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2009年7月18日 (土)

日本共産党の何しろ一番駄目なことと云われる「民主集中制」に付いて想いを書きます。

 わたし達は「多数決」を何も不思議に思わないで認めていませんか?
 逆の言い方をすれば、色々な意見の人々が存在する社会で何かを決めより多くの人々が安心して暮らせるルールを作るときに、力の強い者、金をいっぱい持っている者の意見がルールに成っては多くの人たちが困ります。

 当然どの様な意見が多数かを問題にします。これが簡単に言うと「多数決」です。
でもその「多数決」にも大前提が当然在ります。あるルール作りをするのにどれ程、少しでも多くの人々が自らの問題として思考し熟慮する時間が存在したか、お互いに意見の違う意見交換交換が自由に行えたか、その大前提と条件が多くの人々の共通の理解として存在したのならば「多数決」は民主主義の要に成ります。

 多数決できちんと決まった事に「俺は反対だったから従わない!好き勝手をする」これはどう考えても通用しません。民主主義の根幹に関わる事です。

 政党というのは本来同じ志を持った人々が集まり、その志を如何に実現していくか、そういう政治集団です。
 その意味でも「綱領」を待たない政党とはいったい何のために集まった政治集団なのかが真実判らないのです。政党の「綱領」とは、日本で言えば日本の政治をこのようにすると言う政党の目的を表明した文書なのです。
 例えば自民党は綱領を持っています。「自由主義を守り、憲法を改定する」「日本から共産主義を排除する」。

 私とは立場こそ違いますが立派な「綱領」です。

 民主党は綱領を持っていません。公明党も綱領を持っていません。社民党も綱領を持っていません。

 綱領を待たない政党は何をこれから目指し、何をするのか国民に明らかにしていないという事です。
 日本共産党は結党の時から、日本がアジア侵略戦争に突き進んでいく時代の中で当時「この戦争はアジア侵略戦争であり戦争絶対反対」「天皇主権を廃止し国民主権の国を作る」を綱領に掲げ成立した政党です。
 この綱領の内容は戦後の日本に実現しました。

 「民主集中制」に話の原点を戻します。
 多数決が民主主義の根本的柱だとすれば何も問題に成らないことなのです。「私は賛成しかねるから行動を共にしません」なんて勝手な行動を認めれば政党としての存在意義、綱領の意味も無きが如しです。それぞれの個人が、多くは個人ではなく国会議員であったり、地方議会議員である場合が多いのですが最初に掲げた党の綱領を認め党員に成った人が、民主的討議をへて政党として決めたことと逆の行動をしたならば、いったい政党とはなんなんだと思われます。

 私は一日本共産党員ですが、これから先何年間かの方針を党大会で決めるに当たり、その中央委員会・幹部会報告原案を数ヶ月前に全党員及び赤旗読者に明らかにし意見を求め、党組織の最小単位・一番国民と接している支部会議で討議してそのあらゆる意見を賛成・反対に関わらず中央に上げ、それでまとめ直した大会当日の報告げ出来上がり、それでも尚、大会の会議場での新たな党員の発言をふまえ修正し日本共産党の大会決定、運動方針が議決し出来上がるのです。これって、民主主義のお手本ではないでしょうか。ですから全国の党と一体に成って活動していますから、選挙で勝った・負けたで志位さんが責任とって辞めたりしないのです。

 こんな政党日本共産党以外に日本に存在していますか?
自民党は自分達が担ぎだした「切り札」麻生下ろしに躍起に成っています。
民主党は国民の納得できない「前代表」「現代表」の説明を国民に押し付けているだけです。

 そんな民主党にでもすがろうと想う国民の切実な声を聴け!と私は政治家に問いたい・・・

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