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2010年3月 5日 (金)

一期一会、最後の舞台の想いで・・・私は馬鹿ですが、馬鹿は馬鹿成りに、正直こそ大切だと考え、真っ直ぐに生きたいと想っています。

 賢い事は良いことです!・・?!

 でも、馬鹿な私は、ひとの話を真面目に聴いて、馬鹿な自分なりに一生懸命聴いて、一生懸命考え、応えを求められたら、自分なりに、精いっぱい応える。

 それが、私に出来る唯一のこと、唯一、私に出来る誠意ある姿勢だと想っています。

 私の、この姿勢は人様の為にしている姿勢では在りません。
 それしか出来ない、持って生まれた私の真実の姿勢なのです。

 14日の県民コンサートの進行と解説、今まで通り私が、私がすることになりました。

 私は、最後の曲「新曲浦島」の演奏と解説を、同時に勤める事に成ってしまったのですが、そこには大変な無理が実際には在るのです。
 何故なら、演奏する前は、その曲の演奏に心を集中させていかなければ本当の演奏は絶対出来ないからです。
 
 開会の挨拶から、次々と演奏される曲の解説、それも、辞書を引っ張り出してきたような解説ではなく、私が心から学んで感じた考えとと思いを、解説としてメモも見ないで話しながら、そして時間の経過も考えながら、どうして、自らが立て三味線を弾けるような演奏が出来るとお考えに成りますか・・・

 私は、何だか押しきられました。
 受けて立つ意外に在りません!
 プロの三味線弾きとしてみっともない事、恥ずかしいようなことは、私の出来ない真実なのですから、何も隠そうとは思いません。私が、音楽としての長唄に、出来ないながらも賭けた私なりの音楽の命を、もしお感じ頂ければ嬉しいだけで、それ以上何も望みません・・・
 
 演奏家の、その心の集中の為に、舞台の裏には「楽屋」と言うものがあり、そこは、練習する部屋ではなく、心を集中させる為にある部屋なのです。

 近頃、この楽屋を、出番前の練習に使う人が大勢いるのですが、間違っています!
 何故なら、この楽屋には他の出演者も勿論いるし、出番間際になって練習して、何とか舞台を「無事に勤めよう」という安易な心からして間違っています。
 
 「稽古は家でして来るものだ」と言う言葉を、私は修行中に師匠から何度もお聴きしました。

 50年程前、私の師匠(杵屋彌三郎)が出演する場所には、大阪の老舗料亭での定期演奏会も在りました。その料亭の玄関からお入りになったお客様は、長い廊下をお通りになり演奏されるお座敷にお座りに成ったそうです。

 でも、その廊下伝いには、師匠たちの楽屋になった部屋が在ったそうですが、でも、お客様は、チンもトンも、調子を合わせる三味線の音さえ聴こえなかったそうです。

 また、馬鹿な私が言います。
  
 今月の14日、群馬県民会館で開催される第11回・長唄コンサート県民会館では、きっと、私の最後に成るであろう演奏《 新曲・浦島 》が演奏されます。

 

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