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2009年10月30日 (金)

「派遣労働禁止が、国民の雇用状況をもっと悪くする」などと「真顔」で喋る本当に悪い人たち。政治は何の為に在るのか?

 今日のフジテレビの番組で、コメンテータが云っていました。
「バブルの時期でも企業に正社員として入れる人は少なかった。現在の経済状況ではもっと少ないだろう。派遣労働が認められなくなったら今派遣で働いている人の多くが就職出来なく成るだろう」。

 これって派遣労働を禁止したら失業者がもっといっぱいになるぞと云っているのです。

 これ嘘です!
 断言します!

 企業が仕事をし儲ける為には生産活動をしなければ成りません。
当然直接生産に従事する人手、労働者が必要に成ります。

 少しでも多く儲けたい企業にとって安い賃金が一番です。
 更に一時金も払わなくてすみ、企業としての社会保険の負担も無い労働力なら最高です。
 おまけに、首切りが自由に出来る労働力ならば万々歳でしょう。

 企業は利益を生み出すことが目的で有り、決して労働者を幸せにする為に誕生した訳では在りません。
 必要絶対条件として汗水流して働く人間が必要なのです、自らが働かないで儲けだけを手にするために。ですから使い易くて捨て易い労働する人間を求めるの本性なのです。

 今に始まった事ではなく近代の最初から労働者は地獄のような12時間労働も幼い児童労働も当たり前でした。
 簡単に言えば病気になって死ぬまでこき使う。そして放り出す・・・

 今私達は原則8時間労働を何か当然のように受け入れていませんか?
 至極当然のことのように・・・

 それって全然大間違い、勘違いなのです。
 世界中の労働者が多くの犠牲と長い闘いでやっと手にした豊かな果実なのです。

 その果実をわたし達の手からまた奪い取ろうとしているのが、今の派遣労働の実態なのです。

 企業はそのまま放っておけばもっと儲けたいのですから何でも要求し、労働者に押し付けてきます。
 
 それを社会全体で規制し、労働者もその家族も健康で幸せに生きられるようにするのが政治ではないでしょうか。そしてその道でこそ企業もバブル・泡のようにではなく地に足を付けた繁栄が出来るのです。

 企業が100の商品を作るのなら100の労働者が必要だとしましょう。
 
 その労働者を安く雇える法律を作れば企業は大儲け出来ます。
 安い雇用は不法だとすれば企業は安くて不安定な雇用が出来なく成ります。

 では安い労働者の雇用を止めて失業者が本当に増えるのか?
  
 100の商品を作るためには100人の労働が必要なのです。
 それでは本当に労働者の首を切って商品の製作が出来るのか?

 出来るとすれば少ない人数の労働者に過酷な労働を強いる事で可能性は在りますがそれは長時間労働の押し付けと強制・賃下げが条件に成ります。

 それを許さないのが現代世界の働く人々が勝ち取ってきた8時間労働制であり、同一労働・同一賃金ではないでしょうか。これを日本でも法律的に獲得すれば企業は好き勝手が出来なくなるのです。

 派遣労働が日本の失業者を減らしているなんて企業本位の勝手な作り事です。
 
 多くの日本の働く人が劣悪な状況に追い込まれて、日本に於いての現実の購買力はセロに近い状態です。
 ですからアメリカで発生した世界同時不況の中で、日本だけがアメリカ以上の深刻な景気状態に現在尚成っていてそこから抜け出せないでるのです。

 ついでに記しておきます。
 そんなに働く人のことを考えたら、逆に言えば企業の働かせ方の自由さを奪ったら企業が日本から海外に行ってしまうというのも大嘘です・・・

 

   

 

 
 

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2009年10月28日 (水)

私は、さだまさし氏が嫌いだ!音楽性も嫌いだ!BS2・28日放送を見ていて・・・

 いくら反戦歌を作って唄っていても私は嫌いです。
 
 彼は多くの若い人たちを前にしてお喋りしているのですが、私はこの人の言葉遣いと話の内容と態度から、自分だけの物凄い独りよがりの「自信」の世界に浸りきっていて、若者を含め視聴者を小馬鹿にしていると感じました。

 私は彼の作曲した曲の自演を聴きましたが、どの曲も同じ雰囲気で、更にうたっている日本語がハッキリと伝わってこない。

 彼流に言えば一番大事なのはまず言葉です・・・でも
 私に伝わってこない理由はハッキリしています。曲の中での言葉のアクセントと、強くハッキリ表現しなければいけない言葉の中でのフォルティシモとピアニッシモをきちんと曲中の歌詞に表現していないことです。

 ですから彼の作品はどんな内容の歌詞を歌っていても何を言っているのか判らないから、みな同じに聴こえてしまうのです。

 例えばこれは私が勝手につくった歌詞ですが、「君が好きだ」という歌詞ならば、「君」の『き』のところにフォルテが来なければ「君が好きだ」ということばの一番重要な言語が伝わらないのです。
 君だか、何なのか判りません。

 その「君」が伝われば「好き」という言葉は前後の旋律の流れから聴く人の心に伝わるのです。

 もう一つ例を出しましょう。これも私が勝手に思いついた歌詞ですが「お前は嫌いだ」。
 この場合「お前」の『お』の言葉は大事では在りません。何故なら「お前」の前に付く『お』は言葉の前に着くだけの言葉だからです。ですからこの『お』の発言はそれ程大事では無いのです。ですからその後の言葉「前」の『ま』が大切に成るのす。ですから『ま』はフォルテで表現しなければ何をうたっているのか判らなく成るのです。
 『お』はハッキリ聞こえなくても『ま』がハッキリ聴こえれば「お前」という歌詞の意味が通じます。
 その後に続く「嫌いだ」は『き』にフォルテを持ってきても『ら』にフォルテを持ってきてもどちらでも表現できると思います。何故ならどちが強くても意味は判るからです。

 さだ氏の表現は、私が今言っていることの両方に合致していません。
 ですから歌詞が違うだけでみな同じ曲に聴こえてしまのでしょう。

 彼がマスメディアに売れたのは何故だか知りませんが、若者を相手に自分の感性だけを押し付けてはいけないと思います。番組の中で彼は盛んに若者の質問に答える形を取りながら若者の質問に対して答えを窮すると逆質問をし質問者以外の人に再質問を提起し最初の質問者への答えを逃れていました。
 
 若者のからの真剣な質問さえ逃れる彼に、どんな国民的・未来的新曲が在るのか私は見てみたい。

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2009年10月27日 (火)

鳩山首相の所信表明を聴いて想った事・・・簡単に言えば美辞麗句です。

 「今こそ『日本の歴史を変える』との意気込みで、国政の変革に取り組み」「友愛政治」を目指し「戦後行政の大掃除」「命と生活を守る政治」「東洋と西洋、先進国と途上国、多様な文明の間の架け橋」となる。

 云っている事は真っ当です。当たり前です。
 
 現在の国民が置かれている追い詰められた現実生活は、友愛の精神を国民が持てば解決出来ることでは在りませんし、政治家が友愛の精神を持って政治をしようと思えば解決できることでも勿論在りません。

 私はこの「友愛」なる言葉を多用する人を経験上絶対信用出来ないのです!
この「友愛」という言葉は表現としては違っていても現実に私達にとってよく聞く言葉です。
穏やかな心優しい人たちがよく口にする「素晴らしい」余韻に満ちた言葉です・・・・

 「今こそ日本の歴史を変える」とまで云うのなら、明治維新になぞらえて「無血平成維新」とまで云うのなら、これから歴史をどうしても変えなくては成らない現実を直視している筈だし、これからの政治は明治維新が日本の封建社会を投げ捨て近代国家に成ったように、根本的に変える理念がなければいけない筈です。

 日本国民の苦悩と苦難と苦渋に満ちた現実生活には必ず根本的な原因が在るのです。
 精神が足りなかったからでは在りません。
 
 私は明治維新は一つの大きな歴史的画期だったと思いますが、結果として庶民の生活と権利は何も改革されませんでした。権力者が少し世界的視野を持ち、徳川さんから天皇・財閥に変わっただけで封建領主と同じように国民(当時の臣民)の権利も認めない収奪の政治が行われて来たのです。

 鳩山首相の所信表明は甘ーいお菓子のような味を想いうかべさせます。
身体には毒かも知れませんよ・・・・

 労働者派遣法の改定に一言も触れませんでした。
 普天間基地移転にも触れませんでした。

 そして面白い話・・・
 日米関係対等の事・・・・
 「ここで云う対等とは日米両国の同盟関係が世界の平和と安全に果せる役割や具体的行動指針を、日本の側からも積極的に提言し、協力していけるような関係です」。
 これってちっとも対等では在りません。日本も積極的に提言し協力できる、あくまでもアメリカに協力できる関係です。現にアメリカの脅しに乗って「沖縄の基地県外移転は選択肢に無い」と岡田外務大臣が表明しました。

 沖縄の多くの県民は「何故沖縄県がアメリカ軍の基地全面的に受け入れ、被害を被らなければいけないのか!」。
 
 本当に県外移転の選択肢は無いのでしょうか?
 
 沖縄県の伊波・宜野湾市長を始め多くの人たちが声を上げています。
「普天間基地の移転先が無ければアメリカに帰れ!」と・・・・ 

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2009年10月21日 (水)

77歳の母親が白血病の娘(53歳)さんを殺した悲劇を私は我が事のように悲しく想います。

 誰もが自分のお腹を痛めて生んだこどもを本来殺したくは無いはずです。
 でも現実の日本社会ではちょくちょくニュースとして聴きます。

 まだ母親に成るには早すぎたと想える少女の幼いこども殺人。
 まだ父親に成る資格が無いと想える人の幼いこども殺し。

 そして最近目に付く高齢な方の一番身近な人への殺人事件。
 それは長年連れ添った妻殺しや夫殺し・・・そして特に病気を抱えたこども殺し・・・

 これは日本の毎日・毎日の現実生活で傷ついた、国民の心の叫びの結果ではないかと私には思えて成らないのです。ここまで人間という孤立したら弱い生き物を追い詰めたのは一体何なのでしょう?私達は考える必要が在ると心から思います。でないと私達もそのような立場に近い将来追い詰められても不思議ではない現状を抱えていると思うのです。

 人間に生まれたなら自らの意思で生きたい、それが人間という生き物の一般的に動物と区別される本来の在るべき姿だと想います。
 それだけにそれが叶わなくなったり、可能性を見出せ無くなったりした時に一個の固体(一人の人間)単位でも、集団的でなくても狂気が襲う、それが人間らしさであり弱さだと想うのです。

 だからそれを補い、本質的弱さを補う為にこそ原始時代から人間は集団としての社会制度を本能的に作り上げてきたのだとと想います。でもそれを破壊し続け、破壊尽くしてきたのが戦後間もない時からの自民党政治であり最近十年来の自公政治です。  

 人間77歳まで一生懸命生きてきて今更人殺しに成りたい筈在りません。それも実の娘殺しで・・・

 殺された娘さんは白血病を患っていました。
 殺したこの母親は今年の四月に乳がんを患いました。

 二人の治療費は月に30万円かかったそうです。
 「将来が心配になった・・・」

 人殺しはいくら事情が有っても決して正当化なぞ出来ません。
 でも、殺人を犯した77歳のこの母親よりも私は罪を背負うべき本当の相手がいると思います。
 それは亀井大臣の云うような「日本経団連」が主犯では無いと考えます。

 日本経団連は商売・儲ける為の企業団体です。企業が儲けようと思うのは当然の事です。
 そして企業が更に大儲けを出来る限りしようと考え、いわゆるモラル(道義)も無く不法な事でも良いから徹底して儲けを狙うのは至極当然です。では問題はこの企業の本能的性質を社会の中で放置しておいて良いのかです。私はこの企業の持つ本能を放置しておいては絶対いけないと考えます。社会的に規制すればこそ企業も不法な働かせ方など出来なく成るのです。
 
 ある意味この77歳の悲劇な殺人者を作り出したのは、日本経団連の儲け第一主義がある事とその日本経団連の欲求を抑えず政治的に要求を取り込み政策とし、法律として作成した政治の責任が第一番に指弾されなくてはいけないと思うのです。

 国民が病気になっても安心してかかれる医療保険制度の保険料企業負担をなるべく減らし国民負担の増額を主張してきたのは日本経団連になる前の「経団連」時代からの自民党政府への要求でした。
 難病指定を増やさないのも以前からの要求でした。社会保障費の国家予算からの削減・縮小もそうでした。いわゆる受益者負担の導入がそうです。

 これら日本経団連の要求を「ヘイヘイ・・ごもっともでございます・・・」と法律化し大企業の利益代弁者になって来た自民党、公明党の政治こそが、今回のような悲劇の最大の原因なのです。民主党政権がこのような悲劇を繰り返させないどのような政策を採れるかは一つの民主党政権の試金石に成るでしょう。 

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2009年10月14日 (水)

教員免許更新制度廃止は賛成しますが、大学院修士号取得を必須条件にするべきでは在りません。

 教員免許更新制度は自公政権が当時、教育基本法改定と同様に教育を国家の政策に従わせる為に教師の自由な発想による教育を認めず、学校内に於いての教師の発言を押さえ込み、上司(校長・教頭)の云い成りになる教師集団を作り出すことが目的で出来上がった制度です。
  
 こんな憲法第19条「思想信条の自由」に反し、民主主義に反する恥ずべき制度は廃止されて当然です。
 この制度の為に、現場の教師はただでも忙しく教え子達の抱える問題に対してきちんと向き合えない現実が在ったにも関わらず、更に輪をかけて見向きも出来ない事態に立ち入っていました。
 上司に認められなければ教員として生きていけなくなるのですから・・・こんな不安な教師の精神状態でまともな教育なぞ出切る訳在りません。

 大学院修士課程終了による修士号取得を必須条件にすることに私が反対するのは、教師資格というものを一般的に短大を含め大学卒業という条件で誰でもが取得できる資格ではなく、更なる特別の教育期間・大学院修士課程終了というより高い条件を設定する事によって教師資格の取得条件を狭めるからです。

 戦前の日本は、師範学校を卒業した人だけに教師の免状を与えていました。その師範学校には一定の財産がある家庭の子女しか入学出来なかったし、師範学校では徹底した国家主義教育を教え込みその結果が軍国少年・軍国少女を大量に生み出し、アジア侵略戦争遂行の強力な牽引力に成りました。

 私は想うのです。
 良い教師、こどもにとって大切な教師は何もいわゆる専門的教育を長期間受けていなくても良いではないかと・・・大学院修士号取得が何故意味在るのか?

 現在の教育に求められていることは、教師のいわゆる「質」の問題で解決する事ではなく、社会全体の大きな方向、社会がこどもに期待する方向と、こどもの要望を聴く社会全体のシステムの構築とこどもを子ども扱いせず、きちんと一人の人間として対等に接する社会全体の姿勢ではないでしょうか。ここで間違ってはいけないのは決してこどもの犯罪に対して厳罰化しよう等と考えない事です。

 私は現在も忘れ得ない一生に残るような先生とめぐり合ってきています。その先生方が全て大学院修士課程を修了しているとは思えません。

 現在の教育現現荒廃の原因は教育現場に原因が在るのでは絶対在りません。
 教育現場の最前線の教師の資質に問題が在るのでは在りません。
 
 教師になれる資格は出来る限り国民的で在るべきです。昔、高等師範学校を出た多くの人たちから「私は高等師範を出た」と何となく優越感を持っている感じを私は受けます。優越感を持つような教師は現代の教師には成れないのです。他人より優れていたから教師に成ったなぞと想う教師は、教師として最高に相応しくないのです。

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2009年10月12日 (月)

ヤサヱモン座こども三味線教室(文化庁委嘱事業)が今日群馬県赤城神社の秋季大祭に参加してきました。良かった・・・・

 ただの芸人・長唄の三味線弾きである私の人生で最高の価値在る事を実感させてくれるこども三味線教室。

 今日は地元群馬県にある赤城山の山頂に在る赤城神社の秋季大祭にこども達をつれて参加しました。
 こども達が演奏し神社に奉納したのですが、私はとても疲れましたが良かったなと心から思いました。

 考えたら昔から神社は村の鎮守さまで有名でした。
 ですが私にとっては靖国神社の軍国主義のイメージが強く、神社自体を感覚的に毛嫌いしていました。でも、靖国神社の軍国思想は本来の日本の伝統ではなく、太平洋戦争の中で政府によって作られたものであることを今回の奉納演奏の宮司(神社の社長)さんとの打ち合わせの時に初めて自覚できました。

 宮司さんは仰いました。「神社は経営上の為に時代・時代で神社の援助者を得てきました。庶民の信仰の一つの場所なのに、経営上の都合で在る時はその地方の豪族を、在る時は武士を、そして明治以降は天皇家によって経営上の支援を受けてきました。当・赤城神社では冬に成る頃には神様が山から降りて里に移り住み里人の生活を支え、春が来ると再び山に戻りあめつちを養い里人を守るのです」と・・・

 何とも庶民に寄り添った庶民信仰の対象ではないでしょうか。
 私は唯物論の立場に生きる人間で信仰心の無い人間ですが、この庶民信仰を守り続ける赤城神社の宮司さんの話しはとても新鮮で共鳴できるものでした。

 こども達の演奏する事の喜びににとって、どこで演奏しようが余り違いの無い物ですが、この赤城神社の背景には雄大な自然が拡がり、大きな沼があり、小さな登れそうな「山」がそこに在り、普段出来ないことを演奏と同時に経験出来たのです。

 「そんなとこまで食べに歩いて行くのは嫌だな」と言っていたこども達がいつの間にか「山」に登っている・・・

 泥水に浸かって濡れてしまった足を「最悪・・・」などと気持ち悪がっていたこども達が、歩いているうちに乾いた足に「最悪・・・」などと言った事も全然忘れたようにご機嫌になって花の数や、珍しい物の数を数えている。

 帰りはすっかり疲れうとうといている姿・・・

 こども達に三味線を教え出して七年。
 赤城神社の宮司さんに感謝をしながら、こども達に感謝した今日でした。

 
 

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2009年10月11日 (日)

路上生活一週間目・30歳男性の言葉「こんな人生、もう終わらせてもいいかなと思ってしまう」。どんなに言い訳を云って正当化しても許せない自公政治がもたらした結果です。

 今年の暮れは昨年より酷い状態に陥る最悪の状況が、首切りにあった人々を襲い出しました。

 新たな解雇も含め、同時に失業保険が切れるという二重の最悪の状況が若い労働者を含め襲い掛かっています。公園での炊き出しに並ぶ行列は昨年の三倍、生活相談は五倍にまでなっています。

 こんな社会状況異常です。
 
 私は許せません!
 若い人の場合は親が一生懸命税金払い続けてきて、育ててもらってこれからは自分で働いて社会人の仲間入りをしようと想って学校卒業しても社会に出た途端から就職口が無い失業者。

 非正規雇用の勤め口しかなくそれでも正規社員になりたくて頑張ってきた人々が路頭に放り捨てられる、在り得ない様な現実。

 長年働いてきた正規雇用労働者も突然首切りされ、予定していた住宅ローンの返済が滞り住まいさえ失う。

 解雇されても再就職先が全然無いたくさんの人々が文字通り路頭にあふれているのです。
 失業保険の期限が切れた人々もいっぱいいます。今月切れる人もいっぱいいます。

 自民党と公明党がしてきた十年の政治の結果は国民の、この苦悩を超えた悲惨な状況が全てを語っています。いくら自民党・公明党が総選挙に負けて自らの政治姿勢を「反省」するようなことを綺麗な言葉で飾って表現し、政治運営上何が足りなかったかを「総括」しても意味を成しません。


 私は今回の総選挙の結果に対して今でも「余り嬉しくない」人間ですが、それは小選挙区中心選挙制度によって民主党の大勝と成り日本共産党の議席が増えなかったことを指して言っていることで、自公政治が葬り去られた事は50年間に亘る自民党政治、そしてその中での2割の期間に当たる十年間もの自民党政治延命自民・公明連立政権がまさに終焉を迎えたことには当然大歓迎しています。 

 そこで新たに誕生した民主党・社民党・国民新党の連立政権が当面、この年末に向かう時期どのような対応を悲惨な状況に置かれた国民に対してとるのかを注視すると同時に、もっと必要な国家的法的対策を打ち出すように働きかける一助をしたいと思っています。
 

 

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2009年10月 9日 (金)

ノーベル平和賞のオバマ大統領の受賞を心から喜びます。これはアメリカ国内の反対勢力及び世界の反対勢力を牽制する大きな力と成るでしょう。

 昔、日本の佐藤栄作(岸信介の弟・元首相安部氏の叔父)が何故かノーベル平和賞を受賞した事が在るのですがその時は「何で?」と思いました。

 世界が大きく変化している事の証左ですね・・・

 オバマ大統領が今年プラハで「唯一の核兵器使用国として核兵器廃絶に同義的責任がある・・・」と発言した時、唯一の核兵器被害国家日本の政治社会でこの発言を大きく評価し、賛意を表明した政党日本共産党だけでした。  日本共産党は志位委員長の名前でオバマ大統領に直ぐ手紙を送り、大統領の発言を画期的な意義のある発言と評価し、オバマ大統領が我々の世代には実現しないかも知れないがとした事に、いや、今すぐにでも世界的交渉に入るべきですと激励したのです。それに対して大統領から返事が返ってきました。「非常に嬉しい・・」と。

 日本共産党がアメリカの大統領に手紙を出し発言を評価したことで、日本のマスメディアはその時色々に報道しました。  「日本共産党がアメリカ帝国主義に擦り寄った」とか「共産党の内部でも批判がある」とか「これから志位派と古参の幹部の間での派閥抗争が起きる」とかよく思い付くなと思うようなそれこそ色々な報道が在りました。

 その時の事で、特別にわたし達が銘記することは、マスメディアで報道された日本共産党に対する馬鹿馬鹿しい報道の名に値しない「報道」ではなく、当時の自民党と公明党の政権がアメリカに密かに要求した「核の傘だけはお願いします」と云った事であり、それを私も知っているような公ごとにしたのはアメリカ国会での報告でした。

 オバマ大統領の核兵器廃絶方針に反対する議員が「アジアでは核兵器の防衛力を望んでいる」として日本政府の「お願い事」を報告書の形で明らかにした為です。

 この度のオバマ大統領のノーベル平和賞受賞が、嘗ての自公政権の「お願い」の異常さを物語っています。
 同時に日本共産党が送ったオバマ大統領への手紙の内容が、とても大切だったことを物語っています。
 その手紙がオバマ大統領を励まし、世界からの核兵器廃絶の声がうねりの様になり国連でもこの流れが大きな主要な流れと成る世界状況から見ても至極当たり前の、常識的内容、しかし唯一の被爆国日本から唯一つ発信された手紙であった事の意義はとても大きいのです。

 オバマ大統領のノーベル平和賞受賞を、世界的変化を感じながら心から喜んでいます・・・

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2009年10月 8日 (木)

都知事発言が、オリンピック招致委員会から批判されました。石原氏だけでなく選んだ都民が批判されたと思わなくては・・・常識外の知事を選んだ都民。日本人の政治的未熟さと精神的野蛮さ・・

 オリンピック委員会総会から帰国した石原知事は成田空港で「眼に見えない力が働いた」と発言したと全国的に報道されましたが私はこの人は一体何を云いたいのかおもんぱかりかねました。実に違和感のある発言でした。

 この人都知事に成った途端に「三国人」発言や「最大の無駄は福祉費だ!」と喋りだした札付きの私に言わせれば民主主義社会の公人として許されない人ですが、この人の有名さ、それもたかが河原乞食の成り上がり石原裕次郎の兄というだけで、この人の作品を読んだことも無い多くの都民だけでなく国民までもが全面的に「降伏」し、前近代的反民主主義思想と差別発言の重大性を頼もしく感じる。
 何も判らない政治的なことにも、経済的ことにも何も教えられず無知に育ってきた人々、それも世代を超えた圧倒的多数の支持を得ていている人がこの人石原慎太郎都知事です。
 この人の発言がこの度オリンピック招致委員会から問題発言と指摘され「国際オリンピック委員会のルールに違反している」とされたのです。

 でも、この批判を心から「本当だ」と思う方いますか?
 石原氏を支持してきた御自分への批判だと思う方いますか?

 いないに近いでしょう。日本人の精神的野蛮さの現われです・・・・・・・・

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2009年10月 7日 (水)

山口県光市・母子殺害事件にからむ少年被告の写真・実名入り書籍の出版に抗議する。

 この本の著者は「この少年の本当の姿をあらわしたかった」と云っていますが、少年の写真・実名を掲載しなければ「本当の姿」をあらわせないとは私は思いませんし、もしそのように主張するならば著者自身の筆力不足を自ら嘆き考えることが大事です。

 現代の日本社会では少年の犯罪が多くなっています。
 少年犯罪に限らず、常識では考えられない成人の犯罪も多発しています。

 何故なのか?
 根本的この疑問を自らに突きつけないで写真・実名入りで出版しよう、更に少年側からの出版指し止め請求があるにも拘らずその判定が出る前に出版して売り出そうという思惑は絶対許せません。

 昨日ニュースでこの出版を聴いた何人もの人々が、きっと本屋の店先に朝買いに行ったでしょう。
 私に言わせればその人たちと犯罪に到ってしまった少年達と、本質的にどこが違うのか全然判りません。それ程現在の日本は年齢に関係なく犯罪者になってしまう可能性が私を含めて高いのです。異常です。

 世界的にもインターネットの画面で人殺しの画面が流されそれを観る人がいて、日本に於いても人の色々な死体の写真本が売れているのが現実です。

 こんな、私に言わせれば異常な世界・社会にしたのはこども達ですか?
 
 「起した責任だけはたとえこどもでも成人と同じように受させろ」はちょっと当然な主張のように聴こえる現在の時代ですが、成人の起した重大事犯は当然名前も写真も公表されていますが重大犯罪何も減っていません。逆に増えているのです。

 この現実を分析的に思考し表現するのが、ルポルタージュ作家の本来のお仕事では在りませんかね・・・

 私の仕事は舞台の上での演奏を通じてお客さんと共通の想いを持つことが命です。
 そこで同じ想いを共通するすることが出来なかったとすれば、それは演奏が悪かったという事です。

 少年法は民主主義の宝の一つです。
 
 未来がいっぱい在り将来の社会を担う少年の犯罪を懲罰的でなく教育的に扱う、当然のことです。
 成人の犯罪でも懲罰的発想は、戦後・法社会思想では無いのです。

 この本の強行出版をした出版社と著者に私は強く抗議します。

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2009年10月 5日 (月)

高速道路千円は勿論、無料化は何の為に行うのか?疑問点が多すぎませんか・・

 民主党政府の政策方針に挙げられている高速道路料金無料化は、自公政府が行なった人気取り政策の一つ、高速道路どこまっで走っても最大土日千円の政策を引継ぎ更に拡大する物です。

 これに一体どの様な意味が在るのでしょう。
確かにガソリンスタンドで働く友人は「仕事が忙しくなった」と評価しています。
 でも、それで本当に良いのかをわたし達はもう少し考える必要が在ると思うのです。

 今現在でも、この政策の影響で土日の交通渋滞が発生し問題に成っています。

 まず最初に高速道路の維持・管理・修繕費はどこから出るのかが問題だと思います。当然利用者から料金を徴集しなければ税金で賄う以外に方法は在りません。
 次の問題点は一体国民の中で誰が利益を得るのか?そしてそこに利益を与える緊急性が在るのかです。
 確かに遠い故郷に車で帰る時には安くて結構ですが、本当にそれで良いのか?故郷の大切な父や母の生活に影響が無いか・・・  実は深刻な影響を与え出しているのです。地方で生活と密接に繋がりのある生活路線バス、その運行はバス会社にとって高速バスの利益で保たれていたのですがめっきり高速バスの客が減り、生活路線バスの維持が厳しくなってきているのです。
 次の問題点は自動車では運べない大きな或いは大量の貨物が全国を駆け巡って運ばれてわたし達の日常生活が便利に営まれているのですが、それを運ぶ手段であるフェリーの運航も客離れで危うく成ってきました。
 次の問題点はその結果による大量の炭酸ガス排出のことです。 現在世界的に地球温暖化の対策として乗用車の都市部乗り入れ禁止など、自家用車の使用をなるべく減少させようとしている時に日本では「自家用車でどんどん長距離乗って下さい」というような政策で良いのかということです。
  
 私はここに5点に亘る問題点を指摘しました。
 
 今年の年末も「年越し派遣村」が無ければ大変困る人々が生まれそうです。
その状況は今から現われています。全国で公園などで行なわれている炊き出しに今までに無い多くの人々が集まっています。  多くの人々、昨年から不法に解雇された人々などの失業保険が切れ出したのです。
  
 こんな世の中、今緊急に財政出動してでも救わなければ成らない国民が大勢いる現実なのに高速道路無料化は何の肥やしにも成りません。自家用車に乗り、好きなところへ向かえる人々にだけ恩恵を与え、社会で一番の弱者にこそ眼を向けるべき政治がするべきことでは在りません。
 最初に挙げた渋滞問題。これ一つ取っても解決するには道路を拡充しなければなりません。またまた道路建設です。
 高速道路の維持・管理・修繕費は税金から支出しなければ成らないのですから、それならもっと先に支出すべき項目が在るでしょう。
 特に地方での生活バス路線の廃止などが行なわれたら、それこそ車を運転しない人々の命に関わってきます。
 
 地球温暖化に対する二酸化炭素の排出に関わらず、ちょっと考えれば大好きな自分の祖母や祖父たちに不便をかけさせるかも知れない重大な問題を含んでいる政策方針なのです。

 私は自分で車を所有し運転します。遊びで遠くにも出かけます。でも、この政策大反対です。

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2009年10月 3日 (土)

16年オリンピック・リオデジャネイロ開催決定を喜び、ブラジル国民に心からのお祝いを伝えたい。

 南アメリカ大陸初のオリンピック開催がブラジル・リオデジャネイロに決まりました。

 大陸全体が政治的に歴史的動きを示し活気付いている南アメリカ大陸の大国、ブラジルでのオリンピック開催は他の南米諸国にも喜びとして受け止められ、多くの南米大陸の諸国民が歓喜していることでしょう。

 ブラジルは伝統的に巧みな外交を持っています。
 アメリカ大統領を厳しく批判したと思うと、その同じ大統領にホワイトハウスに赤い絨毯で迎えられ首脳会談をするなど、国家としてしっかりした立場を保持してきた国です。
 ブラジルほど外交官が尊敬されている国も世界で珍しいでしょう。外交官だったリオ・ブランコは国民的英雄です。

 アジアに於けるマレーシアのように国家としての意思を持ち、国連でもどこでもきちんと主張する、我が祖国日本のようにアメリカの代弁者ではないちゃんとした国家なのです。南米大陸の大国であるけれど他の諸国を小馬鹿にするような国家では無いのです。

 ・・・・あなた達の信念に基づく国家作りとそれを支える国民の姿勢が招いた2016年オリンピック開催を、心からお祝いし成功を祈っております・・・・

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2009年10月 2日 (金)

2016年オリンピックが東京に招致されることに心から大反対します!

 明日決まる2016年オリンピック開催地に、日本が選ばれないことを心から願っています。
 IОC委員会が正常な判断を下すことを期待しています。

 石原都知事から提案された次期オリンピック東京招致問題。
 本当の意味で問題が在り過ぎます。

 この次期オリンピック東京開催を「支持」している人たちの多くは私の知っている限り「必死」な方いません。
 必死な日々の生活を送らされている国民はオリンピックどころの話では全然在りません。

 そこで招致「賛成」の方の「国民的」多くの意見はハッキリ言って私が思うには「必死」さが何も在りません。
 生きているうちにもう一度オリンピックを見てみたい等の賛成意見は私にとっては噴飯者ものでしか在りません。

 思い返せば前回の東京オリンピック開催時、貧乏な私の家でも親はテレビを買ってくれました。サンヨー電気の「ワイド19・64」という名前のテレビでしたが、今では小さな19インチのテレビです。
そのテレビもオリンピックが終了した後僅かな時間家のテレビだっただけで質屋に入れられ流され(質屋に物を預けお金を貸してもらうのですが、金利さえ払えず預けた物の所有権を失う事)ました。

 私にとって当時の東京オリンピックは両親に過大な経済的負担を掛けさ、そのしわ寄せを受けただけでした。
 今回も同じでしょと・・・貧困生活者には何も招かないお祭り騒ぎ・・だったら一千万人を超えるワーキング・プアの人々や貧乏で何も言う元気さえ奪われている人たちの為に税金を使えと!

 今わたしは本当に想うのです。オリンピック開催によって大手大企業の下請け中小・零細企業で頑張って必死で生きている方達の少しでも役立つのなら私も賛成するかも・・・・でも絶対役立たない事明らかです。
 『ワイド19・64』は一瞬の夢のようにわたしの生活から離れて行ったのです。

 こんどの招致もきっと同じです。何故なら東京都は石原知事になってから東京都のスポーツ関連予算を減らし続けてきたのです。都民のスポーツ要求に一貫して背を向けてきたのが石原知事の実態です。

 私は言いたい、一体どの面下げてオリンピック招致等と云えるのか。

 2016年オリンピック東京招致に心から最後の今日大反対します!

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2009年10月 1日 (木)

政治資金報告書が語る政党の在り方、08年度を観て。日本共産党だけが世界で通用する財政の在り方を示しています。

 企業献金は支出する企業が自己企業にとって損失を招く献金をすることは出来ません。
もし経営陣がそれをしたなら『背任罪』に問われます。

 企業献金を受け取る政党はこのことを「百も承知」です。ですから受け取る政党は折角献金してくれる企業に『背任罪』を適用されないように絶対献金企業に損失を与えないように期待に応えるのは当然です。

 現在ほど日本社会が格差社会になっても、この企業献金を大して問題視しない国民は大勢います。
 
 働く貧困者・年収200万円以下の労働者が一千万人を超えても、高校を卒業して就職先が無い若者が大勢いても、まともに生活できない家庭がいっぱい在ってそこには小さな育ち盛りのこどもがいても、お年寄りが寂しく死んでいく世の中であっても、想像力ではなく自らが実体として人間らしく生きていけない生活をしていても、この企業献金を問題視する国民は多くないでしょう。

 わたし達の生活に・家計に企業献金が直接関わってくるなどとは想いもしない方大勢いらっしゃいます。
 自分達の生活は、政党への企業献金なんて無関係だ・・・・そうですよね・・政治なんかも無関係だと思っている方多いですものね。
 
 これっていわゆる「政治的無関心」ですが、政治的無関心は「国民の無力感」と正比例するもので確かに昔から在りましたがここ十年来の公明党の与党入りによる「自公政治」によってその無関心さ、無力感は大きく拡がったと思います。

 で、今度の総選挙の結果ですが政党を選ぶ一番大事な国民にとって肝心なところがきちんと判断されずに民主党が「圧勝」したのです。国民にとって一番肝心なところとはその政党がどんな資金で運営されているかなのです。
 
 企業から献金を受けていれば、その企業たちの利益を代弁した政治を行います。
その企業、大企業(大きな政治献金は大企業が業界を代表して献金します)の直接的利益とまさに直接関わって結果として現われているのが現在日本社会で国民が置かれた諸々の現実なのです。
 正規雇用の破壊的削減と非正規雇用化。
 非正規労働者の首切り。
 社会保障費への企業負担縮減。
 年金財源への企業負担削減。
 
 財界の利益追求と真っ向から対立するのが国民的幸福追求なのです。
 
 そこで問われるのはその政党がどの様に活動資金を集め支出しているかなのです。
  
 日本共産党は企業献金ゼロ。
 団体献金ゼロ。
 税金からの収入(政党助成金)ゼロ。
 党員からの「党費」と個人献金が5.7%。機関紙等事業収入が86.4%です。あとは国会議員を始めとする各議員からなどの費用収入です。

 国民の利益を国会できちんと代弁し要求する。それには収入の場からのハッキリした立場が必要なのです。
 支持していない国民からは一円たりとも頂かない。当然です・・・・ 

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