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2011年4月15日 (金)

大震災の後に出てきた「わたし達の生活を見直させる為に天が教えてくれた・・・」という意見の無知さと、被災者や亡くなられた人々への無情性。

 何となく人々が大震災以来口にする言葉。

 「今のわたし達は贅沢しすぎていたのよ。それへの天の教えでしょう・・・・」
 この意見はまるで石原慎太郎氏の「日本人の我欲を流す『天罰』」発言と同じ思考です。

 「私達は便利さを追い求めてき過ぎたのよ。これからは、昔のような生活を思い出して暮らさなければ・・・・」
 「生活の在り方を考えなければ・・・・」
 
 この意見、一見まともそうですが、現在の私達の生活の便利さは、本当に私たち自身が求めた結果なのかについて何も検討されていません・・・

 私は、最初に例にだしたコメントには何も言いません。
 何故かと言えば科学的根拠が何も無い、余りにも無責任な意見で、私はつい言ってしまいそうになるのです「じゃ、あなたが被害に合われればよかったのに・・・・」と。

 その次の意見に対しては根本的、科学的に反論します。

 江戸時代、日本人の多くはとてつもなく不自由な生活をしていた訳ではなかったのです。

 今にも残る豊かな文化も生まれ、どちらかといえば、のどかな生活をしていたのです。

 一日がゆったりと、多くの人々には感じられた時代でした。

 当然、貧困な生活を余儀なくされた人々は現在ほど多くはありませんがいました。

 1、洗濯。戦後も毎日洗濯をする女の人にとって、冷たい水と、洗濯板の上での『ごしごし』こすってする洗濯は辛い仕事の一つでした。私も経験しましたが、手のひら側の親指の下が、真っ赤になっていたことを思い出します。

 2、掃除。掃除も毎日する仕事ですが、はたきで障子のさん等を叩いてから、ほうきで畳を掃けば出来ました。

 3、ふき掃除。これは廊下等が無ければ、机の上を拭くぐらいですみました。

 4、料理。まあ、ガスが通じた後は簡単でした。
 どのような家庭料理も大しててまいらづで出来ました。私もしていました。

 5、暑さ対策。電気冷蔵庫。
 
 6、寒さ対策。これも、炭をおこして、火鉢に入れたり、湯たんぽにお湯を入れればすみました。

 7、交通。これも大して不自由は感じていませんでした。

 8、情報。今ではインターネットやテレビなどがそうですが、当時はラジオで充分でした。

 9、情報交換。(1)例えば電話とかですが、公衆電話もいっぱい在りましたし、そもそも、電話を持っている家が余り無かったので不自由は感じませんでした。
 (2)手紙は今と変わりません。
 (3)ファックスは在りませんでしたが、不自由を感じたことは在りませんでした。

 こんな具合です・・・・
 戦後日本で育ってきた私の実感です。

 庶民は、自動洗濯機なんか想像もしていませんでした。
 電気掃除機もそうです。
 電子レンジもそうです。
 クーラーもそうですし、エアコンも勿論そうです。
 ファックスもそうです。

 庶民が心から望み、希望して作られた製品なんか、一つも無いと断言します!

 みんな、こんな商品を作れば売れて儲かるだろう!ただその思惑の中で商品が開発され宣伝されてきたので
す。

 決して、国民が楽に生活できるようになんて優しい想いから開発された商品なんかは何も無いのです。

 ただただ売らんが為に国民がが欲しそうな商品が開発されてきたのです。

 これ(洗濯機)は如何かな・・・?欲しいでしょう・・・「楽ですよ・・・」
 これ(掃除機)は如何かな・・・?欲しいでしょう・・・・「お掃除が楽しくなりますよ・・・」
 これ(電気冷蔵庫)(電子レンジ)は如何かな・・・?欲しいでしょう・・・・「信じられないほど手まいらず・・・」
 これ(エアコン)は如何かな・・・?欲しいでしょう・・・・「夏でも冬でも自動調整・・・」
 これ(カラーテレビ)は如何かな・・・?欲しいでしょう・・・・「きれいに見えますよ・・・・」
 これ(インターネット)は如何かな・・・欲しいでしょう・・・・「なんと言っても便利で早いんですよ・・・・」

 そして、それらの商品を買えるだけの国民収入を増やしたのです。

 ですから、苦しい生活をしていても多くの人々はこれらの電気機器を持っているのです。

 決してわたし達から望んだ生活ではないのです。

 戦後、飛躍的に『発展し』大儲けをしたのは大企業であり、だから世界でも有数の一流企業に日本の大企業は成れたのです。

 同じ戦後の年数が経っても、実際に苦しい生活をしている人たちは減らないし、最近では日本の大企業が、日本国内で売れなくても、世界のどこかで商売できれば良いという、愛国心も何も無い、日本国民に対して責任をとらない姿勢にあからさまに変化してきた為、国内販売が落ち込んでも海外の市場で売れれば良いという「グローバル化」なんて云う理論付けで、国民の貧困化を推し進めているのです。

 いくら電気製品を持っていても、貧困は貧困として限りなく深まっているのです。
 

 

 

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