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2010年9月29日 (水)

『通りすがり』の人のコメントに敢えて応え記事にします。

 確かに「日本芸団協」などの大きな団体が、一部の人間の利益の為に成っている事は在るでしょう。
でも、日本芸団協をとり上げれば、個人でしか存在しない芸人の、何も訴えられない芸人を少なくとも集団化、組織化して何か物言える個人にしているのは、芸団協の存在です。

 生協でもそうじゃ在りませんか?
消費者が良いものを安く手にする為に、同時に生産者の生活も守りながら循環させていくのが本来の生活協同組合の意味です。では、そこで利益をむさぼる人が例えいたとしても、生協は根源的に消費者と生産者を結びつけ、お互いに幸せになろうとしている組織だと思います。

 通りすがりさん!
あなたの云っていることは、今のご時世に限りなく近いけれど、個が集団に成る事を阻害することに繋がると断言します。

 大きな組織になれば成るほど、その循環する金品に喰らい付く人も出来るでしょう!
 いづれは淘汰される人たちですがね・・・・でも、それを持って組織の必要なし論、組織悪論には少しも賛成しません!

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義経と弁慶をテーマに開催した第12回「長唄コンサート県民会館」は大成功でした。

 わたしは、舞台上の演奏は勿論、会場内の雰囲気を含め、来てくださった方々にどれ程大きな楽しさと感動をご提供できるか、それが芸をする人間の一番の目的だと考えています。

 今月、9月23日に開催した第12回「長唄コンサート県民会館」について記します。
 
 一年に二回開催するこの演奏会は、初期の頃は県民会館の後援を得て行なっていました。
会館使用料、舞台照明を含めチケット作成料等を県民会館が持ってくれました。
しかし国の文化予算の削減によって途中からは年一回だけの後援、それも時期を指定されることに成りましたがわたしはお客様に約束した年二回公演を続けて来ました。ですから丸六年経ったのです・・・・

 それを実現するにも、お弟子さんたちの力強い応援があったからです。本当にありがたいことです・・・

 今までの11回の公演も成功裡に終えてきたのですが、今回12回目は、今までの中でも、最高の成功だったと思います。

 今回は文化庁から今年度の「創造発信事業」として認められました。
そのお蔭で立派なポスターやチラシを作れ、文化庁の後援事業であることから県内の学校や公立施設に情報を伝えられた事です。

 そしてテーマがまず良かったと思います。
『義経と弁慶がつむぎ出す長唄の世界』。

 当日はまるで狙い定めたような物凄い雨と雷までなって、演奏会の出鼻時間を歓迎してくれたのですが、ところが幕前へ出て、司会・解説を私がしますと挨拶しながら客席を見ますと、いつもより多くのお客様がいらしたのです。そして、会が進行するに従ってどんどん増えてきたのです。嬉しかった・・・・

 ヤサヱモン座こども三味線教室から育ったこども達たちも多くなり、大人たちと一緒に『都風流』を演奏しました。
二段に分かれた舞台の後列はこども達だけ・・・涙が出るほど立派に育っています。

 その次は『三味線三態』とめいうち、三味線の持つ楽器の歴史から、三味線の形の変化、調弦の種類とその調弦が持っている代表的曲調などをご紹介しました。

 次にはヤサヱモン座のこどもたちによる『滝流しの合い方』『チンチリ連の合い方』のご披露・・・

 いよいよ義経と弁慶の主要テーマにその後入りました。
 
 演奏した曲は『橋弁慶』と『勧進帳』でした。

 義経、ジンギスカン説の由来から説明をし、この伝説が歴史的に意図的に作られた伝説である事を私はお話ししました。それは一度目は義経が死んでから500年後・江戸時代。その時には義経は北海道の王様で、決してジンギスカンでは無かった。二度目はその200年後、ジンギスカン説が初めて出たのは、日本が後盧溝橋事件で張作霖を爆殺した4年前である事を明らかにしました。

 演奏には、資格を取っているお弟子さんたちに出演してもらいます。全員東京から呼んだいわゆる専門家・プロだけで演奏しているのでは在りません。ですから当然演奏上の欠点も覆い隠せません。

 でも、その私も含めた皆の必死さが伝わるのです、お客様に・・・

 わたしが今回大成功だったと記すのには、お客様から頂くアンケートがあるのです。
そのアンケート用紙には、『楽しかった』『つまらなかった』『また聴きたい』『機会があれば聴きたい』『聴きたくない』『この会は何回目ですか』『ご意見・ご感想』と項目がいっぱい在るのですが、何とアンケート回収率が70%です。そして「楽しかった」「とても勉強になった」「素的な時間をありがとうございました」「また聴きに来たい」というこたえが返ってくるのです・・・

 わたしも楽しく勉強し、皆さんも喜んでくださる演奏会。日本国中、滅多に無いと思います。

   

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2010年9月20日 (月)

尖閣諸島は日本の領土です。中国の反応は間違っています。同時に北方領土問題でも、きちんと主張できない日本政府の曖昧さ。

 尖閣諸島は、古くから日本にも中国にも存在を知られた諸島でしたが、いずれの国の住民も定住したことの無い無人島でした。

 1884年に、日本人の古賀辰四郎氏が尖閣諸島を始めて探検し、85年に日本政府に対して尖閣諸島の貸与を申請し、日本政府は度々現地調査を行なった上で1895年に日本領に編入しました。

 所有者のいない『無主』の地は国際法上、最初に占有した「先占」にもとずく取得及び実効支配が認められています。

 日本の領有に対して1970年代にいたる75年間、外国から意義が唱えられたことは一度もありません。
 日本の領有は「主権の継続的で平和的な発展」という「先占」の要件に合っており、国際法上も正当なことです。

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2010年9月13日 (月)

名護市民の勇気在る選択に敬意を表します。ひきかえ石原氏を知事にする東京都民の馬鹿さ。

 名護市議会選挙で、名護へのアメリカ軍基地移転に反対する稲嶺市長支持派議員が過半数を得勝利しました。

 沖縄県知事までが推薦した市長反対派が議会で多数を得られず、敗北しました。

 象徴的結果であることと、名護市民の勇気に絶大なるエールを送ります。

 私の生まれた東京の都民は、石原裕次郎の兄貴だという、たったそれだけの理由で石原慎太郎知事を誕生させました。選挙カーの上に、渡哲也などのいわゆる石原軍団のスター達がいるだけのたったそれだけの軽い理由で、自分の住む町の知事に選んだのです。愚かなことです。

 この知事は知事に成った途端に、三国人(中国人や朝鮮人を蔑む言葉)発言や、何が無駄だと云えば、最大の無駄は社会福祉費だ、と云いたい放題でした。

 現在も、防災の日を利用して自衛隊を全面に出させ、その一方救急病院のベッド数を減らし、保険所を減らし、消防署を削減し、救急車の数を減らし、消防隊員の人数も減らし続けています。
 本来5人体制で乗車していた消防車の隊員も、現実に3人体制に成っています。

 日本人にとって大切な魚の市場・築地市場を、東京ガスの工場跡地で土壌汚染が深刻な問題に成っている東京都江東区豊洲に移転する事だけに、馬車馬のように突っ走り、あらゆる正確な情報を隠し続けて強行しようとしています。

 もし、そくに移転できれば、イオンなど大手企業が入り込み、現在の中小卸店も、仲買業者も営業が立ち行かなくなり、町のお寿司屋さんの営業も様変わりしてしまうのです。様変わりなんて言ってもお解かりに成らない多くの東京都民に言いましょう。町の美味しい小さなお寿司屋さんがなくなると言うことです。

 それでも判らない多くの東京都民に言いましょう。
 気軽に好きなお寿司を食べられていた町のお寿司屋さんが経営立ち行かなくなる事です。

 「それも良いんじゃない・・・安くお寿司が食べられれば・・・」
 あなたは無責任だ!
 江戸前の寿司を今まで支えてきた小さな町の寿司屋さん・・・

 その店では旬の魚を安くはやめに食べられた・・・
 これからはイオン等大企業が市場を支配します。それが石原知事の狙いです。
 当然、彼の下には大きなお金が入ります。

 都民の、庶民の舌をこんなところでも犠牲にしています。

 何もお考えに成られない東京都民と、名護市民の勇気在る選択を比較したくなりますよね・・・

 多くの東京都民は馬鹿だ!

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2010年9月12日 (日)

芸団協が事業仕分けに抗して動いた。全国署名運動を提起。政権交代は何の意味が在ったのか・・・・

 わたしにも耳慣れた「事業仕分け」、ご存知ですか?

 自公政権時代もしていた「事業仕分け」なのですが、全国的に私達も耳慣れたのは、民主党政権になって「事業仕分け」業務が公開された事がことの始まりです。

 公開されることは良い事では在りますが、公開されるように成ってからの民主党政権が選んだ「仕分け人」のテレビ受けを狙っているような発言に私いい加減、腹がたっていました。

 日本社会が「利益を生み出す事こそ大切」「利益を生み出さないものは無駄」いうような意識を国民に植え付けだして来た現在、この「事業仕分け」の公開は抜群の力を発揮したのです。

 キャンキャンするような騒々しい声で「それでどれだけの利益が出るんです?」「非効率なことは出来ません!」

 国民生活が深刻な状況に置かれている事をそれこそ利用して、人間が人間らしく生き、その為に人間が人間らしく享受して当然な国民的、世界的学問発展の為の予算は勿論、これといって「何も生み出さない」文化予算は勿論、「非効率」の名の下削られ続けたのです。

 文化庁の「伝統文化こども事業」も来年から廃止されます。
 三年後には芸術団体への助成金が現在の二分の一に減らされます。
 
 文化芸術振興基本法何ていう名前の法律は2001年成立しているのです。

 それから10年・・・

 民主党政権に成って、実演芸術の諸事業予算削減が示されたのです。

 国家予算が足りないからと云う理由で減らされたり廃止された事業はこれ以外にも様々な分野にいっぱい在ります。

 でも、公開「事業仕分け」から最初から外されている項目がある事を私は訴えたいのです。

 山口県岩国市を眼下に見下ろす高台に、アメリカ軍の為の米軍住宅はを作ろうとしているのです。

 アメリカの領土ガム島に、三兆円ものわたし達のお金を注ぎ込んで世界初の予算を注ぎ込み出しています。何が世界初か記しましょう。外国がその国の領土に建設する基地建設費を、その国以外の国が予算を出す事です。

 普天間基地を返還させると云う理由で、もっと大きな最新鋭の基地をアメリカの為に作る予算は、絶対「事業仕分け」で問題にされません。

 でも、多くの皆さんも、この矛盾は大して考えませんでしょう。

 芸なんて、どうでもいいですものね・・・・

 

 

 

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2010年9月 3日 (金)

イラク戦争への反省も出来ない日本政府。アジア侵略戦争の謝罪も、慰安婦問題の謝罪も出来なくて当然か?

 「後世の歴史家が判断する事」「当時はみんなそんな雰囲気だったからしょうがない」「日本のお蔭でアジア諸国は独立できた」。

 これらの発言は、本質がアジア侵略戦争であった先の大戦を正当化する人物達が揃って口にし、喋る事です。

 ではアメリカが起こしたイラク戦争の場合はどうでしょう。

 「お蔭で、イラク国民はフセインの独裁政治から開放されたではないか・・」
 「あの当時は、イラクが大量破壊兵器を持っていたと世界中の国が思っていたのだからしょうがない」
 
 65年前からの同じ主張が日本では繰り返されているのです。

 アメリカがイラク戦争を開始し、それを支持した国々がイギリスを始め多くの国々で「再検討委員会」ができて、「イラクは大量破壊兵器とも、アルカイダとも無関係だった」「イラク戦争は国際法違反の戦争だった」と指摘しているにも関わらず、日本政府だけは何も反省しません・・・

 私は、とても恥ずかしい態度だと思います。

 このイラク戦争さえも、「後世の歴史家が決める事」とでも云うのでしょうか。

 状況証拠も、証言も時間と共に曖昧に成ります。

 イラク戦争反対の声が世界的規模で数千万人の声として行動にうつされたこと、これらも、時間が経てばたつほど実感と共に薄らぎ、真実性の証明に多大な労力が要ります。

 日本は、このような問題を考古学者の分野に入れてしまおうとしているのです。

 2700年・・・日本の考古学者は悩みます・・・

 「今から690年くらい前、2010年頃に起きたイラクという土地で起こった女性やこども達のむごたらしい死の原因は、一体何が原因だったのだろう・・・」「当時の日本での記録は『サマワは安全』としか記されてい・・・・・・」「サマワとは何処の国だろう?」

 現在進行形の事態にも、何も正確な答えが出せない。

 そんな愚かな一部の人間の屑に、明治以来、日本がしてきたアジア侵略の数々の事実が認められる訳はありえません・・・・そんな度量も何も無い、『力』自慢だけの屑!

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