盾です。人間の「脳」が反応しなくなれば人間の「死」だと認めたのですよ。
 宗教は人の幸せも考え方、捉え方で不幸にも成ると言うのが原点で、逆に言えば不幸も考え方で幸せに成るはずだったのです。「信じれば救われる」がその最たる主張です。

 でも、彼等はこの「臓器移植法」に賛成し、人間の脳が死ねば、本当に死んでいるかどうかは判らないのですが人間は「死んだ」と結論付ける法律に賛成し成立させたのです。

 脳が機能しなくなれば「死」だと云うのならば、考え的には唯物論の立場です。観念論の宗教とどのように両立させるのか、楽しみですが、人の死を簡単に受け入れられないのが人間ではないでしょうか。少なくとも私は完璧に唯物論者ですが、私は自分の意思に関係なく検体に応じるのは嫌です。それが、新しい臓器の提供を待ちわびている方々にとっては邪魔な意見かもしれません、同時にその方々のお気持ちは充分過ぎるほど理解していますが、私は本人の自覚的意思を大事にしたいのです。年端もいかないこどもの臓器提供も、親の意思で認められてしまうことに反対なのです。もしかすると、その子の意思に関わり無く売られてしまうかも・・・現実に在りますが。
 私は一部の宗教で語られている輸血禁止、それも親の判断で輸血を禁止した為にこどもが死ぬ事件も聴いております。わたしは絶対それも許せないのです。その子には、判断できないのです。観念的に輸血は嫌だと親が思うのは自由です。でも、極めて唯物的、血液の導入に反対しているのです。本当に唯物的事に無関心でそんな事思想的にどうでもい無関心事なら、輸血したって構わないでしょうが。

 横に話しがずれながら、「臓器移植法」は真剣にみんなが考えながら決めることではないですか。決して成立させた時、笑っていられることではないでしょう。

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年金財源を手玉に取るな、自公、民主は余りにも国民を馬鹿にしている。

 国民の支持全然現在は無い麻生自公政府になる前から、日本経団連は一貫して「年金は100%税金で」と主張していました。政府への国民の支持率いかんに関わらず、日本経団連の主張はとてつもなく一本の「筋が通った」主張の貫きが在ります。誰が政府を構成しようが主張は曲げない。

 この姿勢が当然の帰結として結果を出しました。「国民年金法改定」が国会で成立したのです。
衆議院再議決を利用しての成立に賛成したのは自民党と公明党です。
 この法案は、基礎年金の国庫負担を現在の三分の一から二分の一に引き上げる内容ですから国民の味方を主張する日本共産党は賛成しそうに見えますが、日本共産党は反対しました。「何て汚い政党なんだ!」と思われるのはちょっと早計だと私は言いたいのです。
 かつて基礎年金国庫負担を三分の一から二分の一に引き上げる、これも実際は二分の一からその前に三分の一に引き下げられて来たからなのですが、二分の一に引き上げるという理由でわたし達はすでに定率減税を廃止されて来たのです。この時も政権を手に掴んでいたのは自民党でしょ。でも、実際はその増税分の17%しか年金基礎財源に回されなかったのです。後の83%の税収は国民への約束と違うところにいって、雲散霧消してしまったのです。嘘の理由付けで増税したその責任はどうなっているのでしょう。
 
 その責任を無視して今度の衆議院再議決です。国民に対して同じ理由で、今度は消費税がその財源に選ばれたのです。

 私は年金は誰かから決して施して貰うのでは無い!私達が少ないお金の中から積み立てたお金を生涯にわたって分けて受け取るのです。受け取る年齢になっても払い続ける消費税を財源に等、ごまかしでしょ。それじゃ、社会福祉でも何でもないでしょ。

 こんな馬鹿げたことを主張するのは国民の福祉なんて馬鹿馬鹿しいと思う一番の無駄遣いと云う都知事・石原と同じ穴のむじなです。基礎年金に当たる部分を企業は現在負担しています。それが全額、100%税金でと成れば負担が一円も要らなくなる企業は大喜びでしょう。それも大企業は腹を痛めてまで一円も払う事のない、みな税額分を差っぴいた金額を下請け企業に推し付け、下下中小企業にさらに推し付け、零細企業にまで押し付けきれば大企業、例えばトヨタはいくら儲けても一円の消費税も実質的に払わないですむのです。最終的には購入者がトヨタの分も払うのです。
 この国民にとって馬鹿げた方針を民主党は今度の衆議院選挙の公約に決めました。

 ここから先は、わたし達が試されています。それでも民主党政権になれば何か変わりそうだと思うのも自由ですから。
 

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2009年6月18日 (木)

地球温暖化とマルクス・エンゲルスの思想「自然の復讐」が現代に与える警告とソニーの元会長・盛田昭夫氏の発言。

 130年前に書かれた『サルがヒトになることに労働はどう関与したか』(エンゲルス著)の中でエンゲルスは「人間は、労働によって自然を変化させ、その変化を自分の目的のために利用するが、人間による自然の変化は、人間の見込みとは『全く違った、予想もしなかった効果』を生み出すこともある、人間が自然に対して勝ち得た勝利に得意になりすぎると、『その勝利の度ごとに、自然は我々に復讐する』。この『自然の復讐』を防止するためには『我々のこれまでの生産様式と、我々の今日の社会体制全体とを完全に変革』して、人間の生産活動が自然及び社会に及ぼす遠い将来の影響まで含めた規制を実現することが必要である』」。
 130年前に書かれたエンゲルスのこの言葉は現在に置かれた私達の実感ではないでしょうか。地球も壊す社会の異常。
 ここにソニーの元会長盛田昭夫氏の1992年の発言を記します。(『文芸春秋』1992年2月号)
 『日本型経営』が危ないという論文で、これでは世界に通用しない緊急の問題点を発言しています。六点を指摘しているのですが、一点を除いて私は至極当然だと思いました。
 1 労働者を働かせる時間が長すぎる
 2 企業内の分配率、つまり従業員の給与が低すぎる
 3 株主への配当が低すぎる
 4 下請け企業との関係が対等・平等でない
 5 地域社会への貢献に積極的でない
 6 環境保護や省資源対策への配慮が足りない

 ここで盛田氏が上げている問題点は、3を除けば私も納得できます。世界のソニー元会長盛田氏の見解は基本的に正しいと思います。そこまで解っていながら何故改革できないのか。盛田氏は続けます。
 「日本の現在の企業風土では、敢えてどこか一社が改革をやろうとすれば、その会社が結果的に経営危機に追い込まれてしまうような状況が存在している。・・・・日本企業の経営理念の根本的な変革は、一部の企業のみの対応で解決される問題ではなく、日本の経済・社会のシステム全体を変えていくことによって、始めて実現が可能になる」。 何らかの社会的規制が必要だということです。

 今『蟹工船』に続いて本屋さんで売り切れか、平積みされている本に不破哲三さんの『マルクスは生きている』(平凡社新書)があります。これ面白くて判り易くて楽しくて希望が持てる本です。
 その本の冒頭のはじめにと言うところに「ソ連が崩壊した時(1991年)『マルクスは死んだ。資本主義万歳!』と勝どきをあげた人たちが一部にいました。それから八年立った1999年、イギリスのBBC放送が、国内と海外の視聴者を対象に『過去千年間で、もっとも偉大な思想家は誰だと思うか』というアンケート調査をおこないました。調査の結果はカール・マルクスが圧倒的な第一位でした。第二位はアインシュタイン、第三位はニュートン、第四位はダーウィンと、三人の自然科学者がそれに続き、資本主義をほめたたえた思想家は一人も上位には現れませんでした。そして今です。さらに十年たった2009年、貧困と格差、金融と経済の危機など、体制の根底をゆるがす暴風が資本主義の世界で荒れ狂っています。日本でも世界でも、『資本主義の限界』が実感され、『この世界の前途をどう見るのか。マルクスの意見を聞きたい』という声が広がっています」と書かれています。

 わたし達日本人、狭い視や、思い込みでない世界を知らないといけないのではないのかとつくづく思うのです。

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国民無視の悪政のし放題を許したのは私達の選択眼の過ちで、それを逆に利用する国会議員削減論を受け入れたら二度も大きな、それも未来に禍根を残す過ちを犯すことに成ります。

 自民党の伊吹文明元財務相「増税を国民にお願いするには、国会議員自らが身を切るしせいを」。
 民主党鳩山由紀夫代表「議員定数を削減しなければ、消費税増税も国民の理解を得られない」。

 ここには彼等なりの本音も出ているのです。消費税を増税する為の議員定数削減だと言う事です。ところが現実は大違いなのです。国民の理解を得るためではなく、国民の意思を無視して国会で消費税を彼等が必要と思うだけ増税する為に、国会議員の構成段階、国民が意思を選挙で示しても実際の議席に何も反映させない制度をでっち上げよう、これが彼等の本当の狙いです。憲法「改定」もすんなり国会で決まるでしょう。何故なら「改定」賛成党(自民党・民主党)だけが議席を得るからです。そんな時がもしきたなら彼等は絶対云います。「皆さんが選んだ国会の徹底した審議を通じて決まりました」。
 
 もう、何でも彼等の好き勝手な事が決められていくように成るのです。
 
 今現在、国民がリストラされ、ホームレスが急増し、多くの若者を含め明日の仕事も見つからないのは、あの非道な首切り自由な派遣労働全面自由化を国会の多数で法律として決めたからです。どんな議員がこんな大企業にとっては使いかっての良い、働く人にとっては安心して暮らせないどころか、現実に生活できないような低賃金労働を強いられる法律に賛成し成立させたのかを今、きちんと見てみましょう。
 自民党・民主党・公明党・社民党他、唯一反対した日本共産党以外の全ての政党が賛成し成立させたのです。
 自民党は財界から資金を貰っています。民主党も貰っています。公明党は与党入りの直前から今日までに日本経団連と25回も会合を開き日本経団連の要望を聴いてきました。その数民主党よりも多いのです。社民党はただの民主党のコバンザメ。  
 
 国民が自ら選んだ、あの優しそうな顔した政治家、何かしてくれそうに思えた政治家、知り合いに頼まれて投票した政治家、町内会で推していたので投票した政治家、みんな、自らが投票した政治家がこの酷い働かせ方を決めた人達なのです。その選択眼に私は大いに疑問を持ちます。「共産党は嫌だ」「共産党は怖い」その日本共産党だけが唯一反対を貫いてきたのです。

 今度の衆議院選挙で、自民党と民主党は国会議員定数・比例部分削減を公約にしようと、その削減数を競っています。なかには比例全部180削減を目論む人も自民、民主問わずにいます。
 財界からお金を貰い、財界の儲けの邪魔をする人はいません。有利になることをします。
 財界と25回も膝つき合わせて打ち合わせしておいて、財界の気に入らない事をするはずありません。

 現在の日本は誰がなんと言って否定しようが、否定しようの無い貧富と格差が厳然と出来上がった階級社会です。貧乏な家に育った子はもうどこにも一生這い上がれない世界です。認めたくなくてもそれが現実です。そんな社会を許す政治を私達多くの国民は願ってはいなかったけれど、実際には私達一人一人が選んだ、投票した政治家達が生活保護の網も壊したのです。障害者からも「応益負担」の名で金をふんだくる法律をつくったのです。世界一高い授業料の国にもしたのです。無利息の日本育英会もつぶしたのです。そんな筈ではなかった時代にした一端の大きな責任は、私達有権者の投票行動に在ると私は言いたい。

 国会議員定数削減論に騙されるのなら、また大きな決定的ミスを犯すことになるでしょう。
 逆に、この罠に気づき本当に国民の為に成る選択をすれば、暮らし易い社会をこども達にも渡せる第一歩になるでしょう。

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2009年6月17日 (水)

足利「四歳女児殺害」事件。冤罪だった菅家さんが許せても、私には許せない警察・検察の行為。

 菅家さんが栃木県現・石川正一郎警察本部長の謝罪を「会うまでは本部長は怖い人だと思ったが、実際に会ったらやさしい人で、この人なら許せると思った」とご発言していることを今日の朝日新聞夕刊の記事で知りました。
 実際に犯罪を犯していないのに人生の一番あぶらものる時期、十七年半にわたり拘束されそれも人間が最もしてはいけない殺人者の罪を着せられたのです。ご関係のご家族をはじめ周りの人々さえ甚大な被害をこうむったことは想像に難くないです。
 私は菅家さんが当時の警察官、検察官を「私の前で申し訳なかったと言ってくれれば許そうと思う」と仰っても、私は許せない。私は事件の当事者では在りませんが冤罪をつくらないと言う意味で私も発言すことが出来ると思うのです。冤罪は他人事では無く私を含めた国民みんなが巻き込まれる可能性を持った事であり、明日、菅家さんが今まで置かれていた状況に私達も成るかもしれない深刻な問題なのです。
 この足利事件以来、冤罪は無かった等と一体誰が断言で来ましょう。この足利事件以前に冤罪は無かったと一体誰が断言できるのでしょう。もし断言する人がいたなら、その人はいい加減な犯罪的詐欺師だと私は断言します。
 およそ人間が捜査し裁くことですから、その中に間違いが全然無い事は当然在り得ません。しかし、今も続いている警察の非人間的取調べと捜査、検察での警察調書偏重と自白重視がある限り冤罪は無くなるはずもないし増えて当たり前です。
 いくら栃木県警の本部長・石川正一郎氏が「優しい人」でも、それと無関係に冤罪が起こる体制が今の警察と検察の体制の中に確固とした存在として現実に実在しているのです。
 それは国民の「微々たる幸せ」を守る為の体制としての警察・検察が在る訳ではないからです。勿論、一人一人の警察官・検察官の人柄とも無関係です。同時にそれぞれ個人の気持ちとも無関係です。

 この主張には多くの皆さんが疑問をお持ちになるでしょうが事実なのです。
 警察予算の一番大きな部分は公安警察予算です。公安警察は一体何をする部門かご説明致します。
 公安警察は現在の社会体制維持のための部門と言えば判り易いと思います。もっと端的に言えば日本共産党対策部門と言えます。これは東京の警視庁だけでなく全国の警察に張り巡らされた部門です。そして国民に秘密の部門です。試しに、皆さんがお住まいの各県警察本部に電話をして「ちょっと公安に廻して下さい」と言うと、ここはチョッと普通ではない部署である事がお判り頂けます。私は警視庁で試しました。交通課、生活課(この部署の正確な名前は知りません)、でも直ぐ電話を繋いでくれますが、「公安に繋いで下さい」と言いますと、ただでは絶対繋ぎません。ほとんど無理でしょう。たとえ繋がっても「あなたは誰だ?」の質問攻めです。そしてその頃には電話番号も調べ上げられているでしょう。これが予算をいっぱい確保する公安警察です。これと同じように検察庁も、地方を含め、同様の対応をしています。
  
 菅家さんの釈放は素晴らしいニュースですが、警察の謝罪これは当然の事で改めて感動する出来事では在りません。この「感動的」ニュースが独り歩きしてはいけないと思うのです。未だに自公政府、警察、検察は取り調べの全面的開示に反対しているからです。
 
 

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2009年6月16日 (火)

車の温室ガス基準を設ける条文がスパッと削除された自民党の「低炭素基本法」原案。自動車工業会が「礼状」を出していました。

 温暖化対策で世界の足を引っ張り続ける日本政府が国内の「低炭素基本法」を今国会に提出しようとしています。
 この法案は低炭素社会づくりを促す為、国、地方自治体、事業者、国民などの「役割分担と適正かつ公平な負担」を求めるなど取り組みの基本を盛り込んでいます。が、事前の「案」には在った「自動車に対する温室効果ガス排出基準の設定」の項目がきれいサッパリ無く成ってしまいました。
 何故か?事前に内容を知らされた日本自動車工業会はじめ自動車関連団体から削除を求める圧力が加わり、そのため法案作りの関係会合で了承を受けるのに先立ち自民党はこの文言をそっくり削除したうえ案文を提出したのです。11日におこなわれた自民党審議会では出席議員から「法案の中身について、産業界との調整は済んでいるのか」との質問が在り、政調幹部が「調整済みである」と答えて了承されたのです。
 自民党の党内手続きでこの案が了承されたと知った自工会はその日(11日)に自民党の関係議員に礼状を届けました。礼状の全文を記します。

 平成21年6月11日 (社)日本自動車工業会 副会長 名尾良泰
 平素は、大変お世話になっております。
 本日、党の温暖化対策推進本部で、「低炭素社会づくり基本案」(仮称)の構成案が決定されました。
 本件、原案の段階で、「自動車に対する温室効果ガス基準の設定」が含まれておりましたが、お蔭をもちまして、最終案から削除されました。
 その他、全体の構成についても当初の案に比して格段の改善が図られました。
 審議の過程で先生から賜りましたご尽力に心よりお礼申し上げます。本来、拝謁の上、申し上げるげきところ、略儀ながら、書中をもってお礼申し上げます。

 
 ちなみに自工会は自民党に2007年だけで8040万円の政治献金を拠出しています。自動車各メーカーはトヨタの6440万円を筆頭に多額の献金をしています。

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2009年6月15日 (月)

選挙権を持つ私達一人一人が真剣に考えてて投票行動を取らないと、戦後私達が掴んだ民主主義が危うく成ります。

 自民党はそれなりの支持基盤を持ってこれまで60年以上政権を維持してきたのですが、もう今やその支持基盤が余りの自公自らの悪政によって崩壊してしまいました。でも支持基盤を持っていたということは、議会制民主主義の中では大切なことであり、その支持基盤がある為にそう酷い出鱈目は出来ないと言う枷(かせ)を嵌められていたのです。国民の中に入ってそれなりに国民にとって良いことも云わなければ成りませんし、国民の中で反対意見が多い事も無理押しは中々しにくいのです。 
 小選挙区選挙制度の導入も自民党は昔からしたかったけれど自民党だけでは出来なかったのです。
 消費税の導入も自民党は昔から導入したかったけれど単独では出来なかったのです。
 自衛隊を世界に派兵するのもしたかったけれど自民党単独では無理だったのです。

 いまや、これら全部実現しています。自民党の応援部隊が現れたからです。私から言わせれば公明党というおよそ「政党」として認められない「政党」の存在も在りますが、何より最大の事は自民党から分岐した人々と、社会党からなだれを打って合流した人々、民社党何て云う自民党と全く変わらない働く人間の間でうろちょろしていたスパイみたいな人まで合流して新たに民主党が生まれた事です。合流政党、ごちゃ混ぜ政党、この政党は基本的支持基盤を国民の中に持っていないのです。ですから財政的に全くの国営政党なのですが、ここに大きな落とし穴が国民にとっては在るのです。
 もともとの支持基盤を持たない野合の集団ですから、何も遠慮もいらない、何でもしてしまうのです。民主主義を破壊する事でも当面民主党にとって利益があればそれを実行に移すしてしまうのです。
 皆さんも覚えていらっしゃいますでしょ?自民党と構造改革の速さを競っていたのは民主党です。その構造改革は国民の為に成りましたか?元々アメリカの要求から始まった構造改革は、大型店舗法の改悪により個人商店を廃業に追い込み、日本農業の衰退とアメリカじこみの農業経営を日本に持ち込み大規模農家だけ補填するようになりました。この構造改革の速さの競いあいだけ見ても、この政党がきちんとした長期的日本の展望を持っていないことを明らかにしています。さし当たって、自民党がしようとしていることなら、私達民主党はもっと早く実現すると、それが国民にとって良いことか悪い事かは判断せず、ただ押し進めるのです。憲法改定もそうです。自民・民主両党揃って「立法の不作為行為」と同じことを云いながら憲法改定案まで発議できる憲法審査会の設置を強行しました。日本共産党は「国民はこの審査会が無くても何も不自由していない。したがって不作為は無い」と主張しています。
 当然です。もし不作為を問題にするなら、憲法で保障されているにも関わらず最低限度の文化的生活さえ出来ない現実を放置している事こそ立法の「不作為」です。これは現実に国民が困っているのです。
さらに教育を受ける権利が保障されているのに、実際にはお金が無ければ教育を受けられない実態が在るのに
これも明らかな立法の不作為として問題にしない。自殺者が一年間に三万人以上生まれる現実こそ、現憲法に反する事実でしょうに。でもこれらは立法の不作為でなく、。憲法審査会を設置する事は立法の不作為を解決するなどと言うこと事態に、彼等自民党、民主党、公明党などの共通した作為を感じます。
 
 皆さんが、余りの自公政治の悪さから民主党を支持しようとお考えなら、ここに記した記事をよく熟慮して頂きたい。

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2009年6月14日 (日)

息子に言われました「あの世界は退職した後でも権威を振るう世界だから校長とそんなに争ったらこどもの為に成らないよ」。

 そうだよな・・・ そうなのかもしれないな・・・でも、でも・・・・・・
それにつけても、どこでそんないわゆる常識的発想を身に付けたのかい?・・何、当たり前だって・・・・

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国民新党も衆議院比例全廃を選挙公約にしました。この政党比例全廃されれば議席無くなるのですが、それが選挙公約じゃ誰が今度の選挙で投票するのでしょう。みんな右えならいで比例削減に走る異常。

 国民新党なんて誰が代表だかも私知りません。でも、国民が不法な首切りにあい、家族を含め路頭に迷う事態が起き、正規社員も不法な配置転換にあう異常な時代、生活保護も事実上無きに等しくなっているこの国民の苦難の時代に、政治を問う今度の衆議院選挙の公約に衆議院比例代表選挙区全廃を掲げるなどとは一体何なのか。誰がこの公約によって救われるのか。
 国民新党を支持されていた投票者、もしかするとあなた、ご自身がよくお考えに成らないと可愛いお孫さんたちの生活は何も保障のない世界に放り出されますよ。

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2009年6月13日 (土)

大阪で起きた男子高校一年生殺害事件、高三の男子生徒逮捕に想う。

 恋心はもっと小さい時から私は感じていました。初恋と自分で言えるのは小学校の一年の時でした。
 
 この事件は昨日(12日)遺体が発見され同日(12日)容疑者の高校三年生が事情聴取を受け、今日(13日)逮捕された殺人事件です。
 多感な高校生が色々な複雑な思いを持つことは不思議では在りません。当然です。
容疑者は17歳です。新聞に載った被害者の年齢は15歳です。写真は長髪で好い顔した人です。
 非常に悲しい事件だと、被害者は勿論、加害者も含めて関係する人たちにとって悲しすぎる事件だと思いました。 
 最近の事件の全体的特徴として言えるのは、簡単に人を殺してしまうことです。その中の立った一例の事件なのですが、人間を殺す、生きている物を殺すという事の意味を理解していない人々が急増しているのです。それは鳩であっても、鶏であっても、カエルであっても、ウサギであっても、ミミズであっても、野に咲く花であっても、葉であっても、どんな生き物、植物・動物を問わず、自然環境をも含め出来る限り自分の存在が他のものの存立の障害に成ってはいけないのに、特に日本の社会、アメリカの社会は勝つ物が勝つというまるで西部劇のような時代を60年以上作って着ませんでしたか。
 17歳の容疑者の人は、彼女に迷惑をかけると思えた彼15歳の存在を消そうと思った、これが殺人の動機です。この後にくる顛末は何も考えない。
 でも、そんなことで殺人をしてしまう人々がうようよしている世の中に私達は放り出されているのが現実である事をあらためて知らされました。
 皆さんお考え下さい。私達は生き物を心から大切にしなければいけないのだという教育を戦後も受けていません。他の生き物を大切にする事は自らをも大切にすることにつながるなどいう事は勿論何も教わって来なかった。私達の身に付き、教わってきたのは競争の原理ばかりでしたです。 いくら優しい心を持っていても何も評価されない。そして評価だけが唯一の基準点だとすれば、自分で感じる彼女からの評価だけを大事にした気持ちが私には解る。

 この事件は現在の歪んだ日本社会の現実から起こった、被害者を含め容疑者を含め悲しい人々をたくさんつくり出したのです。この事件の発生を私達大人はもしかしたら防げたと思うのです。そこを考えて生きたいと思うのです。国民の生活実態が崩れ崩壊している中でこども達だけ健全に生きろ何て在りえません。私は15歳で命を絶たれた被害者の方にも、17歳で人殺しに成ってしまった加害者にも大人として詫びたいと思います。

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真顔で「カレーライス」と「ライスカレー」のどっちを選ぶかを国民に迫るマスメディアの二大政党推進姿勢に異議を申します。

 ついこの間の朝日新聞夕刊で「二大政党のはざ間で生き残りをかける公明・共産」とう都議会選挙関連記事を読んだのですが、国民の中に「二大政党制当然」論を振りまいてきたのはこの記事を載せた朝日新聞を含むマスメディアではないのか?
 この記事を読むと何か都民の間に自然に二大政党選択意識が在るような書き方だったので、その時不思議な感じを抱いたのです。ちょっと前、5年前には存在しなかった政党がたった4年で「大政党」に成ったのです。
 その政党自身がこの四年間、国民の生活の中に入り、地道な活動をしてきた訳ではないのは明らかです。何故なら政党運営費のほとんど全部が国民の税金を分け取る政党助成金でなりったていることが証明しています。国民に寄り添って政党活動をしている政党ならば国民が飢え死にするような現代日本で、税金を使ってのほほんと政治活動なんて出来ません。
 そんな政党が日本を代表する「二大政党」と言われる一つに成ったのは、国民の自然の意識ではなく、国民が錯覚するような巧妙な仕掛けが存在したからです。例えば立ち上げた個人商店だってたった四年で全国制覇するような商店には成れません。それなのに異常な事態が現実に「企業」に出現したのはライブドアの頃ですよね。
 この頃政治家もマスメディアも「浮かれに浮かれ」ライブドアを持ち上げました。私は社長の正確な名前はもう忘れましたが私の芸名に似ていたのでホリヱモンというのは覚えていますが私が本人を知らないのに覚えているのは報道の多さの結果です。散々政治家からもマスメディアからも持ち上げられたこの人は犯罪人になりました。
 「これからは汗水流して働く時代では無い、お金に稼いでもらう時代だ」なんて云っていた馬鹿な自民党の有名政家かもいましたし、何しろ時代の寵児だったでは在りませんか。私は当時思っていました、捕まる前ですよ、自分はホリヱモンの真似も出来ないけれどまともな生き方ではないからしたくないと。
  
 さて、今マスメディアは今度の衆議院選挙の最大関心事として「政権交代」が起こるのか、起こらないのかを騒ぎ立てています。そんな報道の結果が「二大政党制当然」論を国民の間に錯覚として浸透させているのです。自ら振り撒いた「二大政党」論の種が今萌芽しようとしているのに、私は無関係みたいな、いかにも客観的報道みたいな顔をするなと私は指摘します。ホリヱモンが時代の寵児みたいに言われていた頃の報道姿勢が何の反省も無いから現在も変わっていない。
 戦前の大政翼賛会体制に巻き込まれていった報道の在り方は、戦後各報道機関が集まり大いに反省したはずですが、今や捨て去られてしまった。占領軍アメリカの方針が旧ソ連との冷戦、また新中国の誕生による日本の「赤化防止」方針として変更になったその結果、反省したはずの報道機関も、戦前のアジア侵略に深く関わっていた政治家も、昔からの右翼も・新しい右翼も、みな心を投げ出しアメリカ一辺倒に変化したのです。日本の財界もアメリカ従属の下での利益追求に乗り出したのです。
 一方、民主主義を求める国民の声と運動は弾圧されていくのです。それが現在です。
  
 マスメディアは今現在、私達国民に、「カレーライスが好きか」「ライスカレーが好きか」を問うているのです。
 
 

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民主党鳩山代表「国会定数削減は小選挙区300だけにして憲法を変えるため」。

 民主党の比例定数80削減提案は鳩山氏の著書『新憲法草案』に狙いが明らかに示されています。
「祖父鳩山一郎元首相が選挙制度を小選挙区制に変えようと試みた」ことを持ち出し「憲法を変えるためには衆参両院の総議員の三分の二以上の賛成が必要であり、そのためには極めて安定した与党をつくらなければ成らない」。
 鳩山代表はかねてからの小選挙区論者で細川内閣の官房長官時代に最重要課題として小選挙区制度導入を強行しました。その後も「定数は500から300の単純小選挙区に持って行くべきだ」と主張し続けています。
 前回の参議院選挙の結果を民主党の云う比例定数80削減で試算すると民主党は39.48%の得票数で78.5%の議席を獲得します。四割の得票で八割、倍の議席を獲得するのです。そして自民党の議席と合わせて95%を占めるのです。33パーセントの国民の投票は5パーセントの議席にしか成らないのです。
 現在でも民意の正確な反映がされない選挙制度なのに、これ程多様な民意を徹底して反映させなくする提案は民主主義に対する根本的で重大な挑戦であり、特に議会制民主主義制をとっている国においては国民の政治参加を拒否するに等しいのです。
 どの世論調査でも「自民党と民主党はあまり違いが無い」が圧倒的です。この国民の声を潰し自民党と民主党が国会の議席を独占するようなことを狙う民主党は在る意味自民党以上の恐ろしい政党です。
 消費税増税も憲法改定も好き放題、やりたい放題の国会運営が出来上がってしまうのです。
 しかもこの理由として国民に理解され易い「国会議員自ら身を切る」などという云い方をして誤魔化し、実際はここに示したように民意を削除するのです。
 これを許したら日本の民主主義は終焉します。

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2009年6月11日 (木)

国民にとって本当に怖いのは、こどもより教育委員会に睨まれることを意識した学校長・教頭の根本的姿勢と、従わざるを得ない教員を作り出す教育法制の改悪をした自公・民を批判する。邦楽教育「重視」が日本の軍国主義化のオブラートに成っているとしか考えられない事実をご報告します。

 私は文化庁の委嘱事業「伝統文化こどの教室」を実際におこなってきて、今年も文化庁の事業として支援(国民の税金)を受けました。私が開く教室の名前は「ヤサヱモン座三味線教室」と言います。
 一年間、正確には9ヶ月を要して毎月二回、18回の教室を開きこども達が三味線を弾けるようにしてきました。
 今日は、一つの小学校と一つの中学校に昨日コンタクトして訪問し各校の校長にお会いし「こどもたちに三味線を教える文化庁の委嘱事業をしています。ついては全校児童・生徒にその案内チラシを配って頂きたい」と要請に行きました。
 開口一番言われる事は「教育委員会の推薦書きが無いと児童・生徒全員に配る事は出来ない」。
私の質問「それは教育委員会の決まりですか?」。
答え「決まりでは在りませんが、教育委員会からきた文書なら皆に配布します」。
私の質問「それは当然でしょうが、これは教育委員会も含む文化庁の事業なのです。それなのに教育委員会の推薦は要らないと思うのですが?」
答え「配れない」。

 小学校の校長は私の「こどものことを第一番にお考え下さい。こども達が日本音楽に触れられ機会なのですから、是非こどもたちにこのお知らせのチラシを全校児童に配布して頂きたい」と言う願いに応えて下さいました。
 ですが中学校の校長はこれから教育委員会に問い合わせて、それでも尚「クラスに数枚のチラシを置くことなら認める」と云うのです。私は拒否したのです。散々教育委員会に問い合わせ、結果としてあくまでも生徒全員配布には応じないと云うのなら「この学校にはお願いしません」と席を立ってきてしまったのです。何故なら、お許し下さい、私は教育者では在りません。自分で素敵だと思った長唄三味線を弾き生きてきただけの芸人です。自分の「上」の部署も、自分を点数付ける部署も私には無い。生活を保障してくれる部署も無い、全てが自分の責任、今はやりの変な「自己責任」ではなく本当の意味で自分の力で切り開いてきた人生。それも文化庁と言う校長にとっては大きなバックが在る事業の募集のチラシさえ自己判断で配る事が出来ない、いちいち教育委員会にお尋ねしなければ答えが出せない貧困さ。昔なら馬鹿としか言えないような人が教育現場の一つで明らかに馬鹿げた対応をしているのです。
 ここから私が感じた事、日本音楽重視は形だけのこと、日本が軍国主義に再び成っていく過程の国民騙しのオブラート。日本音楽を本当に普及させようと考えているのなら、真剣に取り組むべき事業です。だが現実は本格的に予算をとり体制をつくる事何もしません。唯一の事業がこの文化庁の事業だけです。
 これまでに参加したこども達の生き生きとした姿を見ていて本当に力を貰いました。こども達は三味線を心から楽しんでくれるのです。だが、教育委員会の権限を強め、教育委員会を重視する政府の立場は、現場の教職員を萎縮させ、自分で判断する事を物凄く恐れ「お上」の意向ばかりをきにしています。これで自立したこどもが育つはず在りません。
校長は云いました「大体から中学生は全員部活に入っていて、土曜も日曜も部活で時間が在りませんから無理ですよ」。たわけ!色々な可能性が在る中学生、それなのに一つの部活で縛りつけるどこに教育として意味が在るのか。こどもを疲れさせて非行に走らないようにさせるといった昔から、非行は減らない。確実に変化してきたのは自分の頭で考え、正しいと思ったことを堂々と言えるこどもが少なくなった事。
 上の顔色をうかがうことは、人間として恥ずかしい事です・・・

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2009年6月 9日 (火)

そして・・今日はへとへと・・・・

 いい演奏が出来て、喜んでいたら今日はへとへとです。
新しい記事も立ち上げたのですが、それがココログの問題で不発・・・更にガックリ・・・

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2009年6月 8日 (月)

脳手術後、初めて自分で納得が出来、お客様に満足して頂ける演奏が出来たことをご報告します。

 いつも舞台には真剣に向き合ってきたのですが、ここ十年以上自分で納得が出来、お客様にも満足して頂ける演奏ができなく、心苦しい思いを抱き続けて来ましたが、昨日の演奏会でやっと、自分でも納得のいく舞台をつとめられたことに心から嬉しく思っております。
 三味線が思うように弾けなくなってから悩む事十年以上。うつ病にもなりました。そのうつ病は根本的原因が取れたにも関わらず中々完全には治癒しない厄介な病気です。今の社会はうつ病の患者を増やし続けていますがいったんうつ病になった人は、状況が改善されても中々全治しにくいと私は経験上思うのです。罪な社会です。
 昨日の演奏は私自身が納得のいく、これが現在の自分で出来る、そして今までにも無い最高に近い演奏だったと満足しています。
 嬉しかった・・・
 芸に完全は在りません。いつもその上、その上を目指してそれでも到達点が無いまるで職人の世界です。
やっと、私もその世界に戻れた実感を意識できた昨日でした・・・とても嬉しかったのです・・・

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2009年6月 6日 (土)

防衛政策立案段階から自衛隊制服組幹部(戦争指揮官)を参加させるって、どう考えても憲法違反です。こんな無し崩しを許すこと出来ません。

 憲法は「戦力の保持」を禁じています。それなのにアメリカの要求で警察予備隊が出来・保安隊ができ現在の自衛隊が出来た。生まれも育ち・教育もアメリカ仕込みですから現在はすっかりアメリカ軍の補完部隊です。
 一国の防衛政策はそもそも時の政府が決定する事ですが、日本には苦い経験が在るのです。
 それは国民に選挙権も何も無い、国民が選択出来る余地が全然無い国民無権利の絶対的天皇制政府の時代に起きました。
 「神の国日本」は最近でも云った首相がいました森元首相ですが、国民の多くがそのように思わされていた時代に、戦うことしか知らない軍人が政府権力の中枢を握ったのです。そして皆さんも良くご存知の忌まわしき太平洋戦争にまで突き進みました。
 終戦を迎えた日本には、人によってはアメリカによる押し付け憲法だとも云いますが現在の日本国憲法が誕生したのです。その憲法が施行された翌年に警察予備隊が誕生したのです。アメリカの押し付け憲法論者、まあ簡単に言えば右翼は戦後の教育もアメリカの押し付けによる「自虐思想」で塗り固められ、その最悪な集団が日教組であると云います。彼等の主張を聞くと戦後の日本人教育にもアメリカの大きな押し付けが在ったという事です、よね・・・その彼等右翼はどこで勉強してきたのでしょう?私と同じ当時の「日教組が支配する」教育を受けてきたはずです。でも彼等は右翼で、私は日本共産党員・・・何故か?
 答えは簡単明瞭です。右翼的意見の人は結構いますけれど日本共産党を支持する人はそんなに多く在りません、そうでなければ自民党のように憲法改定を党是とするような政党が政府権力を持ってい続ける訳在りません。
 だって教育こそ本当に人間を変えてしまう力を持っているのですから。この戦後間もなくから教職員には「教職法」とか色々な教師の思想弾圧の法律が出来、伸び伸びとこども達の状況に対して先生が細やかに対応する事が出来なくなっていたのです。ここから判明する事は戦後、右翼の云う「偏向教育」はされていなかったという事実です。これらの法律を成立させたのは自民党であり、最近戦後できた教育基本法を改定したのは自民党と公明党です。現実の国民生活の中で、右翼の云う「偏向教育」が一体どこに現れているのでしょう。
 今現在、若くして自ら命を亡くす人を含め年間三万人以上の人々が自殺しているので。更にこの状態が十年以上日本では続いているのです。
 話しが飛んでしまったと思われるかも知れませんが、直ぐ結びつきます。
 この自民党政府でさえ、国民を前にしては憲法否定の発言は出来なかった、当然です。ですから自衛隊を作った時から一貫して「専守防衛」とお題目のように云い続けてきた。そして「文民統制」とも云い続けてきた。
 その、お題目の「文民統制」が今現実に崩されようとしているのです。
 一国の国防政策を立案する時点で、戦闘服を着た人間が参加して、文民と同等の権利を有すれば戦闘服の意見が勝ちます。当たり前です。「お前等戦闘を知らない奴がなにをぬかす」という声の大きさと態度の威圧感で文民はもの言えなくなるのです。

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2009年6月 5日 (金)

犯罪抑止の為、監視カメラを住宅地に設置すると云う警察庁の方針に真っ向から大反対します。

 皆さんお考え下さい、私達の生活行動が犯罪抑止の理由で百パーセント警察に監視されるのです。
いやいやそれは違う「犯罪が起こった時にその映像を使うのだから結構なことだ」ともし思われる方へ・・・
 今私達が生活している世の中は、お互いの信頼の上に成り立っています。それは近代社会の世界的在り方として定着しています。千葉県市川市でアンケート調査した結果は、監視カメラ設置に65パーセントぐらいの方々が賛成し、35パーセントくらいの方が不安を危惧したと新聞報道で知りました。
 それに対する警察庁の見解は「この実験的措置に対する市民の様々な意見を聴きながら、改善点は改善しながら全国に広めていきたい」。これ最初から監視カメラの全国的設置を表明しただけです。「様々な意見を聴きながら」「全国的に広めて」いくと云っているのです。決してこの措置が実験的な措置では無い事を明確に表明しているのです。
 最初の設置点は一つの学校のそばに25かっ所の監視カメラを設置する。近隣の住宅は写らない様にするというのですが、賛成した市川市・市民の意見には「落書き防止にも役立つ」が含まれているのです。
 個人住宅の少なくとも落書きできる所・塀は写っていなければ防止できません。
 一番重大だと私が思うことは、警察庁が全国的に措置を拡げる事を図らずも表明している計画なのに犯罪抑止の為のそれ以前の措置、国民監視システムと思われてもしょうがない監視カメラ設置の措置以前の措置が根本的にほとんどとられていない事実です。
 皆さんのお住まいの近くにも薄暗くて通りたくないような道在りませんか?ありまっす!
これらの対策もしないで、いきなり税金投入による監視カメラの全国的設置なんてちょっと唐突です。
 この警察庁の本当の狙いが透けて見えるのです。警察庁は最近、かつては本来犯罪に成らなかったことも犯罪だとして逮捕し、検察庁が起訴している事実が多数あるのです。このような状況の中で出てきた今度の措置は、この現実を知らされていない人か、或いは判っていて無視する人除けば決して受け入れられることでは無いと私は思います。
 こどもを対象とする犯罪発生件数がこの十年の間でどのように変遷し、学校近くが犯行場所としてどのように多くなっているかも情報開示されていないで、いきなり監視カメラです。明らかに手抜きです。
 この手抜きは警察庁の明らかなミスです。私達国民はこの手抜きミスを見破り何故監視カメラなのかを追求しないと、本当に国民監視政治を招くのです。日本ではそれ程のんびりした状況では無いのです。

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2009年6月 4日 (木)

ご自分のうまれた国の芸、どのように思われますか?

 私は日本の伝統音楽「長唄」を専門にし、その中でも三味線弾きとして活動しているのはご存知かと思いますが、私達音楽とかをする人間は昔から「芸人馬鹿」と言われ社会のことおよそ知らず考えないのです・・・
 その付けが今私達の世界を襲っています。国民の多くがただ食べることでさえ精いっぱいの社会に成ってしまったのです。生活以外のことを中々楽しめる時代では無くなってしまったのです。ですから東京芸術大学を卒業しても私達の後輩の多くは食べていけないのです。
 これは東大を卒業しても、有名大学を卒業してもその学歴だけでは食べていけない。当然それなりの能力が要求されるでしょう。でも現実は、本当に能力を持っていても就職出来ない、これが現在の社会の現実です。私達がしている芸は、今日食べる物を得、それで満たされる生活とは離れた心の豊かさという、実際に呼吸をし身体に栄養物を吸収する分野とは違う、高度に発達した生き物だけが持つ特殊と言えば特殊な分野なのです。生活を行うという生活事態とはちょっと別の分野なのですが、動物の中でも高等動物と言われる霊長類、高度に発達している人間にとっては健全に豊かにに生きる為には必要な大事な分野なのです。人間が生きる上での大切な要素なのですが、それらは真っ先に削り取られてきているのです。
 猿にもうつ病が発症する世の中です。それらは現代病とも言われますが、現実には生をこの地球上に受けた者にとっては生きづらい世の中が大きく影響しているのです。猿も可愛そうです・・本当に。実は物言わない他の動植物もそうなのです・・・この現実に私達は気づき、何故そうなってしまったのか、ここまで想像力を働かせ、今何が芸人として出来るのか、そこまで考え芸人活動しないと現在を生きる芸人としての役割を果せないと思います。 
 本当は人間としての実に豊かな想像力を持つ「芸人」が存在しなければいけないのです。
 チョット考えれば解る事なのですが昔から芸人は当時起こったことをその場で題材にし翌日には舞台に掛けたのです。これがニュース性を伴いながら出来事の裏の真実味をおびた状況まで表現する、それこそが庶民に愛された日本芸能の原点だったのです。事実を面白おかしく伝えながら、幕府の弾圧を受けないように登場人物の名前も微妙に変えながら徳川幕府への批判を風刺するように表現したのです。これで庶民から大喝采され支持を得てきたのです。今までのいつの世も庶民は苦しめられ続けてきたのです。この庶民の中から生まれた芸人、例え乞食役者、乞食芸人云われても庶民を味方に生まれた芸だからこそ日本の伝統芸能と言われるほどの生命力を持ってきたのです。
 
 でも、現在「芸人」と呼ばれる事さえ心理的に拒否する人が「名人」と云われる人も含めてのほとんどです。何も想像しない想像力の欠如した本当の「芸人馬鹿」、「役者馬鹿」ばかりです。ただ先人のしてきた「かたち」を踏襲するそれで精いっぱいなのです。庶民の直面している深刻な現実はそれ、そのまま、何も感じないし考えない。
 ですから後の世まで残るだろうと思われる作品がなかなか出てこないのです。

 私達の芸の後継者が現実に生活できなくても、「自分のこどもは生活できる」「私は贅沢できる」、ここから一歩も先を考えないのです。本当は先じゃ無いですね、芸の根本、何故芸が人間社会の中で存続し存在し、芸人が生活する事を許されているのかを何も思考しない芸人ががいっぱいになっているのです。私達が昔のように現代にぴったりした作品を作り出そうと努力をしていないのです。これでは本当に「古典芸能」になってしまうのです。

 過去の先人たちは、歌舞伎役者で言えば明治天皇制新政府時代に政府から命じられたことを有りがたがって黙って受け入れ、自ら私生活では「これからは洋服の時代だ、着物を着用しないぞ」と実践した有名な当時の「名優」もいました。これからは敵討ち物、仇討ち物、戦国武勇伝ものしか歌舞伎で上演してはならぬ、庶民の心の機微を表現した「世話物」など、例えば近松門左衛門の作品などは上演禁止と云われれば「ヘイごもっともです」と云わんばかりに上演しなくなった。同時に「たかが歌舞伎役者」が政府の役人に登用され喜んでいたのです。
 
 そんな時代を経て、あの太平洋戦争の時は、私の師匠を含め多くの先輩達が兵隊に徴集され、数多くの人々が戦地で死にました。残っていた先輩達は「八紘一宇」とか「「桜咲く国」とか国策曲をつくった苦い経験が在るのです。でも、今その時代を生き抜いた私達の社会の先輩たちには、今現在も後悔の念は勿論反省の思いも皆無です。それどころか、今進められている伝統文化見直し教育制度を大喜びしているのが現実なのです。文部科学省が出す学習指導要領に今年「長唄」という言葉が入っただけで大喜びする、それが確かに邦楽教育の充実に努力してきた多くの先輩たちの長年の努力の結果である事を私絶対否定しません。でも、現在の文科省「邦楽教育取り入れ」は、日本の愛国心教育と裏腹の位置にあり、単純に喜べることでは無いのです。でも、そこを見抜き、愛国心のオブラートではない本当の自国の芸を大切にする教育を求める声は私の身近からは全然聞こえてきません。

 私は芸人こそ社会の在りよう、社会の現実に敏感でなければ成らないと思います。鈍感ではいけないと・・・

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2009年6月 2日 (火)

現憲法は「アメリカの押し付け憲法だから改定しよう」と云う人たちの根本的矛盾。60年以上続く現在のアメリカの押し付け経済・政治には何も触れもしない。こどもも騙されない手法です。

 日本国民が現在置かれている、生活できない人々が増え続ける悲惨な状況も、国民が健康保険の本質である安い医療費負担で健康を保てるというを実質を失ってきたのも、高齢者が年齢によって区別された保険制度に成ったのも、日本が農産物を生産するのに地球上最適な気候を得ているのにも関わらず食料自給率が40パーセントなのもみなアメリカと結んでいる日米安保条約のせいです。
 そしてまさに憲法第9条と密接に関わる自衛隊の存在、日本の米軍基地の問題全てがアメリカの押し付けなのです。それに唯々諾々と従ってきた自民党政府・自公政府の、飼いならされた犬のように飼い主には逆らわない事を生まれつき持っていた性格のように見せている国民に対する不誠実な態度、それこそまさに今現在問題視すべきです。
 だが、現憲法を「アメリカの押し付け憲法」だと主張し、それを唯一の根拠にその改定をあたかも正当性の在る主張のように主張する人々は現実のアメリカ従属、押し付けには一言も絶対物申さない。一体あなた達は何を日本国民に対して目論んでいるのか。
 軍備ももっと持つべきだと彼等は云う。彼等は現憲法が施行された翌年にアメリカが警察予備隊を日本に作らせた事実を絶対知っている筈だし知らなければならない。それが保安隊に成った事実も知っている筈だし知っていなければ成らない。それが現在の自衛隊に成り、年間5兆円もの予算を確保する世界有数の軍事費大国になったことは当然知っています。ですが、これら憲法改定もアメリカの要求であり、憲法に反する日本の実態もこのアメリカの要求に従ってきた日本の政府の行動の結果であり、アメリカの押し付けの事実の結果です。彼等はこの事実を、史実を知っているが国民にひたすら隠す。だから一言も触れないのです。
 彼等憲法改悪賛成派は、「日本よ、我が国(アメリカ)と世界中で共に戦争できる国を速く作れ」というアメリカの現実の押し付けにただただ従っているだけの、今自分は日本国民の為に何をするべきかを自らに問えない、非常に歪んだ思想の持ち主です。

 もう一度念を押します・・・皆さん、憲法を変えようと云う人たちは、現在の日本の状況、農業、水産業の現実に何も意見を云いませんでしょ。労働者が不安定労働を強いられている事を何も問題にしませんでしょ?お年寄りが「後期高齢者」と呼ばれる事を何も問題にしませんでしょ?  ここに全てが現れているのです!実は物凄く卑屈で耐え難い存在の人間達なのです。
 

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2009年6月 1日 (月)

新自由主義の敗北宣言記念日、アメリカゼネラル・モーターズの倒産と国家が大株主になった日。

 アメリカが新自由主義を世界に押し付け日本では竹中とか云う「学者」がお喋りし、小泉純一郎とか云う政治家が竹中を使いながら「構造改革」「郵政民営化」とかで日本中を大フィーバーさせ国会の現在の自民党の衆議院議席を掠め取った。みなさん覚えていらっしゃいますでしょ。多くの皆さんが支持なさったからです。それが今日、アメリカ発のニュースで破綻、駄目に成ったのです。新自由主義は駄目に成ったのです。
 そもそも新自由主義とは何だったのかをお話ししますと、企業の経営に国は立ち入るな!企業は自由に経営をして、そこでこそ発展していける。だから国の制約など持っての他、自由に経済活動をさせろ。労働者をいつ首切ろうが、労働者の賃金をいくら安くしようが一切企業のやる事に口出すな!企業の行動に関して国は無関係、無視を貫け、この馬鹿野郎、みたいな思想です。
 それは「構造改革」という名で日本に浸透してきました。導入者は小泉純一郎でした。ブレーンは竹中平蔵でした。世界で近代経済学のケインズの理論が排除されたあと世界を席巻したのがこの理論でした。
 新自由主義、ネーミングも良いですね、何か自由が私達にも在りそうで・・・結局私達が得られた自由は保育園にも行かせられない自由。幼稚園にも通はせられない自由。正社員に成れない自由。不安定な仕事に就く自由。結婚できない自由。だからこどももつくれない自由。親の老後の世話も出来ないほど不自由な生活をする事の自由。自分が歳をとって働けなくなったら生活にさえ不自由する自由。ここに何の本当の自由が在るのですか?みんな不自由な事ばかりです。結局私達庶民の自由は無関係で不自由を強いる社会に成ったのです。私達庶民は何も自由がなくなり、そうせざるを得ない日々を強制されただけです。
 でも、私が今日記念日だと言うのは、あんなに企業経営に口を出すなと云い世界に押し付けてきたアメリカが、GMという会社の資本六割もアメリカ政府が持つ「国立企業」にしたことです。これが新自由主義の本質を現しています。儲ける時は自由にさせろ!危なくなったら国が助けろ!
 これが破綻した記念日です。

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沖縄の米軍新基地建設の環境影響評価(アセス)準備書を書いた専門家は一体誰か?

 沖縄県辺野古に日本政府が国民の税金で作ろうとしているアメリカ軍最新鋭基地が、自然環境にどのような影響を及ぼすかを調査した準備書を沖縄防衛局が提出しました。
 防衛局は云います「専門家などの指導助言を得ながら検討した」と・・・
 さて20人ちかい指導を受けた「専門家」のリストが情報公開で明らかになっているのですが、一人残さず黒塗りリストで一体誰なのか判らないのです。これでは全然リストになっていないのです。
 5月26日の沖縄県議会でのやり取りを記します。
嘉陽議員 「ジュゴンの保全措置をいうが助言したジュゴンの専門家とは誰なのか?環境省に聞けば『日本には本当に意味でのジュゴンの専門家はいない』という。ジュゴンが守られる保障がどこに在るのか?」 
防衛局担当者 「専門家などの指導助言を受けつつ、ジュゴンの行動に影響を与えないように検討した」
嘉陽議員 「専門家は誰か?」
防衛局担当者はただただ準備書の説明をするだけで専門家の名前を明らかにしません。
前田議員 「サンゴは移植方式でと『専門家』は云っているそうだが、日本サンゴ礁学会では『移植技術は未確立』としている。この専門家は誰なのか?」
防衛局担当者 「埋め立て区域のサンゴ礁を可能な限り移植し、保全に努めることとし・・・」
前田議員 「説明はもういい。専門家は誰なのかを聞いている!」
 
 沖縄県ではかつても専門家の名前を明かさないアセスが在ったのです。新石垣空港建設に向けての時でした。
沖縄県の云う「専門家」が、「そこにはサンゴが無い」と云っていたのですが県議らの調査でサンゴの存在が明らかに成った事があるのです。後から判った事ですがその時の「専門家」は琉球大学の学生でした。
 
 結論先に有りのこんないい加減な調査で本当に良いのでしょうか。ジュゴンの命もサンゴの命も、大体から人を殺す為の基地を作ろうとしている人たちにはきっと無関係なこと、馬鹿げたことに思うでしょう。でも、世界はそのような人たちの感覚を全否定する方向、地球上のあらゆる生き物と共生する時代に成ってきているのです。世界から戦争を無くし問題を平和的話し合いで解決する時代になってきたのです。
 専門家の名前まで、本当なら隠す必要性は無いし、そこを隠してまで基地を作ろうとする集団の人間的進歩の無さと頽廃を感じます。

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