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2010年4月13日 (火)

親の子殺し・子の親殺し・無差別殺人、こんな非道な日本に誰がしたのか?

 当然わたし達です。これ大前提です。

 その前提を例えば認めて、それぞれが我が人生の生き様を見つめ直すと、この前提の当然さに行き着くでしょう。

 「わたしは、そんなふうにこどもを育てなかった」
 「わたしは、こどもを作らなかった」
 「わたしは、こどもと対等に向き合ってきた」
 「わたしは、優しい子に成れと思って育ててきた」
 
 「わたしは、親から厳しくも、優しく育てられた」
 「わたしは、親の愛を心から感じて育った」
 「わたしは、親には頭が下がる思いだ」
 「わたしは、親ほどありがたいものは無いと思う」

 「わたしは、親を恨んでいる」
 「わたしは、親を憎んでいる」
 「わたしは、生まれてこなければよかった」
 
 わたし達は、「みんな社会の中で生きている、一人一人が大切な命なのだ」なんて学校だけではなく、社会全体からも教えてこられませんでした。

 わたし達の親の世代は「天皇陛下の為には命も投げ出せ!」という教育でした。
 従って、徴兵検査で『甲種』(最高の健康体)合格と成れば、家中でお祝いし、その家族の、特に父親や祖父は鼻高々だったのです。泣いていた母親はたくさんいましたが・・・

 大体から、母親なんか出る幕の無い社会だったのです。
 選挙権も無い・・・被選挙権なんか当然在ろう筈もない。

 明治時代に成ってからたった65年前までは、大体十年おきに外国と戦争をしていた日本です。

 当然身体の頑健じゃない人は馬鹿にされます。
 役立たずと云われて・・・

 わたし達の祖父の時代から、身体が丈夫で天皇陛下に命を投げ出せることこそが、人間が生きる唯一の使命だったのです。

 そんな祖父たちに育てられたわたし達の親の時代も、日本全体が太平洋戦争に突き進む時代で、誰一人として、人間の生きる意味など口に出せない時代だったのです。出せば逮捕され、下手すれば殺される時代だったのです。

 太平洋戦争に負けた日本は、即座にアメリカべったりの国に成りました。

 戦後日本の政治的「指導者」達には、嘗ての内閣、無謀な戦争を国民に押し付けた東条内閣の閣僚達が成りました。

 それ以降はそんな彼等自民党が政権を握り続け、文部行政も行なってきたのです。
 わたしの青春時代は学歴社会ゆえの競争教育でした。

 多くの若者はその渦の中に放り込まれ、足掻きました。

 わたしが親になったのは、親になろうと決心して成ったのでは在りません。
 きっと多くの方もそうだと思いますが、「わたし達はこれから親に成るのだ」と決心してこどもが出来た訳ではないと思うのです。

 若さと情熱と性欲と、折り重なってこども達が生まれたのです。
 何も人間としての本来の生き方を知らずに、経験さえ出来ずに親に成ってしまったのです。

 暗中模索でしたのが子育てでした。
 
 自分の命さえ天皇の為に投げ出せと教えられ、それが当然だと想って来た祖父、親達に育てられたわたし達。

 命の本当の大切さなんか、誰も、何も教わってこない。
 
 今は『自己責任論』で追い詰められている若者達が、「狂って」も不思議ではないと思われません・・・

 自分の明日、明後日、未来に全然希望が持てずに、それでも平常心を保つべきなんて私には言えない。

 明治以来の近・現代政治の有態に触れずして、ただ流されて生きてきただけの、わたし達の責任を考えずに、日本を襲う子殺し・親殺し・無差別殺人を語ることは出来無いと思います。

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