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2009年10月12日 (月)

ヤサヱモン座こども三味線教室(文化庁委嘱事業)が今日群馬県赤城神社の秋季大祭に参加してきました。良かった・・・・

 ただの芸人・長唄の三味線弾きである私の人生で最高の価値在る事を実感させてくれるこども三味線教室。

 今日は地元群馬県にある赤城山の山頂に在る赤城神社の秋季大祭にこども達をつれて参加しました。
 こども達が演奏し神社に奉納したのですが、私はとても疲れましたが良かったなと心から思いました。

 考えたら昔から神社は村の鎮守さまで有名でした。
 ですが私にとっては靖国神社の軍国主義のイメージが強く、神社自体を感覚的に毛嫌いしていました。でも、靖国神社の軍国思想は本来の日本の伝統ではなく、太平洋戦争の中で政府によって作られたものであることを今回の奉納演奏の宮司(神社の社長)さんとの打ち合わせの時に初めて自覚できました。

 宮司さんは仰いました。「神社は経営上の為に時代・時代で神社の援助者を得てきました。庶民の信仰の一つの場所なのに、経営上の都合で在る時はその地方の豪族を、在る時は武士を、そして明治以降は天皇家によって経営上の支援を受けてきました。当・赤城神社では冬に成る頃には神様が山から降りて里に移り住み里人の生活を支え、春が来ると再び山に戻りあめつちを養い里人を守るのです」と・・・

 何とも庶民に寄り添った庶民信仰の対象ではないでしょうか。
 私は唯物論の立場に生きる人間で信仰心の無い人間ですが、この庶民信仰を守り続ける赤城神社の宮司さんの話しはとても新鮮で共鳴できるものでした。

 こども達の演奏する事の喜びににとって、どこで演奏しようが余り違いの無い物ですが、この赤城神社の背景には雄大な自然が拡がり、大きな沼があり、小さな登れそうな「山」がそこに在り、普段出来ないことを演奏と同時に経験出来たのです。

 「そんなとこまで食べに歩いて行くのは嫌だな」と言っていたこども達がいつの間にか「山」に登っている・・・

 泥水に浸かって濡れてしまった足を「最悪・・・」などと気持ち悪がっていたこども達が、歩いているうちに乾いた足に「最悪・・・」などと言った事も全然忘れたようにご機嫌になって花の数や、珍しい物の数を数えている。

 帰りはすっかり疲れうとうといている姿・・・

 こども達に三味線を教え出して七年。
 赤城神社の宮司さんに感謝をしながら、こども達に感謝した今日でした。

 
 

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