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2009年6月22日 (月)

大企業の利益も超越した、人間の存在さえも危うくさせる段階に在る地球温暖化の現実を直視できない日本の財界は世界の人類に対する犯罪的主張を直ちに改めるべきです。

 わたし達は地球上に何故生きていられるのかを知り、その歴史も含めて再認識する必要が在ると思うのです。
それには地球の歴史から知る必要が在ると思うのです。ここにわたしが知る限りの僅かな事実を記します。

 46億年の長い、わたし達にとっては膨大な歴史を持つ地球が出来立ての頃、周りを包む大気は二酸化炭素でした。その地球が10億年経った今から36億年前に、始めて生命体が現れました。その生命体は海の中に誕生した事が解っています。海からチョッとでも身体を出せば紫外線と高い気温で生命はたちどころに奪われました。
 それから生命体にとって長い期間を過ぎた頃、進化の過程を経て、二酸化炭素を吸収する生命体・植物が誕生し、その生命活動によって大気中の酸素の量が増えていったのです。増えると言っても大気を構成する酸素の割合は21%、窒素78%、その他が1%、これが現在でも生命体の維持のためには大気を構成する理想的割合なのです。そしてさらに成層圏まで上っていった酸素が紫外線と衝突しオゾンを生成し地球の周りに薄い幕のようなベールを構成したのです。それは地球が誕生して42億年の長い年月を必要とし、その重要な環境変化が地球上に誕生し海の中でしか存在できなかった生命体を地上に招いたのです。たった4億年前です。

 この気の遠くなるようなスケールで語る地球の歴史の中で、たった300万年前、億単位の年数で言えば地球が誕生してから45億9700万年後、最初の生命体が生まれてから35億9700万年後に始めて誕生した人類という新参者によって地球が破滅的ダメージを受けている事を告発したいのです。大気における炭酸ガスの量が増え続け、地球誕生の頃に迎いつつ在る事、実際に世界的に気温が上昇し異常気象を招いている事。その事の重大な危険性は、土地が水没する事だけでなく生命の維持さえ出来なくなるということです。ここに人類の根本的危機が存在する事です。

 これと財界が何の関係が在るのかを記します。
地球に於ける炭酸ガス排出量の増加は、世界的に産業革命の後から顕著に成ります。
この名前ぐらい知っている産業革命は、働く人間の奴隷労働の異常な残酷さを伴って、年齢に関わり無い強制労働として作用しました。ですがわたしが学んだ小学校、中学校の義務教育の時期にはこの産業革命が果した資本主義社会の完成に対する役目は教わったような気がしますが、その中でのこどもの労働、規制の無い労働時間のことなど、働く勤労者の子供にとって大切なことは何も教わりませんでした。
 これでお解かりでしょう?財界の儲けとは斬っても切れないとても深い関係が在るのです。たった200年ない歴史の資本主義の経済体制と、財界保護「政治家」の存在によってこの地球は壊されかかっているのす。

 わたしは知らないじゃ通らないと私は思います。この産業革命以降、資本家は大資本に成り、みな世界的企業に育った。確かです。わたし達の本当の生活は豊かに成ったのか?世界の国民は豊かに成ったのか?
 新しい電化製品を買った。でもよく考えれば今までので間に合っていた・・・
 新しい車を買った。これからはエコ、税金をおまけしてくれるから。よく考えれば野山に車で出向く事もなかった・・・ 
 エコ商品で得するからと云われて買い換えた冷蔵庫、でも使えてたよな・・・
 
 これがわたし達の望む豊かさなのか?

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